第25話 そしてリアは着せ替え人形になった

 「あら………?フランケル。

わたしは『二人っきり』の面談を楽しんでいるのよ?

邪魔しないでくださる?」


ハクア嬢が少しだけ息をついた。


その声は隣の部屋に続く扉の開く音と同時だった。

入ってきたのはドラキュール伯爵家領主補佐のフランケルだ。声に聞き覚えがあった。

ほのかに黒いオーラを纏っている。


(なるほど。ハクア嬢の『保護者がわり』はこの方だったのね?)


リアは少しホッとした。

ハクア嬢が『保護者』を伴っていることは『常識的』であったから。

いくら破天荒なフローリアの教育とはいえ。

そこの教育は行き届いているらしい。


彼はドラキュール伯爵家で一番『柔軟』そうな言動に態度だった。

よく笑う声と親しみやすい雰囲気が印象的だったヒトだ。

確かに年の近いハクア嬢がよく懐いているのだろう。


『お久しぶりでございます………。フランケル様』


「リア嬢………。見えないのに僕を覚えてくれたのかい?

先の訪問の時より格段に顔色がいいね………?安心したよ?」


『え………と。

コルド孤児院への『出資者』として訪問なさった時には、わたくしもう元気でしたわ?』


「………………………。さすがリア嬢。

気付いておられましたか?それとも院長ですか?」 


『匿名は匿名にならなかったということですわね?』


リアはクスクス笑った。

たぶんルドルフの命で誰かが孤児院に寄付の手続きに来ていたのだ。

ルードリヒがいて、他に初老と息子らしき黒髪の貴族らしき紳士が来たとしか聞いていない。

カマをかけたのだけど当たりだったらしい。


「本当に敏い。

君の様子だとサンサン地方以外の貴族の財政状態も確認してそうだね?」




『え………と。

額が多すぎました。

後『いっぺんに』寄付を納めすぎましたわ。

本当に『匿名』にしたいなら分割にして毎回納める人物を変えるべきでしたわ?

たぶん。院長様も気づくレベルの『即急さ』でしたもの。

あれだけの『財』を寄付する。

それらがこなせる財政状態なのは〝サンサン地方〟しかないと思いましたの』


するとフランケルの視線が変わったのを感じた。

身に覚えのある『甘い』視線になったのだ。

その視線にリアは震えた。


「本当に………。君は変わらなすぎて残酷だ。

そんなにも魅力を垂れ流して。

ルドルフが狂うのはわかる。僕でさえ………。

こうして君に逢いたくてッ…………」


『へ?』


フランケルがリアの前に跪く。

流れるようにリアの指先を啄んだ。

その唇の熱さが『エーデル公爵』のそれに似ていて。

リアはブルリと戦慄いた。

頬が熱い。

全然警戒してなかったせいかリアの震えは一瞬だった。


その様を見てフランケルは苦笑いしながら静かに離れたのだろう。気配が遠のいた。

でもその視線はまだ熱い。



(待って待ってッ…………。

フランケル様はルドルフ様の『従兄弟』でしょ?

家族………同然だよね?

え?フローリアどれだけの殿方籠絡しているの?)


フローリアは本当に『魔性』の女だったらしい。

今はハクア嬢のフローリア信奉にすらタジタジであるのにそこに過去の『色恋』まで伴うとは思わなかったのだ。

今日だけで過去のフローリアに毒づきたくなった。


(旦那様に公爵様に………。

フランケル様に………。噂によると竜人族の皇太子まで………?

え。

本当に竜人族ってドMばかりなのかしら?

こんなに殿方を蹴落とす勢いのじゃじゃ馬を好きなんて?)



リアはクラクラした。

フローリアにはヒトを魅了し動かす『カリスマ』があったのだろう。

ただの美貌だけを誇る女ならこんなに『価値が下がった』リアを見てまた『欲しい』などと欲ももたげないだろう。



(フローリア………。男爵令嬢よね?

爵位でいったら下から2番目。


公爵 duc(デュク)…王家の親戚、または辺境の伯爵が自称し定着。

エーデル公爵様がこれに当たる。

・侯爵 marquis(マルキス)…伯爵のうち特に重要な辺境に領地と軍備を持つ。

妖精国にはないけど竜人国は軍国家。


・伯爵 comte(コント)…地方に領地と軍備を持つ

それに軍門家系。

ドラキュール伯爵家はこれにあたるわね。

子爵 vicomte(ヴィコント)…言葉の成り立ちとしては副伯、準伯のほうが適切

・男爵 baron(バロン)…自由民に語源を持つ王の直臣。

キンレンカ男爵家はこのバロンにあたるわ。


騎士 chevalier(シュヴァリエ)

これがルードリヒ様やスバル様の位。

戦果や実績でいただける位。


フローリアは軍人家門出身。

それこそ………『男に従え』『強い男こそ正義』みたいな思想を植え付けられて育ちそうなのだけど?

フローリアこそどんな教育を受けたり見聞きしたらこんなじゃじゃ馬になったのかしら………?)


リアは過去は振り返りたくなかった。

過去がリアの自由を奪う予感を孕んでいたから。

そしてフローリアがあまりに破天荒すぎて『同一視』されることにも辟易しだしていた。


(でもヒトって『失う』と美化するものよね?

まだ私の粗が見えなくなるくらい『失ったフローリアの威光』で皆が冷静ではないのかも。

時間の問題かな?そのうち幻滅しだすわよ。

私。凡人だもの。たぶん今の私との差ができるはずよ)


ただ今は過去を『わからないこと』こそリアの自由を阻むのではないかと危惧し始めた。


現にいま。

リアはフローリアの過去の行いで思想が過激になった少女を放っておけなくなっている。

彼女がそう育ったのはフローリアが原因だ。

そのフローリアを失って傷ついているはずの子供のハクア嬢を放っておけるだろうか。


リアには出来なかった。



『ハクア嬢………?あの。

貴女がフローリアを失って冷静になれないのですね?

申しわけないですけど。貴女が語るフローリアと私は同じヒトにはなりえないのです』


「………………それは。心得ています………。

ッ…………わたくしを思い出して欲しいなんて。

わたくしッ…………の。わがままッ…………。

貴女様の負担にしかならないのですわ………」


ハクア嬢は泣き出してしまった。

やはりさっきまでの気丈な令嬢は『見せかけ』だったのだろう。

すっかり幼い子供になって縋るハクアを撫でながらリアは彼女を抱きしめた。


『フローリアには戻れないのだけど。

『近所のお姉さん』にはなれるとは思うの。


貴女の尊敬するお姉様になれるかはごめんなさい。正直荷が重いの。


でも。これも何かの『縁』だわ?

貴女が優しい子なのは今日だけでわかるもの。

もう私。記憶はないのに貴女を大好きになったわ?

この屋敷の内部を妖精族のフローリア好みに整えてくれたのでしょう?

花の薫りが新鮮なの。

今日朝早くから瑞々しい薔薇を運び入れた。

あとたぶん貴女も『準備を手伝った』』


ハクア嬢は泣きながら頷く。


「ッ…………何故わかりますの」


『貴女から薫るもの。

薔薇をたくさん抱かないとそんなに濃厚に薫らないわ?

ありがとう………』


ハクア嬢はまた泣き出した。

しばらくリアはハクアを抱きしめた。

その間スバルもフランケルも空気になってくれていた。


ハクア嬢が少し落ち着いた所でまたリアは話を切り出した。


『ねえ………?ハクア嬢。

私今はリアなの。一介の孤児院教師なの。


そんな私だけど。仲良くしてくれるかな?

貴女が崇めているフローリアお姉様とは違う『対等』なお付き合いがしたいわ?

今や記憶のない私よ?ハクア嬢に教えを乞うこともあると思うの。

どう………かな?令嬢としては今や貴女のほうが先輩な気がするわ?』


ハクア嬢の視線が温かくなった。


「たい………とう?仲良く?わあ………。お友達?

お姉様と呼んでも?貴女もハクアちゃんね?」


『うふふッ…………。こんな年上のお友達でもいいなら?

公共の場では『ドラキュール伯爵令嬢ハクア様』と呼ぶわよ?そこは譲れないわ?』


「なりますッ…………!わあ~お友達。

対等………。嬉しいッ…………」


ハクア嬢は飛び跳ねて喜びだした。

こう聞くとハクア嬢も無邪気な子供である。


「リアお姉様?

わたくし。お姉様を尊敬するあまり『お願いできない』ことがありましたの。

………………わがまま言ってもよろしくて?」


ハクアがあまりに無邪気な声色で言うからリアは思わず気軽に頷いた。


ハクア嬢は楽しそうである。

飛び跳ねながらリアの周りをくるくる回る。

さながら子犬と戯れているときのようである。


「学校の学友と以前したことがあって。

お姉様を思う存分に『着せ替え』してみたかったですの!


スバル!

奥の部屋から仮縫いの全部出して!」


「はい!待っておりました!」


『え?』


リアは忽ち『着せ替え人形』になったのだ。


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ハクア嬢が令嬢らしからぬ歓声と言うには熱がありすぎる悲鳴をあげている。


スバルは街の御婦人に人気の甘いマスクの美青年。

彼の薄紫の菫を思わせる髪色は艷やかに長く後ろでリボンで一つに括っている。

彼は優男の妖精族の中でも腕っぷしと爵位を買われ元は妖精族の国軍に属していたらしいのだ。


それなのに彼は今貴婦人のドレスを次々と縫い上げている。


彼の針裁きはもう『手芸が得意』という域を超えていた。

彼の針は瞬く間に仮縫いされたドレスを縫い上げハクア嬢に手渡す。

それらをハクア嬢はウキウキしながらお針子や侍女達と共にリアの身体にあてていく。


「リアお姉様ッ…………?!

まあッ…………なんて愛らしいですのッ…………?!

やはり髪色が変わってもこの薄いコバルトブルーのドレスの形も色合いも生地もッ…………。

お姉様にピッタリだわ………。

リアお姉様の夜空の帳のような艷やかな髪に似合う色は………?」


「私なら、ロイヤルブルーやダークグリーンやワインレッドやボルドーのドレスを勧めますね?」


「スバル様!なんて貴方様はセンスが良いの………?お給金弾みますわッ…………!」


「いえいえ。フローリア様の英才教育を受けたハクア嬢には及びません………」


「お姉様の瞳の色は『ウォータ―オパール』よ………。

翠の泉に煌めく夜空の星が落ちてきた………。そんな神秘的な色ッ…………。もうッ…………どんな色も似合うじゃないのッ………?!」


当のリアは蚊帳の外で二人は張り切っている。


『あの………。私は………。ブラウンやネイビーなど。

汚れが目立たず派手さもないものが………………』



「リアお姉様ッ…………天才だわ?

ヒースロゥ・ブラウン ?ファン・ヘ ?」



『ん?』


「ブラウン一つでも多彩な色よ?バーント・シエンナ? バイロン? ビスタ ?」


『そんな森林の森の木々の一本一本。樹皮の皮の色合いのような繊細な色達はわたくしには身分不相応ですわ………』



「まあッ…………!?」


ハクアが飛び上がるように跳ねながらフローリアの手を掴む。

彼女の表情の機微は良く見えないのに、視線が崇めるようである。

さっきからこの熱すぎる視線にリアはタジタジである。


「やっぱりリアお姉様は『フローリアお姉様』の知識を受け継いでらっしゃるのよ………。


これらの色の名称は素人には呪文でしか無いはずよ?

やっぱりリアお姉様はフローリアお姉様なんだわ………」


「フローリア様は尊い方なんです。

事故などであの方の何がッ…………奪えましょうかッ…………。

ハクア嬢ッ…………。貴女様がずっとずっと………。

フローリア様の死の『疑念』を持ち。私達を励ましてくださりました。

ハクア嬢ッ…………。本当によかったですね。

リア嬢ッ…………。お付き合いありがとうございます。ありがとうございますッ…………くッ…………」


今度はスバルがむせび泣き出した。

もうフローリアはお手上げ状態である。

二人のあまりの興奮と情緒のジェットコースターについていけないのである。

苦笑いしか出来ない。


『あらッ…………。泣かないで………?スバル様。

貴方もヒトが悪いわ………?早くおっしゃってよ。

『フローリアを知っています』って………。そしたら………』


するとスバルは今度はじっとりとリアを見上げている。

視線が恨みがましい。


「そしたら。どうされていましたか?

貴女もしかしたら『ルドルフ様の手の者』が増えたと警戒してここまで私とは関わらなかったはずだ。

貴女様はすぐに私の『裏稼業』の匂いをかぎつけました。

貴女様がおっしゃる『生理的に無理』はそういうことです」


リアはギクリとした。

ただスバルの指摘は正しい。

女のシンシアですらまだ疑っているのだ。

男のスバルなどもっと警戒しているに決まっている。

いや警戒していたのに。

リアはいつの間にかスバルに絆されてしまったのだ。彼の生い立ちを聞いたせいだ。


彼は妖精族の伯爵の次男らしいのだ。

王宮の側近をする家門。

王家を主君に身を尽くす家門。

彼は頭もよく武術にも長けていた。

将来有望だった。

でも彼は『縫い物』を愛していた。

日々息抜きとは言えない量をこさえていた。

将来服屋になりたいと親に打ち明けた途端に勘当されたという。

そして竜人国に来たという。


少し共感してしまったのだ。

親や身分に逆らい自由を欲した彼に。

いやかなり同情し彼の行くすえを応援した。


なのに今やその生い立ちすら疑わしい。

そして彼が語る『裏稼業』の話は聞きたくない。

不穏の匂いしかしない。


『スバル様。これ以上のフローリア讃歌はおやめになって。

わたくしは今『ハクア嬢の着せ替え人形』としてここにいますの。

まあ………友達の遊びね。

過去のわたくしの話に興味はありません』   



「リア嬢………。美しいですね。

ハクアが興奮する理由がわかります。

貴女を着飾らせたい欲がはち切れたんでしょうね?

貴女は昔からあまり着飾らないヒトだったから」


フランケルは空気になるように努めていた。

でも時折ため息混じりにリアを称賛する。

着替えの最中は屏風に隠され見えていないはずだ。

だけど視線は相変わらず甘い。


リアはため息をついた。

ドラキュ―ル伯爵令嬢ハクア嬢から手紙が来た時にはこんなことになるとは思っていなかったのだから。


(ルードリヒ様が休暇の時に限って………。

彼が護衛だったら。少しはこのドレスの着せ替えも心踊るのに………?)


リアは固まった。

今何を考えたのか。


(残念………?なにッ…………考えているのッ…………。

残念?着飾る私を見せられなくて………?なんで………?) 



〝「美しい」〟


リアは頭にさっきから浮かぶルードリヒの憮然とした声を打ち消した。

あの夜に囁いた彼の低い声。

夜の帳に染み入るような静かな声。 

心臓はズクりと軋み甘い痛みをもたらした。


「ッ…………貴方様でもお通し出来ません!」


廊下から執事頭ジェームスの叫び声が聞こえた。



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