第24話 貴女様にとって『悪女』とはなんですの?


 「フローリアお姉様。今はリアお姉様でしたか。

貴女がエーデル公爵の庇護下から早々抜け出したこと。

聞き及び呆れましたわ………………」


『………淑女らしくないことは自覚しております』


「わたくしを除け者にした『大人の会合』での貴女の振る舞いも態度もフランケルから聞いていますわ?

それも呆れていますの」


『それは………。お恥ずかしい限りですわ………』


「更にはあんな廃れた孤児院の教師………?

さらに呆れてわたくし、こうして馳せ参じましたの」


『手に職。淑女らしからぬのは承知しています』


「お茶お飲みになって?

フローリアお姉様は『蜂蜜入り』の紅茶を好んでいましたの。貴女はどうかしら………?」



『まぁ………。そんな高級品の蜂蜜を飲んだ覚えがなくて。

え………と。いただきます』


「苺もありましてよ?それもフローリアお姉様の好物でしたの」


『まぁ………?竜人国では栽培出来ないはずでは?』


「妖精国からの輸入ですわ?遠慮なさらないで?

孤児院の子供達の分もありますのよ?」


『まぁッ…………!御心づかい感謝しますわ!

竜人国は甘味が少ないから………。子供達は格別に喜びますわ?』


ハクア嬢のため息を聞いてリアは内心ビクつく。

彼女からはさっきから『落胆』と『怒り』の視線を感じるのだから。



「………………貴女が喜ぶのは子供達のことなのね?

相変わらず。自分の歓びに………鈍感な方だわ」


『………え?』


「………………。いただきましょう?冷めてしまうわ?」


『え?えぇ………』


「スバル様もどうぞ?」


『痛み入ります。ハクア嬢』


(き………………気まずい。

思っていたよりも遠回しの嫌味が多くて心を抉られるわ………。

キャサリンさんのわかりやすい嫌味が恋しい………)


リアは応接間に通されてからハクア嬢からの独り言のような話をただ聞いていた。

下手なことは聞きたくないし、下手なことも言いたくない。

リアが視力が良ければ彼女の装い、天気、容姿を褒めそやすなど会話を繋げる要素は多々あるのだけど。

リアの瞳は相変わらず最低限の障害物の色。光を映すのみだ。

甘い匂いの花のことくらいしか話題は出せなかった。

フローリアが好きだった花らしい。


ハクア嬢のオーラは力強く若々しい白い透明に煌めいたものであった。

清廉潔白。

噂通りの『淑女らしい』綺麗なオーラだった。


リアは初っ端やらかしたのだ。

ハクア嬢のオーラがあまりに綺麗だったからつい言葉がこぼれたのだ。『まぁッ…………。なんて白く透明な綺麗なオーラなの?』と。


その瞬間からだ。

ハクア嬢の視線が怒りに凍てついたのは。


(だって美しかったのだもの…………)


どんどん身体が強張るリアに反して近くに座っているスバルはなんとも楽しそうである。


リアの思惑通りハクア嬢は怒っている。

リアの心は軋む様なのだけどそれならそれで大まかに思い描いたプランを遂行するだけだ。


「………リアお姉様。

質問してもよろしいかしら?」


『………………………どうぞ』


リアは味わったこともないほどの甘い香りの紅茶を飲み干した。

確かに美味しかった。

シンシアも子供達もさぞ喜ぶ味だろう。

そんな現実逃避しながらハクア嬢の言葉を待つ。


(どんな嫌味かしら。もしくは罵倒かしら?

彼女に泣かれたらどうしようとは思っていたのだけど、『嫌われる』なら。

私の心は軋むけど………。『嫌われ役』になってこの令嬢の心が晴れるなら………。

そのくらいしか私に出来ることはないわ………?)


リアは意を決した。


「貴女はドラキュール一族を『遠ざける』ために『悪女』ぶりを遺憾なく発揮したらしいですわね?


貴女にとって『悪女』とはなんですの?」


『あ………悪女?』


リアは思案する。

ドラキュールの男達はもしかしたらハクア嬢を案じてあの再会の茶番の様子を話さなかったのかもしれない。

そういえばリアは「エーデル公爵の情婦」で「悪女」だと高らかに宣言したことを思い出した。


(あの時は泣いて悲しむ『か弱い令嬢』のハクア嬢を気遣ったのだけど。

この視線や雰囲気からすると彼女は相当「勝ち気な令嬢」だわ?

さっきから『悲しみ』や『縋る』視線はないのだもの。

なら。

酷だけど『模範的なフローリア』から外れれば諦めるかも。

彼女をフローリアの亡霊から解き放てるかもしれないわ?)




『それはッ…………』


「それは………?」


リアは心を鬼にした。

息を吐き顎を上に向け脚を組んだ。



『男を立てず。

功績も譲らず。

口説かれたら睨めつけ罵倒し。

襲われたら血祭りにッ…………』


リアが思う悪女とは『これ』だった。

フローリアから教えを受け『淑女中の淑女』だと言われているハクア嬢なのだから。

家督を継ぐ男を重んじない思想など禁忌だろう。

妖精族なら親から折檻ものだろう。

竜人族だって貴族の教えは同じはずだ。

しばらく沈黙が続いた。

それを破ったのは歓声だった。


「まあッ…………?!

本当に同じことを言いますわ………。

それでこそわたくしが愛したフローリアお姉様ですわッ…………?!」


黄色い叫びとも言える甲高い声が響いた。

そしてリアの膝に彼女は縋り付いたらしい。

その視線がジリジリ熱い『羨望』の熱を持ちながらリアを見上げているのを感じた。

彼女からは甘い薫りが立ち込めた。

屋敷に入った時に嗅いだ匂いだ。



『え………?』


リアがたじろいでいる間にハクア嬢の口は止まらない。


「貴女がエーデル公爵の庇護下から早々抜け出したこと。

聞き及び呆れましたわ………………。

『エーデル公爵』では貴女を縛ることなど出来ないのだから大した静養にもならない。

即急にドラキュールで保護すべきとわたくし進言しましたのに。

いくら視力が悪いからと男達は貴女の『行動力』を侮ってましたの。

障害者になった、か弱いお姉様に無理強い出来ないと。

本当に呆れましたわッ…………?

お姉様はルドルフお兄様という『枷』がなければ自由を求めると男はわかりませんでしたのよ?貴女への侮辱でなくて?」


『………………え?』


「わたくしを除け者にした『大人の会合』での貴女の振る舞いも態度もフランケルから聞いていますわ?

それも呆れていますの。


あのヒト達。ルドルフお兄様を心底愛していたフローリアお姉様の幻影に惑わされるから後手後手になったのよ?

貴女を連れ戻すにはルドルフお兄様への『愛』以外にはないと。

なんて愚かなの………?

それに全振りするからお兄様なんか。貴女へ無理やりキスするなんて愚行を働いたのよ?


貴女には悲劇でしたでしょう………?


お姉様は身持ちが硬かったの。男なんてと片っ端から無下にした気高い女傑なのよ?

再び初恋の魔力でフローリアを束縛出来なくなったルドルフお兄様のあの傷ついた顔ッ…………。

正直スカっとしましたわ?

あの方。フローリアお姉様の愛にあぐらをかいてましたもの。

フローリアお姉様はね?ルドルフお兄様に盲目的な献身的な愛を捧げていたことだけが欠点でしたのよ?」



『それは………?あの………?』


「更にはあんな廃れた孤児院の教師………?


さらに呆れてわたくし、こうして馳せ参じましたの。


コルド孤児院にとっては貴女の献身は幸運でしょうけど。


貴女の能力を最大限発揮する所ではないのよ?

貴女は『囚われない自由』を欲しているのに。


貴女に『恩』など感じさせるような中途半端な口説きと献身をするエーデル公爵に腹が立ちましたのッ…………。


あの方もリアお姉様を『囲おう』などと愚かにも画策するからリアお姉様は体調を崩されたのよ?


貴女は『商会』を抱えていたほどの剛腕なのよ?

フローリア時代から『働き蜂』のように働いていた。

ルドルフお兄様が休めと言うたびに辟易されていたの。

昔から誰の言うことも聞かない方だったわ?

だって愚かな男の助言なんて貴女には無用だったのだもの。


そんなお姉様が孤児院教師………。

王都の竜人国立学園の教諭ですら役不足ですわ?


貴女が働けなくてストレスを抱えるなんて。

真に愛があるならわかることですわッ…………?!

わたくしが一番フローリアお姉様を理解してましたのよ?

わたくしの助言を無視するからこんなことになるのよ」


ますますヒートアップするハクア嬢の毒舌の数々にリアはめまいがした。

このハクアの様がフローリアが教育した賜物であったなら。

フローリアが令嬢らしからぬ先進的過ぎる教育と思想を体現したヒトらしい。


リアも自分がじゃじゃ馬の跳ねっ返りの自覚はあるのだけど。

フローリアも相当の玉だったらしい。

ルードリヒには『障害者扱い』された時には憤ったものの。

冷静に考えたらリアもめちゃくちゃなことを言った自覚はある。

それを他者にここまで手放しに称賛されるとかえって冷静になってしまった。

過去の啖呵を切った自分が恥ずかしくなる。


『え………と。まあ。障害者なのは確かなので。

過保護にならざる負えなかった………。

あの方達の優しさと私の体質がコミットしなかっただけですわ………?


公爵様は恩人には変わりないので………。お怒りは鎮めていただいてッ…………』



「リアお姉様は………。貴女はなんて気高く優しいのッ…………。

やっぱりフローリアお姉様の本質は変わっていないのだわ?

ルドルフお兄様が戦地から帰る前の貴女だわ。

強きをくじき弱きを助ける。


ドラキュール伯爵家を『力』と『絶対的権力』『知略』でねじ伏せ。

『男など不要』とじゃじゃ馬を誇ったフローリアお姉様が帰ってらしたんだわッ…………。


私が憧れたお姉様そのままよ………。

ルドルフお兄様の帰還で失われてしまった男に媚びない女傑のお姉様よッ…………」


『ひぇ………』


あまりの熱すぎる羨望な眼差しにリアは目を細めた。

彼女の表情はわからないはずなのに視線が痛いのだ。

こんなことになるなんて想像出来なかったのだ。


罵倒や恨み言を受け入れる心の準備ばかりで『崇められる』など誰が思うだろうか?


(本当にフローリアって何者なのッ…………?

え?世間では『お淑やかな令嬢』のハクア嬢がこんなにも豹変するほどなのッ…………?


これはもう『親愛』よりも『盲目めいた羨望』だわ………?

どう育てたらこうなるの?『洗脳』めいてない?


彼女の語るフローリア。型破りにも程がない?

それに………?

彼女『兄想いの妹』ではなかったかしら………?

なんか。ルドルフ様への評価が辛辣ッ…………。

え。ルドルフ様の悪口。フローリアが吹き込んだのかしら)


そんなことを考えていたら誰かが吹き出す声が聞こえた。

わかる。

リアが当事者ではなかったらこの状況愉快この上ないだろう。


「ぶッ…………ッ…………ふふふッ…………。

ハクア。リアさんが面食らっているよ。

フローリア讃歌も程々に。


君の熱い演説にスバルさんも興奮が隠せていないよ?」


その声は隣の部屋に続く扉の開く音と同時だった。


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