『テロリズム』

『親衛隊HQ司令部より特務へ。都内中央特別区〈トキワウェポンズ〉本社ビルにて、ファントム亡霊のテロ行動を確認。傍受した通信内容によると――奴らの狙いは設備の破壊、及び文書の奪取と思われる』

「こちら特務、了解。これより八一五部隊を率いて、現状に対処する」


 東京都・中央特別区。この日本で最も重要な機関が集まり、尚且なおかつ最も警備が厳重な区間。先の大戦後、日本の主要都市にはこのような政令区が設けられ、少なからずの統制を謀っていた。


『――HQ、了解。……やはり、我々が掴んだは間違っていなかったようだ』

「その通りですね……諜報部の手腕はやはり恐ろしいですな。絶対に敵に回したくないです」

『貴官がそれを言うかね。――まぁいい、現場は任せた』

「了解、尻尾をさらに繋げて見せましょう。アウト――」


 デバイスの通信を切る。深夜と言えども、やはり東京の中心部だ。

秘密組織が行動するには少し明るすぎる。

 現場周辺に設けられた作戦指揮所。そこに、親衛隊の目は向いていた。待機する戦闘指揮車両。それに乗る数名の特務課隊員。

 彼らの仕事は、行動を実施する八一五部隊の遠隔サポートなど。


 アスカもその中の一人。

 通信デバイスからヘッドホンを伸ばし、指揮車両に備えられたモニターに向かい合う。


「アスカさん、これが君の初仕事になるわけだけど……あまり硬くなりすぎないでね?」

「と、言われましても……」

「まずは、その実態を見て覚えることだ。はいずれ見慣れる。場数を踏めばね?」


 『緊張するな』と言われる方が、余計に緊張する。配属初日、それも深夜にいきなりの事態。

 風呂上がりで髪はセットされておらず、化粧も不十分。モチベーションは最悪。


『……こちらグレース、狙撃ポイントに到着』

『フランセス、及び二分隊、配置よし』

「――了解、指示があるまで待機せよ」


 〈グレース〉こと、石川ケイスケ。〈フランセス〉こと、新海エリナ。

数時間前まで普通に会話をしていた人たちが、通信の向こう側で、日常会話ではありえない言動。

 まるで、どこか遠くの世界にいるようだ。そう、アスカは感じる。


『……こちらセカンド。ジョージと共に準備完了』


アスカはその声に、フッと顔を上げた。あの男だ…。


「了解。ではこれより、鎮圧行動を開始する……! セカンド、ジョージは突入せよ」

『――了解!』


 その瞬間、アスカが担当するモニターに映像が回ってくる。

真っ暗な宵闇のビル、地上数十メートルから侵入していく様子。

誰のモニターか、ヘッドホンに伝わってくる声からわかった。


「これ、アサヒさん……」

「間違えないように。今の彼は〈セカンド〉だよ」


**********


「さすがに暗いな」

「あぁ、だが人が残っているとの情報もある。一般人に奴らと接触されると、暗示と情報統制の手間がかかる」

「ならいつも通りだ。……さっさと連中を始末するぞ」


 特殊合金のヘルメットに、同素材のマスクを被った男二人。

セカンドとジョージの仕事が始まる。

彼ら親衛隊の存在は国家機密。アンノウンはさらにその上を行く。テロリストが事を拡大し、さらに一般人に危害を及ぼす前に排除することが、今晩の彼らの任務。


「ちなみにここ……〈トキワウェポンズ〉とか言う軍需産業会社なんだって?」

「そうだ。ならテロリストの目的も、大体想像がつく」

「兵器に関する情報やらを盗み出すか、あるいは兵器そのものを盗むのか……」

「しかもこのビルは、周辺の電波塔のような役割も担っている。その設備が破壊されれば、周辺に電波障害が発生し……さらなるテロ行動が容易になる」


 テロと言うのは、言い換えてしまえば一種の戦争。

一つの事件がテロ組織の作戦であれば、それが成功した時、次がある。

連鎖的に広がるダメージは、何としてでも避けなければならない。

特に、この例外的な組織は。


「――忘れるな。俺たちが戦う理由は国の為でも、秩序の為でもない。……! 俺たちは過去に囚われた亡霊だ」

「お前は特に、親父さんの件があるからな。アサヒよ」

「本名で呼ぶな……このマスクを被った時、俺はセカンドだ」


 戦う理由を告げ、前に進むアサヒセカンド

この様子だと、ダンジジョージも大まかな事情を理解している。

拳銃に弾薬を込めながら、高周波ブレードを握りしめながら、暗いビルの中を進み続ける。

目の前の目標ターゲットを排除することが、の為になると信じて。


 ――リコイルと排莢の微かな音を聞き取ったのは、その時。


「……ジョージ、敵がいる。サプレッサーだ」

「――お、見えた見えた。おいでなすったぜぇ!」

「コマンダー、こちらセカンド。排除対象を確認。数は……六」


 コマンダーが事前に立案した、ビル内での目標排除計画。

敵がどのルートを、どんな目的に際して使うのか。対して、自分たちもどこから攻めるのか。

全て計算した上で、セカンドとジョージは進んできたのだ。

――予定通り、侵入した階層にて敵を発見。


『こちらコマンダー、排除対象の概要を報告せよ』

「敵は旧軍製のヘルメットに、防弾服。ロシア製の旧式ARアサルトライフルで武装している」

「密輸品か」


 周囲の建物からの光で、うっすらと照らされるオフィス。

浮き出る武装されたシルエットを、強化された視力は見逃さない。

マスクの目に映った光景が、指揮車両のモニターにも映る。


何かを漁っているのか、どこかの部屋を探しているのか。


『……周辺の安全を確認。二人とも、攻撃を許可する』

「了解、これより敵を排除する」

「それじゃ行きますか!」


 胸部の装甲に手を当て、祈る。力の源となる、その心臓ナノマシンコアに。


「オープン ザ コア――ネームド〈ジャック〉」

「オープン ザ コア――ネームド〈ジョージ〉」

「スタート……〈アンノウン〉!」


 彼らの心臓にある、ナノマシンコアが発動。

全身の強化部へ、各自にプログラムされたナノマシンが流れ込む。

――第三世代アンノウン


**********


 オフィスは全面ガラス張り、その中にデスクがいくつも並べられている形。

セカンドとジョージ、二手に分かれて接近を試みる。

ある程度まで近づけば、敵に気付かれる。だからその瞬間、殺す。


「―――っ! 誰だ⁉」

「はいはいストーップ!」


 サプレッサー付きAKがセカンドへ向けられた時、ジョージの拳銃が二丁、火を噴く。リコイルの衝撃と共にスライドが下がる。発射された特殊弾頭は、敵の防弾服の隙間を撃ち抜いた。続いて二発、別の敵を狙い撃つ。

 ジョージは物陰へ転がり込み、射線を遮りつつ敵の位置を察知。次の行動を予測。


「どうだい? 防弾服でも容赦なく貫通する、成形炸薬入りの九ミリ弾は」


 八一五部隊は特殊任務亡霊退治を受け持つ都合上、彼らの装備もまた特殊。小型の拳銃でも高い意力を発揮するために、戦車砲弾HEATを小型化したような弾丸を使用している。

 これは、アンノウンの強化骨格でさえ貫通する代物。

普通の人間が喰らえば――即死。


「三名の排除を確認! 残りは……」

「右に二名、奥に一名。 ジョージ、俺がやる」


 セカンドが愛用するブレードが、高周波によって金切り声を上げる。

無論、敵からの反撃もある。ARの七ミリ弾によって弾幕が張られ、セカンドの腰を強制的に下げさせた。

デスク上の敵が散らかした書類が、弾幕とガスエネルギーによって宙に舞い、ガラス張りの壁が雨あられのように崩れていく。


「――しめた!」

「撃て、撃て――ッ!」


 強化された骨格、筋力を駆使した戦い。複数のデスクを持ち上げ、敵の視界と弾幕を遮り、同時に自分の突破口を開く。空中に放り投げられたデスクを踏み台に、ブレードを振り上げ、敵に目掛けて。


「――そら! ……次!」


一人目を一刀両断。その次、横にいたもう一人に返す刀で、下からの斬撃。

しかし、敵も賢い。咄嗟にARでそれを防ぎ、銃身の付け根に裂傷が付いた。

それでは終わらんと、二撃目を振り落とす。またも防がれれば、三撃目を振りかざすまで。

高周波ブレードは金属をも切断する……、次第に、ARの耐久力が悲鳴を上げたのだ。


「ハハハ! やったれセカンド!」


 ジョージに言われるまでもない。敵のヘルメットを切断し、脳天からはらわたまで。


「ヒ――っ! クソ……クソおおおおおお!」

「逃がさん!」


最期の一人が悲鳴を上げ、ライフルを投げ捨て、情けなく背中を見せる。

その武装はお飾りか、というように。生を求めて逃げ出した。

敵に背中を見せる。それすなわち、死。セカンドは携行していた拳銃で、そのうなじを撃ち抜いた。


 ……日常的な光景が広がっていた、一般企業のオフィス。

そこで暗闇の中で転がるのは武装した死体、死体、死体――。


「――こちらセカンド、フロアを制圧。進捗は?」

『こちらコマンダー。……どうやらこのビル、人が残っていたらしい』


 デバイスを起動し、コマンダーへ報告を試みたセカンドは、逆に別報告を受ける。


『敵は十三階にて、残留した社員を拘束している。我々の侵入には気付いていない』

「人質ですか……後々面倒なことになりますね」

『だが、問題ない。敵の退路はフランセスたちが塞いでいる。だからその敵は……グレーズに任せるとしよう!』


**********


『――てなわけだから、よろしくね? グレース』

「了解。できる限りやってみますよ」

『できる限りねぇ。どうせ出来ちゃうくせに、謙虚だなぁ!』

「うっせ!」


 現場のビルから数百メートルほど離れただろうか。

別地点の高所に陣取るグレースケイスケ

物陰に身を寄せ、コンクリート迷彩を施したマントを、強化装甲スーツの上から被る。

スコープのダイヤルをじりじり…と回す。鋭い眼光をそのレンズに押し付けて。


「敵はビルの十三階、ここから見えなくもない……条件によっては視界が途切れる」


 射撃タイミングは任意。敵が姿を見せたとき、奴らをピンポイントで殺す…。

セカンドやジョージがそうするように、グレースは遠距離から亡霊を討つのだ。

息を呑むだけの静寂が数秒、体感で数分と続く。

――マスク越しの、真っ赤な視界に映る人影が見えた瞬間。


「オープン ザ コア――ネームド〈グレース〉……スタート〈アンノウン〉!」


――815部隊の狙撃手スナイパー

第三世代アンノウン狙撃型・〈グレース〉が今、起動した。


 ナノマシンが腕へ、指先へ流れ、脊髄を通って脳内へ。体内に埋め込まれた電子スコープと、脳内のナノマシンが同調――強化された視覚を、そのまま狙撃へ反映させる技術だ。


「――見えた……そこ!」


 射撃開始。


**********


 ビル内に残留していた民間人が、ここに集められている。手足を拘束され、口を塞がれ、女は服を脱がされる。誰もかれも、状況を飲み込める者はいない。当然だ。正体不明の武装集団が、自分たちの職場を強襲した。


今日の昼間まで当たり前だった職場、日常が、銃弾によって破壊された。

誰もかれも、非現実的すぎて信じられない。

――もう、十年以上前に! と、そう嘆く。


「ん゛ーー⁉ ん゛ん゛ーーー!」

「はぁ……うるせぇな、少し黙れ」


 ――響く銃声。今しがた、一名が射殺された。

他の人間が、塞がれた口から悲鳴を漏らす。始めて人が死ぬのを見た民間人。

流れ出した血から、床を這って離れる。

テロリストたちは立て籠り犯ではない。だから、彼らを無作為に殺しても問題ない。


「ったく……ブツを取りに行った連中はまだか?」

「まぁ待て。もうじき来るだ――、」

「……は?」


 ―――窓に近づいた一人が、頭を吹き飛ばされた。

一瞬、時が止まったかのように空気が凍る。


「――狙撃だっ⁉」

「おい……窓から離――」

「チクショウ! どこか――、」


 また一人、追加で一人、狙撃の位置を特定しようとしたら、すぐに撃たれる…。

逃げたらそこで、背中に狙撃。狙撃手の居場所は、まるでわからない。

悲鳴は広がる、テロリストは動揺する。

連中は人質を置いて窓から離れ、エレベーターへ向かった。


「急げ――! 上の奴らと合流するぞ!」


 仲間を求めて駆け出したその時。

指揮車両からの通信は、その現場へ届く。


『フランセス、退路を塞げ。一人も逃がすな!』

「了解! ――光学迷彩、解除」


 その瞬間、暗闇の空間から現れる二つの刃。ダガーナイフ。

マスクの赤い瞳孔が、テロリストを睨む。そして誰も気が付かない。

――連中がエレベーターのボタンへ、手を掛けたとき。


「残念、そっちは行き止まりよ?」

「だ、誰だ――ゴフッ……」


ダガーナイフがその首筋に刃を向け、動脈を斬り裂く。

肺まで流れ込んだ血が、ゴロゴロと不快な音を鳴らす。

さらに溢れ出る血が、周囲の面々へ降り注いだ。それはさらなるパニックを呼び起こす。


「な……なんだ⁉」

「敵がいる! これは……隠密型のアンノウンか⁉」


 八一五部隊の暗殺者アサシン

第三世代アンノウン隠密型・〈フランセス〉は、暗闇の中で舞う。


「さぁ……贖罪しょくざいの時間よ!」


 闇の中で赤く光る、二つの目とナイフ。それに向けて敵も反撃を開始。

マガジンが空になるまで、得体の知れない存在に弾が当たるまで、恐ろしさのあまり半狂乱で撃ちまくる。


「うあ゛ぁぁぁぁぁ⁉ やめろ――やめろおおお!」

「当たれぇぇぇ……死ねぇぇ!」


 マズルフラッシュだけが頼りになる暗闇で、フランセスは弾丸を回避し続ける…。

テロリストからは何も見えやしない。暗視ゴーグルもない。

だがしかし、フランセスには見える。


「――ふっ、よっと! 凄い凄い、全部見える! ――それッ!」


踏み込みのタイミングだけを見計らい、弾切れを起こした敵に急接近――刺殺。

その近くにいた敵に対して、向けられたライフルの隙間を縫う。

そのままヘビのように接近――首筋を斬る。


「やっぱり凄いわ……このナノマシン!」


 フランセスのナノマシン強化。暗視能力に、瞬発的な脚力。セカンドやジョージのようなパワーこそないが、それを補うステルス能力。体表の色素を極限まで薄め、周囲への擬態性を向上させる。


『こちらジョージ、状況は?』

「こちらフランシス。十三階で敵と交戦中。民間人もいるわ。――よッ!」

『了解した。こっちも粗方片づけたぜ』

「じゃあ、そろそろ終いね」


 上階に侵入したジョージと連絡。

どうやらコマンダーの作戦通り、テロリストの制圧に成功した模様。

血に濡れたその手を拭う前に、最後の一撃を。


 

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