『一千万の命はここに』

「衛星を東京に落とす⁉ しかも十五日って、――明日⁉ 今は九時を過ぎたから……あと三時間も無い!」

「君たちとこうして話している間にも、俺の部下が着々と準備を進めてくれてさ。既に〈やまと〉は我々の手中にある! あとは……あの輝かしい夜景の中にドカーン、ってするだけ」

「――狂ってやがる。貴様らファントムは本当にどうかしてやがる!」


 誰が信じられるだろう、この戯言ざれごとのような至言しげんを。しかしこの男ならやりかねない。否、確実にやってのける。

 楠木シンヤの復讐心は今夜、東京に上がる地獄の業火として表れようとしていた。過去の犠牲を過去のままにしない為に、新たな犠牲を生み出そうと。

 アサヒの体は自然と身構えて、その状態で問う。


「八月十五日を選んだのは、〈一次戦争〉が始まった日だから。そう言う事だな?」

「ハハ、最高! そう、まさしくさ! 我々の聖戦も、俺たちアンノウンの誕生も、元を辿ればこの日から始まった! ……〈リマインド〉に最も相応しい日じゃないか」


 ――どうする。今すぐこの男に斬りかかって、全てを止めるか?

 強い使命感から、その手が懐のブレードを掴もうとしていた。が、それは不可能だと理解するのも早い。

 この部屋、この施設には大勢の敵構成員が跋扈ばっこしている。戦闘になれば装甲を纏ったアサヒはまだしも、アスカやユウヒが殺される。現に、敵の銃口が静かにこちらを威圧していた。

 ……そもそも楠木を殺したとして、〈リマインド計画〉は止まるのか? 奴らは狂気に支配されている。楠木が死んでも計画を続行しろ、そのくらいは厳命されているはず。

 無力感、それを酷く痛感させられる。所詮自分は一人では戦えないのだと。


「ただし! ……ただ無難に計画を遂行しては面白くない。我々には親衛隊を打ち倒すという、明確な勝利が必要なんだ。君たち二人をここへ呼んだのは、もう一つ別の理由があるからだ」

「打ち倒す? 私たちをその見せしめにでもする気ですか」

「見せしめ、それは違うな。俺はここでゲームをしたい! 二人にはそのカードになってもらう」


 ニヤリと、口を三日月のようにして笑う。直後に楠木は大手を広げて、高らかに告げた。


「エイジュさんの息子と戦犯の孫よ。この計画を止めてみろ! ここは中央制御室だ。宇宙局局長の認証によって、〈やまと〉の操縦権はこちらにリンクしてある。落とすも回避するも、ここの制御装置で全て決められるんだ」

「――⁉ 何の意図があってそんな」

「さぁ、一千万の東京都民の命は君たちに懸かっているぞ! もちろん、我々も全力で妨害するけどね?」


 瞬間、楠木は構成員に指示を下す素振りを見せた。

 それに呼応し、制御室にいた約十数名の戦闘員が動いた。


「我々の武器はその忠誠心。たとえヒトに戻れなくとも、こころざしの為に身を捧げる覚悟! ……その集大成が、だ」

「なっ――うそ、でしょ?」

「こいつら全員、アンノウンだってのか⁉」


 見れば戦闘員達が、内から湧き出る苦しみに藻掻いていた。

 肉体が強化され瞳孔が変色する、――アンノウンへの変身による現象。

 その双眸と矛先を二人へ向けた瞬間の、殺気立った空気。かつて対峙した事のないほどの個体数に、アサヒは思わずたじろいだ。


「ナノマシンによる単純な肉体強化を施した、〈第一世代〉の応用。初期型の系譜とは言えこの数だ。……彼らの妨害を受けながら、〈やまと〉の落下を阻止できるかな?」


 楠木は一人、制御室の出口へ向かう。


「あ、局長はここに置いていくよ。色々といい役目を果たしてくれそうだからね」

「待て、楠木!」

「――それじゃ、俺は聖なる夜をこの目で見に行くとするよ。親衛隊のみんな、健闘を祈る」


 その言葉を最後に、楠木シンヤは闇の中へ消えていった。この目で見ると言ったから、恐らくは東京方面へ向かったのだろう。

 ――仇を、敵の頭を取り逃がしてしまった。自分達はまんまと楠木のてのひらで踊らされているのだ。

 しかし、〈リマインド計画〉を止めるには奴に乗せられるしかない。悔しさを噛みしめ、二人は身構えた。


「冗談じゃない……けど、やるしかないのか」

「そうですね、先輩」

「俺が戦って時間を稼ぎます。アスカさんは局長を叩き起こして、諸々なんとかやってみてください」

「……了解です! 私はあなたを信じて背中を任せます。私はもう、平和主義の傍観者じゃありません。私だって戦うんです!」

「その心意気や、良し! アスカさんは俺が必ず守ります」


 アサヒはコートを放り投げ、戦闘用スーツを露わにした。

 ――マスクを取り出し、装着。内部のアナログメーターが起動し、彼のナノマシンコアや神経系と同調した。


「オープンザコア――ネームド〈ジャック〉」


 コードを詠唱した瞬間、胸部から甲高い駆動音が響く。

 通わせた神経を伝って、各強化部へナノマシンが一斉に流れ込む。細胞から細胞へ定着し、強化筋骨の出力が上昇。生じる熱を堪え――変身完了。

 この瞬間から、彼は神谷アサヒではない。

 第三世代アンノウン・コードネーム〈ジャック〉

 通称〈ブラッディ・セカンド〉

 


「――行こう」



**********



『自律AIプログラムへの阻害侵入を確認。非常用措置を実行、ネットワーク及びシステムを閉鎖シャットアウト。〈やまと〉軌道修正権限をSステーション-3へ移譲。姿勢制御を自由化』


 低軌道上に浮遊する〈やまと〉に搭載されたAIが、プログラムにが侵入した事を感知した。直後に自律システムを閉鎖し、中枢への浸食を阻止する措置が行われる。

 ――認証コードを確認し、接続された地上の管制局に自らの操作を移譲。


『軌道修正命令を受理。制御を推進モードへ移行。指定ポイントへ移動――降下態勢に入ります』



**********



 高周波ブレードを起動した瞬間、その振動音が急激に鳴り響いた。

 アスカや局長らの盾となり、背水の陣で敵アンノウンの集団と対峙する。かつてないほどの威圧に押し潰されそうで、ブレードを握る指先の位置が定まらない。マスクの下には冷や汗が流れた。

 ふぅ――、深呼吸をして落ち着かない鼓動をなだめる。敵の初撃を見逃さんと、全神経を視界に集中させた。


「総員、――攻撃開始」


 瞬間、SMGサブマシンガンを構えたアンノウンが一斉に射撃する。薄暗い室内でマズルフラッシュの閃光が眩しい。

 その弾道を予測していたセカンドは全身を左右に回転させ、敵に的を絞らせない軌道を取った。

 敵集団との距離はおよそ十メートル。銃は持っているが、弾はなるべく節約したい。――それなら接近するまで。

 脚部の強化筋骨が唸り、熱を生じて、セカンドに高い跳躍力を与えた。放物線を描いて敵の中央を狙って跳び、ブレードを垂直に振り下ろす。


「――っ!」


 敵の一人がSMGを盾に、その一撃を防ぐ。しかし落下エネルギーも加わった高周波ブレードだ、そんな防御に意味はない。銃に綺麗な亀裂が入り、鉄粉が舞う。防御を崩された敵はよろけ、――二撃目。装着した防弾チョッキごと肉体を切り裂かれる。


「流石は同志が見込んだアンノウン!」

「……くそっ」


 直後に別の敵が、ナイフによる攻撃を仕掛けてきた。

 首を捻ってそれを回避する――が、顔横を通過したナイフからの音を聞き、鳥肌が立った。

 

「これは……高周波の振動剣⁉」


 セカンドの愛武器、それと同程度の性能を有する武器を敵は所持していた。――喰らえば、このスーツの防御性能でも貫通する。絶対に当たるわけにはいかない、それが彼の動きに制限をかける。

 瞬間、ガラ空きになった敵の足元に――回し蹴り。命中の直後にバランスが崩れ、渾身の殴打を加えて吹き飛ばす。

 吹き飛ばした後方が見えると、もう一方の敵がSMGを構えていた。セカンドへ確実に命中させる為、倒れ込む味方が射線から逸れぬうちに――射撃。小口径ながらも濃密な弾幕が襲い掛かかる。

 数発は敵の防弾チョッキが防ぐ。しかし他数発は脆弱な血肉を飛び越え、セカンドへ直進する。――頭部や首元への命中だけは防ごうと、咄嗟に前腕部を押し出した。腕部に装着された増加装甲が、弾頭を破壊し身を護る。

 残った弾丸は胸部や脚部へ命中するも、スーツが辛うじて防いだ。――しかし痛い。


「くそ……がああああああああ――!」


 反撃の時来たれり。

 倒した敵を踏み台にして敵集団へ突っ込み、SMGの間合いも無意味にする格闘戦へ持ち込む。敵の高周波ナイフも恐ろしいが、数の点を除けば刀であるこちらが有利だ。剣筋さえ乱れなければ……と、考えていたが誤算であった。

 敵もかなりの手練れなのだ。まるで、かつて八一五部隊が戦ってきた〈フォアマン〉のように。経験によって磨かれたセカンドの戦闘スタイルに、苦を見せる素振りもなく追いついてくるのだ。

 これは単純な戦闘センスだけではない。ナノマシンで強化されることで、素体の能力に拍車がかかっている。初期型の〈第一世代〉とは言え、これが強化人間の力なのだ。まさに

 瞬間、


「まずいっ――、アスカさん!」

「ちょっ、来ないで!」


 敵中に突撃し白兵戦を仕掛けて数十秒、両翼の敵が前進を開始。セカンドはいつの間にか包囲される形になっていた。

 さらに、敵はセカンドを包囲しつつアスカの元へ接近。〈やまと〉の制御を妨害するという、楠木の命令を実行。


「させるかああああああああ!」


 アスカと局長ら人質に銃口が向いた――刹那、セカンドはホルスターから拳銃をと出す。射撃、射撃、射撃。リコイルの衝撃と共に特殊弾頭が飛び出し、敵を背後から撃ち抜いた。

 直後に左翼の奥側で、再び敵の攻撃態勢が見えた。それも数人。

 ――照準が間に合わない! 

 その刹那、高周波ブレードを数メートル先の敵へ投槍なげやりのように投げつけた。


「ぐはっ――がぁ⁉」

「まだまだ!」


 今度は走り出す。拳銃を、視界に入った敵へとにかくぶっ放す。当たらなくてもいい、殺せなくてもいいからとにかく撃ちまくった。撃ちながらアスカの元まで後退し、――敵に目掛けて拳を振り上げる。

 敵が高周波ナイフで迎撃を行うと、拳と蹴りで挑んだ。

 しかし、フランセスよりもきめ細かいナイフ捌きに対応しきれない。一瞬の間隙、――切っ先がそのまま肩部へ急降下。


「ぐっ――……うらあああああ!」

「――ごへぁっ⁉」


 先端が僅かに、防御の薄い部位へ突き刺さった。が、筋肉が裂かれる直前に腕で止めた。

 痛みを噛みしめ、反撃の意志を奮い立たせ、拳を敵の腹部へ突き上げる。間髪入れずに次の一撃、そして最後に頭部へ!

 瞬間、骨の粉砕音と共に血が吹き出る。敵の頭は完全に潰れた。

 刹那、――背後から再び別の敵が襲い掛かる。セカンドは羽交い絞めにされた。


「みんな、アレが親衛隊の特殊弾頭とやらだ! 大勢の同胞を葬ったあの殺傷力……たまらんな!」

「こいつの実力もそうだ……流石は同志が欲した男。素体ベースの遺伝子を継ぐ者!」


 殺された仲間、その銃創に埋まった弾頭を引き抜く。それをまじまじと見つめて嬉々とするのだ、このテロリスト共は。

 その腕の中で自由を奪われたセカンドは、アスカに向け叫んだ。


「アスカさん、急げ! 俺があなたを全力で守る……が、どこまでやれるかわからない!」

「わかってます!」

「それと、仮に俺が死んだらユウヒをよろしく!」

「死なないでください、絶対に!」



**********



 アスカは急ぎ、拘束された人質らの猿ぐつわを外す。

 意識が薄れる者は引っ叩き、何としてでも口を開いてほしい。


「局長、〈やまと〉はどうすれば止められるんです! 衛星を操作するにはどうすれば!」

「う、うぅ……」


 頭を軽く揺らし、脳を活性化させる局長。ピントが合わないままの眼で、制御室に佇むコンピューターの入力機器を見つめた。

 

「まずい……〈やまと〉は既に地上への降下を始めている。このままでは本当に、東京が大変な事になる」

「前置きはいいですから、早く!」

「こ、コードの入力だ……。〈やまと〉のシステムは、管制基地からの軌道修正コードを逐次解析して自律移動を図るというものだ。それにはもちろん、私の認証コードも必要なんだが」


 視線を落とし、自身の両手をアスカに見せる。

 その手は腰より上には上がらず、指先が微かに震えていた。


「自白剤で、私は全てを奴らに喋ってしまった。……しかも過剰に投与された影響で、手足が痺れて仕方が無いんだ! これでは入力作業ができない!」

「そんな、他の人たちは⁉」

「無理だ……みんな、長い尋問と強制作業で衰弱している」

「――っ!」


 悔しさのあまり顔が引きつり、唇を噛みしめた。

 彼らの様相を見れば、体力的に無謀な挑戦なのは見てわかる。人質として囚われたのは全て、〈やまと〉に精通したエンジニアだというのに。〈やまと〉の落下を止められる鍵があるというのに。……無力だ。


「アスカさん、動かなきゃ全員揃って死ぬぞ!」


 ――そうだ。それでもやるしかないのだ。

 彼らは手足がダメでも脳は生きている。なら、自分がその手足になるまで。

 その答えに行き着いたアスカは、立ち上がって入力機器へ向かう。


「みなさん、やり方を口頭で伝えてください。あなた方の代わりに私が動かします。……私がなんとかして見せます!」

「し、しかし……入力が必要なコードは膨大なパターンがある! あんた一人では」

「それでもやるしかないでしょう⁉ 大勢の命が懸かっているんです。たかがテロリストの思惑通りに、全てを壊されてたまるもんか!」


 急ぎコンピューターを立ち上げ、自身の知識で出来る範囲の操作を行う。

 中央スクリーンに映し出されたデータが、コード入力画面に切り替わる。続き、入力機器のディスプレイには命令の照合パターンがずらずらと並び始めた。

 その膨大な量を前に、僅かにたじろいだ。――しかし手は離さない。

 早くしろ! と言わんばかりに、局長らへ鋭い視線を向ける。一瞬戸惑った彼らも、その双眸そうぼうを見た直後には肝が据わったような表情に変わっていた。

 

「私たちで止めましょう。……もう、目を背けることはしない」

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