『親友の姿』

 正面には敵の弾幕、背後には断崖。彼らに逃げ場はない。あるとすれば正面突撃、敵を排除する事だけ。断続的な制圧射撃を前に、突破の糸口を手繰り寄せるように。セカンドら三人は、マスク越しに目配せをした。


「さて、どうしようかね。……正面から突っ込むか」

「それしかねぇだろ! こちとら敵さんの網にかかったんだ、手段をそれだけに絞るための網にな。結果、突撃を強要されるわけだ」

「あ、私は遠慮しておくわよ。私の体は耐久性無いし」


 敵の爆破によって空いた突入口、わざわざそこに乗り込んでみれば、虫取り罠のような状況。敵もそれを見越していたのだろう。ただ、正面からの強行突破自体はやぶさかではない。

 懸念点は彼らの肉体や、戦闘スーツの耐久。ここを切り抜けたとして、その後に数も知りえない多数のテロリストを相手取らなければならない。恐らく、進化したアンノウンも。この序盤での消耗は、なるべく避けたかった。

 セカンドは、ジョージに問う。


「で、俺ら二人で行くかい」

「……いや、俺が突っ込む。お前は近接戦メインで被弾しやすい。二人揃って損耗するよりは、中距離の俺が肩代わりする」

「わかった。でも、無理はするなよ」

「わかってらぁ。――よし、レッツゴー」


 瞬間、瓦礫から飛び出す汎用型の二人。フランセスは光学迷彩を起動し、闇に紛れて奥地へ浸透する。作戦的に、彼女が二十五階のホールへ辿り着かせる事を優先すべき。それを理解している二人は、防御力が低い隠密ステルス型の彼女に代わって弾を受けるのだ。

 ホルスターから二丁の拳銃を取り出し、弾倉マガジンから初弾を薬室へ送り込む。


「うおおおおおおらぁ――!」


 闇の中に走るマズルフラッシュへ向けて、数発射撃。恐らく小銃弾であろう銃声の中で、特殊弾頭が混じる。

 一発、コンクリートに当たったような硬い音。二発、金属片の音。三発目で、鈍い音と共に人間の悲鳴を聞いた。命中を感じ取り再度、同箇所へ射撃。――無力化。

 すると、別の銃撃がジョージへ集中し始める。走る体勢から地面へスライディングし、射線をずらす。敵の反撃を逆手に取り、瞬間――連続射撃。


「ぎゃああああ!」 「撃て、接近を許すな!」


 などと、テロリストの声。接近する度にマスクの明度補助が作用し始め、敵の様相がうっすらと見える。――西側製のARアサルトライフルLMG軽機関銃、防弾装備にヘルメット。一部には暗視ゴーグルまで見えた。

 ――今日は一段と豪華な装備だな。と、ジョージは関心と共に違和感を覚える。今までの連中とは違う、こいつらはファントムの中でも上級戦力の可能性が高い、とも。

 考えていた瞬間。不意に、肉体に軽い痛みを受ける。


「――ッ! まだまだ!」


 流石に無理があったか、狭い室内では敵弾を避けきる事はできなかった。いくつかの射線に捉まり、そうすれば次々と喰らい始める。マスク内で警告音アラームが鳴り、補助メーターに被弾箇所が表示される。


「お前ら、さっさと行けや!」

「言われなくても!」


 弾幕が一点に集中、その隙にセカンドが突貫。フランセスは光学迷彩を纏い、付近の脱出路を探す。

 脚部の強化筋骨に力を蓄え、遮蔽物の少ない射線間を一気に突き進む。敵のリロードが始まった、直後に彼は予備拳銃を取り出し――射撃。迎撃網に一瞬だが大きな間隙が生じ、そこに入り込むように突っ込んだ。

 自身の半径二メートルに敵を捉え、高周波ブレードの刀身を展開。ARをこちらへ向けた敵に、初撃を与えた。腕を斬り落とし、振り切った腕に代わって――跳び蹴り。直後、敵が銃床を用いて格闘戦を仕掛ける。そのような愚行を手軽くあしらうように、セカンドも格闘で返す。


「――ガっ! は、離せ……」

「黙れ。よくも……ここまでやってくれたもんだな!」


 ヘルメットごと、敵の顔面を鷲掴み――もう一方の拳で殴り、ヘルメットを貫通して頭まで割砕する。直後、側面に感じた殺気。敵がこちらに銃を向けているのがわかった。

 ――銃撃。それはジョージのもので、そちらの敵を排除した。

 ふと、繋がる通路を見る。残敵一名が、首に斬撃を受けて倒された。フランセスの隠密殺傷ステルスキル、背後からの一撃。


「――ッ……、これで全部か?」

「そうみたい。初っ端から酷い目に会ったわね」

「コマンダー、こちらセカンド。守備兵を排除、これよりホールに向けての制圧戦に移行する」


 その旨を、コマンダーに報告。さきほどヘリが攻撃を受けていたため、その安否確認も含めて。


『了解した。……ただ、ヘリがそれなりに損傷しちゃってね。あまり猶予はない、急いでくれ』

「了解。他のみんなは無事ですか?」

『うん、今のところは。アスカさんもご無事で』


 オペレーターたちの安否確認をしたつもりが……なぜかアスカをピンポイントに。


「なぜあの人だけ……? 他にもいるじゃないですか」

『別に? ただ君たち、随分と仲が良いみたいだから。エイジュさん父親の事も打ち明けちゃって』

「あれは……今思えば、なんでだろ。何となく、話してもいい感じがして」

『君たち、似た者同士だからねぇ。――さ、雑談はこれくらいにして、行ってくれ』

「……了解」


 何故だか、思わせぶりな返答をされた。

 ――似た者同士、とはなんだ。性格か、価値観……ではないのは確か。ではあとは……境遇か? 

 ふと、アスカの過去や入隊の経緯を聞いた事が無い、と思い出した。以前に育ちの事を聞いた際も、妙に濁らせていたと。


**********


「ジョージのスーツですが、先ほどの戦闘で耐久力がかなり落ちています」

「……無茶しすぎだよ、まったく」

「上腕部、胸部の装甲に裂傷。下手をすれば、銃弾が肉体まで貫通しかねません。このまま戦闘を継続させますか?」

「やってもらうしかないだろう……。しかし、今日の彼は少々過激だな」


 ジョージの担当であるオペレーターが、彼のマスクより送られるデータを伝える。

 戦闘を継続させれば、蓄積するダメージが彼を蝕むだろう。しかし彼らは、テロリスト殲滅の任務を必ず成し遂げなければならない。戦力低下は避けたいところ。――政治的命令と部下。上下からの板挟みは現場指揮官に付き物だという事を、コマンダーは理解している。

 しかし、今日のジョージには思うところがあった。


「なんか、危なっかしいな。いつもはこんな、自分が盾になるようなことはしないのに。……どこかの誰かさんに感化されたのかね」


 そっと、アスカに目を配る。綺麗事が大好きで、部隊内に〈普通〉という名の気遣いを播く彼女を。心の中でじっと、睨んだ。

 元が平和依存者だった、しかし部隊に順応したアスカ。彼女の行動は、狂人のような隊員たちの中に〈元の日常〉を運ぶようで。二度とそこには戻れない彼らを、戦いへの依存直前で留めた気がする。コマンダーはそう評価していた。

 ……こんなはずじゃなかったのに。もっと酷く打ちのめして、平和依存者の代表のような存在を、戦犯の孫という彼女を引き入れたのは、そんなことの為じゃなかったのに。

 コマンダーの視線には気付かず、アスカは告げた。


「先輩方が、間もなく二十七階の制圧を完了します」

「……わかった」


 ……この娘に、破壊の果てを見せたい。

 矛先を間違えた復讐心から、彼はアスカをスカウトした。そういった意味では、テロリストとなんら変わらないのか。


**********


「次から次へと……ここは要塞か何かか⁉」

「どうやら俺たち、随分と歓迎されているようだな!」

 

 現在位置・二十六階

客室などの小部屋が多かった上階とは違い、こちらは随分と開けた構造をしている。喫食スペースや展望室も兼ねた空間で、椅子やソファが並ぶ快適空間。それが今や、テロリストによる機関銃陣地と化している。

 ここに到達するまで、敵戦闘員が分散配置されていた。一箇所ごとの戦力は大したものではない。しかしそれが至る所で、彼らの行く手を阻んだ。まるで、時間稼ぎによって足止めされているような感覚。斬っても撃っても、また次が現れる。次第に、精神も体力も削られて……ゲリラ戦の様相を呈していた。


「ちっ――喰らえ弾幕だああああああ!」


 ジョージは殺した敵のLMGを鹵獲し、数メートル上の敵集団へ向けて射撃。弾薬ベルトを撃ち尽くすまで、銃身が焼け付くまで、引き金を引き続ける。アドレナリンが大量分泌され、ナノマシンコアの出力が必然的に上昇した。

 一方のセカンド。優れた統率によって遠距離戦を仕掛ける敵に対し、自身の有効攻撃圏内まで接近することは難しかった。鹵獲したARを使い、射撃しつつ前進。少しでも距離を縮めようと試みた。

 

「埒が明かない……セカンド、行け!」

「おうっ!」


 ジョージが前に出た、そして敵を引き付ける。射撃がメインの自分が、再びセカンドの突貫を支援する。

 防弾チョッキでも貫通する特殊弾頭に慣れた彼らにとって、通常弾薬は物足りなさを感じる。しかし、待ち構える敵を威圧するには十分すぎる効果を持つ。それが弾幕の力。強化筋骨で十キロ越えのLMGを担ぎ上げ、反動を物ともせず乱射。制圧射撃によって、敵の頭を引っ込ませた。


「白兵戦になればこっちのもんだ!」

「コア出力上昇……うおおおおおお!」


 直後――セカンドがジョージの肩を踏み台にして跳躍、敵兵らの上を取った。超人的、否、強化人間の戦いぶりはテロリストをも震撼させる。その動きに対応しきれない敵は、瞬く間に上からの弾幕を浴びせられた。


「今!」


 ARを放り投げ、落下を利用して敵陣へ斬り込む。高周波の音が空を切り、刀身が月光の尾を引いて敵を斬る。蹴撃しゅうげきによって敵が吹っ飛び、ジョージが止めを刺した。

 ――敵も銃剣や拳銃での、近接戦闘による応戦を見せる。セカンドが得意とする間合いでは、銃よりも剣が有利。そこに彼の反射神経が重なり、至近距離で銃弾を回避することも。しかし、ここではそうもいかなかった。


「……こいつら強いんだが⁉」


 全体的に、敵の戦闘能力が高いのだ。セカンドがブレードを振るえばARで受け止め、殴打や蹴撃を繰り出せばCQCで返してくる。テロ組織の戦闘員ではなく、高度な訓練を受けた軍人のような技術。――そう、それはまるでチェンのような。

 並々ならぬ敵の成長を、認めざるを得ない。


「だああああああああ


 激しい憤りを憶えながら、それを剣に乗せてぶつけるのだ。


**********


『どうですか、フランセス。敵は感知できますか』

「今のところは大丈夫。何事も無ければ、もうすぐホールに出られる」


 セカンド、ジョージが二十六階で白兵戦を行う、その同時刻。フランセスはの案内を受けながら、通気口の中を這いずって進む。敵の防衛網を掻い潜り、ビルの作戦エリア停電部分中央まで浸透する為。二人がその網に引っかかり盛大に暴れていることで、光学迷彩を施した彼女に気付く者はいない。

 目指す場所は無論、五十名の人質が閉じ込められているホール。

 ――否、もう到着した模様だ。


「……見えた。コマンダー、ホールのシャンデリアが見えたわ」

『よし、いいぞ。では引き続き隠密を維持し、内部の様子を伺ってくれ。君のマスクから、映像を中継する』

「了解」


 蛇のように這い出て、天井を横断する洒落た柱に渡り移る。柔軟な体を生かして、停電した照明器具などの支柱を伝って。内部の情報をコマンダーに送れるよう、撮影ポジションを確保した。

 明かりを保つのは、新宿の街より差し込む夜光のみ。薄暗く、常人なら足元も見えないような状況下で、暗視能力に長けたフランセスは全てを視界に収めた。


「人質と……敵を数名確認したわ。コマンダー、人質の身元確認をお願い」

『了解、もっと顔をよく映してくれ。AIを使って、参加者の情報から照合する』


**********


 簡易司令部であるヘリの中で、中継モニターの映像をアップする。

 ――ホールのステージ上で、幾人かがテロリストに拘束されているのが伺えた。重要人物であろう事がわかりやすいくらいに、特別待遇だ。まずはその人物らにAIの目を向け、顔認証を開始。


「これは……与党のお偉いさん方に、宇宙局局長。宇宙局幹部から、プロジェクト参加企業の面々に、技術者の皆さん」


 判定結果が続々と出るたびに、その錚々たる面々に舌を巻いた。

 ――なるほど、これはテロリストに狙われてもおかしくないと。それでもって、この事件はこれまでのファントム関連事件の中で、最も重大な事案であると確信した。


「こちらのリストには無い人物も、幾人か見受けられる。……なるほど、お偉方の家族ってところか。上流階級の社交ってやつで」

「上流階級……」

「アスカさん、気になるかい?」

「い、いえ……」


 ふとしたアスカの反応。コマンダーはわざとらしく、彼女に訊ねた。

 アスカは、このような社交の場に嫌と言う程連れられた経験がある。それは無論、両親が高級官僚であり、祖父が元総理であるから。

 だから何となく気になったのか。自然と、中継モニターを覗き始めた。誰か知り合いがいるかもしれない、だとかそういう何気ない感情で。

 ――それの感情が、自らを苦しめるとは知らずに。


「――え? ちょ、ちょっと待って⁉」

「うお……ど、どうした」


 突如、コマンダーらを押しのけて画面に縋りつく。

 その時目にした存在を、確かめたくて。たとえそれが確かだとして、信じたくはないけれど。

 AIが映し出した顔の中に、その人物はいた。


「これ……マリ、なの?」


 敵に占拠された現場に、姿がそこにあった。






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