第14話 リアは昔から皆の人気者

 『どうされたのですか?この騒ぎは………?』


 リアが問いかけると野原にいたヒト達は我に返ったらしい。

停滞していた時間が動き出した音がした。


 「いや………その」


スバルが口籠る間にリアの周りをやんちゃな男の子達が取り囲んだ。口火を切ったのはガキ大将のマオだった。


「お姉ちゃん達が悪いんだよ!

僕等を邪険にしてるのをルードリヒ様が優しく諌めているのに、それでもしつこくするから!」


「チビがお姉さんにすがったら振り払ったんだ!転んで泣いたんだ!」


「ひ〜んうわ〜ん」


「だからッ…………ルードリヒ様が怒ったんだ!

大人でも悪いことをしたら謝るべきだろう?!

このヒト達泣くばかりなんだもん!!!」


「ひ〜んわあ〜いたい〜」


子供達の四方八方からぐちゃぐちゃに聞こえる話もリアの耳は正確に内容を把握した。

おチビちゃんのいたがる所を撫でながらリアは子供達をシンシアに託した。


(あちゃ………。子供にまで言われちゃったか………。

子供は侮れないわ。良く見ているのよね。

いくら出資者の娘さんとはいえ少し甘やかしすぎたかしら)


 リアは基本は事なかれ主義だ。

愚かなものはほっとけば良いと思うし、リアは『聖職者』ではないのだ。

でもそれは『愚かなものが自滅する』のは見過ごすけれど、『愚かなものに被害を受けた』ら話は別である。


リアはため息を押し殺しながらむせび泣く乙女達に近づいた。


『お嬢様方?こちらの『朴念仁(ぼくねんじん)デリカシーのない男』が失礼致しました。

怖い思いをしましたわね?おわびしますわ?』


「ッ…………リア嬢?!」


 リアはルードリヒの前に躍り出て深く頭を下げた。

背後の彼からは「何故貴女が謝るんだ」という視線がひしひしと感じるのだけど、リアはそれを手で制した。

咽び泣いていた乙女達が少し落ち着いた。

これで少しは話を聞く耳にはなっただろう。

リアは乙女達が座り込み集まっている辺に向かって姿勢を正して見おろした。

空気が張り詰めた。


『慈善活動も偽善活動もおむこ探しも。お好きになされば良いとは思いますわ?

ですけど。

貴女様方が今ここで『商家の代表』として来ている自覚はお有りでしたか?』


 彼女達は息を呑む。

彼女達も馬鹿ではないはずだ。

馬鹿ならこの辺りで不満の声を漏らす。

彼女達が大して働きもしないのにこの孤児院の門を潜れるのは一重に『親の商家の寄付金』があるからなのだから。


それを『盾』に傍若無人に事を急ぎ傲慢な態度をとったのだろう。

自分の力ではないのに『勘違い』するのは若気の至りだ。

今リアは彼女達の表情は伺えないが空気からしてリアの言わんとすることはわかるのだろう。

息を呑みハッとする気配がする。

反発の空気はない。


「貴女方はまだ若いわ。

素敵な殿方に色めき立つのも仕方がない。

ですが『商家の主』がこの孤児院に『投資』したのです。

貴女がたは『施し』のつもりかもしれません。

間違ってはいませんわ。こちらは『施されて』いる側ですわ?

でもここの子供達の将来のためにお父様方は『投資』をなさっていると考えたら。

貴女方は未来ある『投資相手』に横暴な振る舞いをすることは正しいのでしょうか?

その『投資相手』がもし将来のし上がって貴女方が衰退した時。

どうなるか。学んでおいでのはずです』


リアは微笑んだ。

なるべく威圧的にならないように努めた。


『貴女方のふるまい1つでここの子供達が未来、貴女方に『恩』を感じるか『偽善』や『疑念』もしくは『恨み』を感じるかが決まりますのよ?

商家の娘としても今の貴女方のふるまいはふさわしいことでしょうか?

大人ですもの。打算でも『繕う』ことを学ばなければ。


施し相手だとしても。

幼子を顧みない乙女を『良き妻』『良き母』と殿方が思ってくださいますか?

皆様は敏いはずですわ。

間違えは誰でもありますわ?悔い改めて泣くよりするべきことがありますわよ?さ?』


 リアはニッコリ微笑み乙女達の背を押した。

彼女達は一瞬たじろいだけど「子供は怖がりだからしゃがむといいですよ?」とリアが囁くと皆が子ども達の前で膝まづいたらしい。


「ぼうや………ごめんなさい。

わざとではなかったのよ。許してくれないかしら?」


「子供は遊びたいわよね?お邪魔した私達が悪かったわ?

クッキー食べましょう?痛くなかった?」


「仕事もしない大人で恥ずかしいわ?

何ができるかしら?知らない遊びも教えてくれないかしら?なるべく………汚れない遊びだと助かりますわ?」


彼女達は口々に謝罪する。

男の子達は最初こそ強張る気配がしていたが許しを受け入れ彼女達と『やんちゃ過ぎない』遊びをしだした。

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 「リア先生ッ…………。さすがルードリヒ様が仰る通り。

『公爵』も『伯爵』も手玉にとる女傑ですわ?」


「凛として………芯があって。

視力も悪いと聞きましたのに働き者で。

やっぱり『慈善活動』を熟して美も知もある方は身分に関係なく高貴な殿方を虜にしますのね?」


「どちらでその倫理や知識を?所作も町娘よりも洗練されてますもの?ご教授ねがえませんか?」



『はい?』


ひとしきり遊び皆でお茶会をしている最中、リアは突然さっきまで泣いていた乙女達に取り囲まれた。


その内容を聞き青ざめ戦慄いた。


「『男に媚びず自身の『将来』を見据えて身を粉にして働き、手は荒れ、泥に塗れて子供達と戯れていても。

『公爵』『伯爵』から求婚されているのを『無下にしている女傑』であるリア嬢と。


着飾るばかりの白く肌を塗り込んだ香水臭いだけの働かないお前を同じ土俵で語るな。不愉快だ。


どちらが美しく魅力的か。比べるまでもない』とルードリヒ様が激怒なさったから。


キャサリンさん泣きながら飛び出していきましたのよ?

ルードリヒ様が怒ったのもリア嬢を


『顔は綺麗だけど装いは地味。大工や商人達と汗水たらし働かないと生活出来ない『行き遅れ』で可哀想』

と陰口を言ったからですわ?


今日一日仕事ぶりを見るだけでもリア先生は『才女』だとわかりますもの?」



リアはブルリと震えた。

そう言われたら町娘達の中で一番『声が大きく』『態度が大きかった』娘の声がしないと思っていたのだ。


名は『キャサリン』。

街一番の米商人の一人娘であった。

そう言えば彼女が王都から取り寄せたと自慢していた高級な香水の匂いがしないと思っていたのだ。


(ちょっと………?

私がいない間に私を引き合いに出してキャサリンさんに『仮想敵』作ってプライドズタズタにしたの?)



『ルードリヒ様ッ…………?

わたくしの内情を『暴露』したあげく無駄に『恨まれる』ように仕向けましたの?


なんですのッ…………?!女の恨みは恐ろしいのよッ…………?!

わたくしのいない所で敵を拵えるの辞めてくださらない?!

迷惑この上ないですわ?!デリカシーなし!』



「………………真実しか述べていないが」


「「「「本当ですのね?」」」」


『ひッ…………』


リアがたじろいでいる間に乙女達から質問攻めである。

指南や教授を乞われても『過去に籠絡した』のだから経緯も方法もわかるはずがない。


「リア先生取られちゃったあ………」


子供達がぐずりながらシンシアに泣きつく。

その子達を抱き上げながらシンシアは目を細めた。

その瞳は『懐かしさ』をたたえていた。


「リア先生は昔から人気者なのよ。

………………私も最初は皆に嫉妬したわ。『私のフローリアちゃん盗らないで』って。

自信がないと捻くれるのね。ね?スバルさん」


「フローリア様は『何人』も独占できない方でしたからね?私から言わせたら『今更』ですが。

ルードリヒさん。

貴方の主君はさぞ傷ついているんでしょうね。

あんなに魅惑的な方から一心に愛されたのに。

その『愛』が思い出とともになくなってしまった。

心中お察しします」


ルードリヒは黒い髪の隙間から赤い双眸を光らせた。

その瞳はリアをとらえたがリアはそれには気づかない。

乙女達に囲まれて頬を赤らめたじろいでいる。


「………俺は職務を遂行するだけです。

『あの方』をお守りするのが職務だ。

他の女に構っている暇はない」



「〝貴女が大事だから身体を大事にして休んで下さい〟ってなんで言わなかったの?

そしたら彼女。あんなにツンツンしなかったのに」


「好かれたくてこの場にいるのではありません」


「『嫌われたくはない』って顔してたのに?」


シンシアが小首を傾げてルードリヒを見上げたら彼の耳は赤くなっていた。

そんなことなどリアには見えるはずがなかった。



 リアは素知らぬ顔をし続けなければならなかった。

町娘からの賛辞も嬉しいはずなのに心はルードリヒが言ったらしい言葉を反芻して歓び震えている。


〝『男に媚びず自身の『将来』を見据えて身を粉にして働き、手は荒れ、泥に塗れて子供達と戯れていても。

『公爵』『伯爵』から求婚されているのを『無下にしている女傑』であるリア嬢と。


着飾るばかりの白く肌を塗り込んだ香水臭いだけの働かないお前を同じ土俵で語るな。不愉快だ。


どちらが美しく魅力的か。比べるまでもない〟



(嫌味………だよね?

働き者の『例』として身近な私を引き合いにだしただけよ。

『職場を汚すな』的な………)


ルードリヒはどんな顔で声色でこの言葉を紡いだのだろうか。

ヒトの伝聞だ。

彼自身の言葉を直接聞いたわけではない。

それなのに。

リアの心臓は早鐘のように忙しなくなった。

そっと荒れた手を擦った。


(誰かに『美しい』と言われてこんなに嬉しかったことがあったかしら。

それが例え引き合いに出されただけでも。

愚直な彼なら『嘘ははかない』と思いたくなってしまう)


そんなことを考えていたらあっという間に夜になった。

皆で剥いた大大豆デカマメのポタージュは香り良く皆が美味しく平らげてしまった。

料理をしていると手間暇の時間より短い食事時間に思う所はあるのだけど。

皆が早く平らげ美味しいと呟く声が一番のご馳走でご褒美だ。

リアは賑やかな食卓が大好きであった。

リアは小さな歓びを噛み締めながら幸せな気持ちで眠りについた。




〝雨の音。

何かいつもと違う匂いがする土


乙女の悲鳴が森に木霊した


地響きのような音

ミシミシ木材が軋む音。


そこで泣いているのは金褐色の髪の乙女。

大きな瞳は赤いガ―ネットのよう

その瞳は恐怖で濡れている


『助けて………誰か………ルードリヒ様ッ…………お父様』

乙女が呟いた〟



 リアは飛び起きた。

全身は汗だくである。

窓ガラスに横なぶりの雨が打ち付けている。

そとからの光はない。

深夜なのだろう。


『ゆめ………?』


いつもの甘い夢とは明らかに違うのに、何故かリアの心臓はせり上がるほどの恐怖でいっぱいだった。


まるで『目の前で起こっていること現実』のようだった。


すっかり目が冴え寝付けず炊事場に向かうとしたら院長室から明かりが漏れている。何やら院長室が騒がしい。

そっと扉の隙間から聞き耳を立てる。

院長と街のヒト達が話し合っているらしい。

途切れとぎれに「嵐が」とか「山が唸るような音がする」「なんでこんな時に」と聞こえる。

その中でも一際声が大きい男のヒトの声がした。

聞いたことがある声だ。

確か街一番の米問屋の商家の主だ。

啜り泣く女のヒトの声もする。たぶん細君だろう。



「うちのキャサリンが帰らんのです。

こちらに昼過ぎ来たはずですッ…………。その後見たものが誰もいないッ…………。

瞳が赤い髪が金褐色の美しい娘です」


それは悲痛な叫び声だった。


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