第26話 そして彼は夜の暗闇のような瞳で呟いた。

 執事頭のジェームス一家は主を守るために最大限頑張ったしい。

青ざめ震えながらもリアが帰るまで怒れる〝竜〟を別室に通し時間稼ぎをした。


それが限界になり泣きそうな執事頭を睨みながら廊下を進むルドルフの前にフランケルが躍り出た。

その姿を一瞥するとルドルフの怒気は益々高まった。

〝竜〟を出す一歩手前の覇気を放っている。

一触即発であった。



 「どういうつもりだ。フランケル。

貴様ッ…………。何故ハクアを諌めなかった。


あんな『ドラキュール』だとわかる立派な馬車で彼女を迎えに行ったのか?

もし『なにか』あったらどうするんだ?」


「ルドルフ。落ち着け。


君王都だったよね?まさか抜け出してここに来たのかい?」


「ッ…………勘だ」


「君の彼女に関する嗅覚はすごいよ………。

なんで彼女の自殺した時にその勘は働かなかったんだい」


「ッ…………」


フランケルが諌めながらルドルフの進行を阻むのだけど、ルドルフは応接間の扉を開けた。

応接間にハクアしかいないのを確認した後舌打ちをする。

そのルドルフの様を見てハクアがにったりと笑う。


「あら。お姉様なら帰らせたわ。残念だったわね。


あら………?染めた髪が汗で流れているわよ?

肩が真っ赤だわ?ルードリヒさん」


ルドルフは白い礼服を下に放る。

執事からタオルを貰い拭き上げながらルドルフはハクアを見下ろした。

その顔は妹に向けるには些か厳しすぎる表情であった。


「ッ…………ハクア。迂闊だぞ。

訪問するなら何故相談しなかった。

目立つようなことをッ…………」


ハクアはそれを鼻で笑った。 

さっきまでリアに縋りつき泣いていた乙女はいなかった。

ハクアは自身の兄を睨めつけ。

その瞳は『恨み』と『侮蔑』が滲み出ていた。


「お姉様の自殺を止められなかった『無能』な旦那様だったお兄様に。何故今更訪問の許可を?


リアお姉様はもう貴方のものではないのよ?

ありもしない『陰謀論』『暗殺論』のためにリアお姉様の自由を奪わないでくださる?」


ルドルフの眼光がより強まった。

眉間など血管が切れるほどの隆起である。


「ッ…………リアが自殺などするものかッ…………。

事故もありえないッ…………。

俺がいて………。彼女が俺を愛していた。置いていくはずない。

万が一。フローリアが『秘密』にしたなにかからドラキュールを遠ざけたかったらどうするんだ。

目立つことは得策ではない。

ッ…………王家に知れたらまたフローリアが悲しむのは見たくないだろう」


ハクアがどんと机を叩いた。

大理石で出来た机にヒビが出来た。

ハクアの拳は白い魔力を帯びた爪が具現していた。

〝竜〟がにじみ出たのだ。

ハクアがどんどん机を叩く。

高級品の机は見るも無惨な塊になった。



「そこよッ…………。お兄様の根拠は『それ』しかない。

『愛』。

お兄様へのお姉様の『盲目的な愛』しかないのよ。

何も証拠も痕跡もないじゃないの。

散々調べたわよね?


確かにお姉様は悩んでいたの。

皆があの時疲れ果てたお姉様を心配していた。

貴方だけよ。

戦地に一緒に行くために健気に身を粉にして働くお姉様を愛でることしかしなかった。


だから皇太子や大臣に弱みを突かれたのよッ…………。

貴方は自分の至らなさを認めたくないだけだわッ…………。

これ以上。リアお姉様の自由を縛らないでッ…………。

自身が王家を打ち倒せないからって。

リアお姉様の自由を阻むなんて。

なんてッ…………根性なし」



「ッ…………」


「護ってるつもりなの?

あのね。ルドルフお兄様。

フランケルもリアお姉様に触れたわ。

彼女。『青ざめ』も『鳥肌もたたなかった』わ?


貴方は特別なんかじゃないわ」


ルドルフは息をのんだ。

フランケルを振り返る。

ルドルフはギリギリ歯軋りをしながら拳を握りしめていた。


「彼女の『運命』なんて。愚かなことを考えずにッ…………。

誠心誠意護りなさいよッ…………。貴方がいながら何回危ない目にあっているの」



「ッ…………」


「ルドルフ。彼女は皆で守ろう。

君の言う「陰謀論」「暗殺論」もわかるさ。


君だけのフローリアさんではないんだ。

皆がフローリアさんを守り慈しみたいんだ。

離縁した君は独り占めできないんだよ。

わかっているだろう?」



「ッ…………。ここに留まるのは彼女の意思だぞ?

ハクアこそサンサン地方で『姉』として囲いたいのではないのか?」


「ふんッ…………。

お姉様はわたくしと『お友達』になったのよ。

お兄様。貴方なんか『会いたくもない』のだから。


ふふッ…………。わたくしはフランケルを応援しているの。

邪魔はしないでくださいませね?」


ルドルフの〝竜〟も滲み出た。

それは紅く光り輝いた完全体だった。

ハクアは不敵に笑いながら冷や汗をかいた。

国で一二を争う〝竜〟の強さを誇るのだ。


「ふんッ…………。野蛮。

話で勝てないからって威圧する。

こんな乱暴者。フローリアお姉様はなんで愛したのかしら。男の趣味だけは悪いわ」



「ッ…………フランケル貴様。

リアに『欲』を滲ませたのか。

ッ…………隠れて怯えていたらどうするんだ。

公爵の無理強いがどういう結果を生んだ?」


「………………無理やりキスした君に言われたくない」


フランケルも〝竜〟を具現化した。

ルドルフに引けを取らない完全体の黒い〝竜〟だった。


彼等の背後では執事頭一家が怯えて青ざめる。

口々に「床がッ…………」「大理石がッ…………」と半泣きである。


フランケルとルドルフはそれらに気付きため息をはきながら〝竜〟を引っ込めた。

無益な争いをするつもりは二人にはないのだ。


「責任を取ればいい。

もう君の妻ではない」



「ッ…………おれは。

リアを『手に入れたい』から側にいるんじゃないぞ?」


「僕は『選んで』ほしいのさ。

彼女から何かを奪う気はない」


「ッ…………なら。今の彼女の生活を乱すな」


ハクアが手を叩いた。

その叩き方がかつてドラキュールを仕切っていたフローリアのそれのようで。

身に覚えがあった男二人は動きを止めた


「もうッ…………。お姉様の前では争わないでよ?

悪かったわ。お兄様。

今度は目立たないようにくる。確かに今のお姉様は『平穏』を望んでるわね。


目立つのは確かに得策ではなかったわ。

つい公爵に『嫌味』を現したかっただけよ」


ルドルフとフランケルの黒と赤の火花が散る。

ハクアがわざとらしくため息をついた。


「ねえ………?

竜人国の『年頃の乙女』が原因不明の病に倒れるの。

私の同級生もなのよ………?

まだ王都も警備局もわからないの………?


『サンサン地方の妖精女王の呪い』なんて噂が流れているの。

早くフローリアお姉様が生きていると皆に言いたいわ。

お姉様の不名誉な汚名を刻まないでほしいわ………?


それのせいでリアお姉様の『孤児院の人員確保』頓挫しているじゃない。

その情報もあってお兄様。王都に呼ばれたのでしょ?

軍部も『毒』なのか『病』なのか。

わからないからお兄様を呼んだのでしょ?

公爵も使えないのね………」


ルドルフもフランケルも呻いた。

ルドルフは軍部。フランケルは元警備局のコネを使い。

エーデル公爵も警備局局長として邁進しているが謎の病は蔓延するばかりである。

それも『若い乙女』ばかりなのだ。


「『不思議なのは』サンサン地方にはないんだ。その謎の病は。

本当にフローリアさんの『加護』があるのかな………?」


「リアの『加護』に縋るな。

竜人族の問題に彼女は関わらせてはいけないんだ。

ハクア。知らせるなよ」


「ッ…………買いかぶらないでよ。

リアお姉様の憂いを増やすわけないじゃない。

お兄様じゃないんだから」


ハクアは頬を膨らませた。






■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 丘の上の屋敷が新しく改装されたのを目敏く聞きつけたクラ―ク商会会長のドラ息子クレバーは、仕事をサボり偵察に出かけた。


そこへ立派な馬車が通ったのだ。

家門はわからなかったが絵が得意なクレバーは馬車に記された家紋を描き写しながらその馬車を追った。


馬を走らせ辿り着いたのはまるで『花の園』のような邸宅であった。

クレバーの記憶ではここはかつて王族の別荘として活用されていた『サロン』だった。

父ワイズが歯噛みしていたのだ。

かつて『王族』が愛した屋敷を買い上げたかったのに先を越されたと。


(どんな金持ち商人だ………?

貴族か?こんな田舎に居着きたくもないのにあのリアを手に入れるまで帰って来るなだと………?

住むとこくらい『箔』付けたかったのに。

くそッ…………。尊顔拝んでやる)


馬車から降りたのは妖精族の男だった。

騎士だろうか。

薄紫色の髪を一括りにした美丈夫であった。


(ッ…………。妖精族の貴族か?)


その後その騎士の手を取り降りたのはあのリアであった。


彼女は孤児院にいる時から格別に美しかったが他所の装いなのだろう。いつもの『地味な教師服』よりは可憐なドレスを来ていたのだ。

その屋敷は花々で満ちていた。

その花々を背景にリアは光り輝く『女神』のようであった。


いつもきつく結い上げている黒髪は艷やかに解き放たれ滝のように波打っていた。

彼女は化粧をしていないらしかった。

町娘達がごちているのを聞いたことがあったからだ。


『王都の流行りの化粧をしなくても妖精族は色白だから得よね?こちらは白く塗り込むことに精を出しているのに。

自然の白さには敵わないのよ』

と。


リアは今も化粧をしていないらしい。

なのにあんなに花々に囲まれたリアの頬は頬紅のように淡桃色であり、唇などクレバーが王都で食べたことのある苺のような瑞々しさだ。

彼女が笑った。

騎士の話を聞きながら頷いている。


クレバーはすっかり惚けてしまった。


そして聞いたのだ。

屋敷から厳かな竜人族の執事が現れたかと思ったら言ったのだ。

「おかえりなさいませ。リア様」と。


クレバーは戦慄いた。

親父が言った通りだったのだ。


あんなに地味な仕事をこなし地味な装いをしているリアのなんと気品溢れる姿か。

それに使用人を侍らす姿は『高位』の貴族令嬢のそれを思わせた。


「うわあ………。リアは身分を隠した貴族の令嬢なんだ。

親父が言ったことは正しかったんだ。


ッ…………ッ…………見違えるようだ。

王都の竜人の令嬢なんか目じゃないぞッ…………」


クレバーは興奮した。

もしかしたら『目が見えない』から家門から追い出されたのかもしれない。

だからこんな辺境に隠れるように暮らしているんだ。

あんなに働き者なのは貴族の家で使用人同然の扱いを受けていたのかも。


『貴族の落し胤』説がより濃厚になってきた。

そしてリアにはあの屋敷を所有するほどの財もあるらしい。


「うわあ………。絶対欲しい。

あんな笑顔で笑うんだ………。

癒やし系が好きだったけど。あんなに可憐に笑うなんて………。知らなかった………。絶対お嫁にする」


クレバーは舌なめずりしながら帰路についた。


帰宅して父親にその事を報告した。

書き写した馬車の家紋を見た父親ワイズが腰を抜かすほど驚いていたのをクレバーは覗き込む。


「ッ…………サンサン地方の『ドラキュール伯爵家』だ。

だ………。駄目だ。

クレバー………。駄目だ。


くそッ…………。

後妻にか?

俺が目をつけるんだ。

あの『冷血伯爵』が目をつけないはずがない………?

まさか。この『寄付』もドラキュールか………?」



「とうさん………?」


「ッ…………クレバー。悪かった。

リアだけは駄目だ。

くそッ…………くそッ…………。無理だ。

ドラキュールに睨まれたら死ぬ。

この商会など。命さえ危うい。


お前がもっと早くあの娘を懐柔出来ていれば………」


「え………?そんな………?」


父親が言っていることはクレバーは半分も理解出来なかった。

でもこれだけはわかった。


『僕のリアを攫おうとするヤツは貴族』だと。


『僕等の真実の愛を邪魔するのはドラキュールだ』ということを。



「そうか………。ドラキュールが悪いのか。


なら『弱み』を握る所からだ。

僕のリアは僕が守らないと」


クレバーは夜の暗闇のような瞳で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る