第23話 蜜香る邸宅での出迎え

  何処からともなく馬車が孤児院に迎えに来た。

それはそれは立派な馬車らしく孤児院の子供達など休日なのに早起きをして門付近までお見送りをしてくれた。

スバルが『ドラキュールの家紋ですね』と呟いた。

ハクア嬢は律儀にもリア達に迎えを寄越してくれたのだ。


『ごめんなさいね………。スバル様。

せっかくの休みに付き添いをさせてしまって………』


「お手当増しですから寧ろ嬉しいです」


スバルは人当たりのよい涼やかな声色で笑う。

妖精族の男の中で『武闘派』とはなかなか希少らしい。

妖精族は男も女も皆『保守的』で『穏やか』な国民性だ。

血気盛んで快活な竜人族の国民性とそこが違うそうだ。


(元妖精族国軍出身。

爵位持ちの次男。

何故この方は竜人国にいるのかしら。


どうして………。ルドルフ様付きの騎士に?

それらを聞くほど『こなれた』会話もしていないのだけど。

優秀な人材を『小飼』に出来るほどの手腕はあるのだわ。

私の元旦那様は)


スバルの孤児院での働きぶりは軟派な態度とは裏腹に真面目できめ細かく。

院長の帳簿のミスも直していた。


(聞いていた限りは修正してたけど。

まだまだ数字も粗があるのは『見えない』から抜かりがあったわ………。

書き直すのも院長には難儀な作業だったわ。

スバル様もルードルフ様も数字に強い方で良かった………)


過去の粗の修正にはシンシアでも手一杯であった。

リアは聞いた数字の矛盾や漏れを指摘はしても書けないことが歯痒かった。

それらの『かゆい所』に手が届く人選をドラキュール伯爵ルドルフはやって退けたのだ。


(お金だけで人も物を動かしているのではなさそうなのよね)


スバルは先程『お手当増し』を強調していたがそれらはリアへの『罪悪感』避けだ。

スバルやルードリヒの纏うオーラには『信念』と『使命』を感じるのだ。

今も軟派な話を繰り広げリアとの一時を楽しませようとしている。


(彼の息がかかってそうなヒト皆が魅力的なんだもの。

主もさぞ優秀で魅力的なのだろうと思わされてしまう)


〝「リアッ…………フローリア」〟


リアはそっと目をつむる。

夢で聞くルドルフの声はいつも甘く蕩けるよう。

蜂蜜を更に花びらに漬け込んだかのような。

そして。

それらを聞く夢の中のフローリアの心臓は幸せに高鳴るのだ。 

その心臓が現実でも高鳴ったとしたら。

夢での胸の高鳴りがあまりに激情過ぎて引きずられるのだ。

リアがリアではなくなる感覚がするのだ。


(まさか………ルドルフ様同伴はないよね)


リアは首を振る。

ハクア嬢は「二人きり」と記してきたはずだ。

でも確かハクア嬢はまだ12歳だ。

未成年の令嬢が他地方に『保護者なし』で訪れるだろうか。

こういう機会にこそ付いてきそうな熱意をルドルフの便りには感じたから警戒してしまう。


(会いたくない。

あの夢の後に実際彼に会ってしまったら。

何かが変わってしまう気がする)


リアは平然を装いスバルのジョークに合わせてクスクス笑う。

今日の護衛がルードリヒではなくて良かったのかもしれない。


リアは正しく『虚勢』を張れない相手に会いに行くのだ。

それはリアが『ありのまま』のリアで対峙しないといけないことを意味していた。



(ドラキュールのお姫様はどんな罵倒を?

それとも泣きつかれるのかしら………?)


リアは見えもしない屋敷へ続く道が永遠のように感じた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 「うわあ………。ここだけ妖精国に迷い込んだようだ」


『そう………なの?』


リアはキョロキョロするけど光と色の世界がぼんやりとするだけである。

ただ『甘い香り』が薫る。

スバル曰く孤児院からほど近い丘の上に隠れるように建っている邸宅はすでに『蜜香る邸宅』と呼ばれているらしい。


かつて王族の『別荘』の役割をしていた廃れた屋敷を改築したそうなのだ。


淡い暖色の石や大理石、白い塗り壁の外壁には蔦が張られている。


「すごいな………。竜人国にはない品種の花ばかりだ。

あの方はわざわざ手に入れたのか………」


スバル曰く竜人国軍には流通していない妖精族に馴染みのある草花が庭園にはあるらしい。


「ただな………。これらは『竜人国』の土地に根付かないんだ。僕も試行錯誤してみたんだけど相当手入れをしても一月もこれらは保たないんです」


『まぁ………。』


(まさかこの庭園を保つために一ヶ月に一度は『植樹』するのかしら………?大変な手間よ?

私には匂いしかわからないのに………?)


見えないリアにはわかりようのない所まで元旦那様ルドルフはきめ細かな改装をしたらしい。


馬車が付いてすぐ執事と侍女、メイド達が恭しく出迎えてくれた。


「リア様。おかえりなさいませ。

この『蜜香る邸宅』の執事頭をしております。『ジェームス』と申します」


『始めまして………。ジェームスさん。リアと申します』


スバルが彼の特徴を教えてくれた。

黒髪に翠の瞳の中年の竜人族の美丈夫らしい。

肌は浅黒く平均的な竜人族らしい濃い風貌。

彼の隣にいる侍女頭が彼の細君。その隣にいる侍女が彼等の娘だという。

一家総出でサンサン地方からコルド地方に移住したという。


『そんな………。

遠くからわざわざお越しに………?家族総出で?』



「サンサン地方でフローリア様に『大恩』がありましてこの屋敷が出来ると聞き立候補致しました。

貴女様に忠誠を誓っております。


貴女様が『フローリア様』でも『リア』でも。

他の何者であっても仕えます」


リアは呻いた。

この屋敷はルドルフの言うように『売り払う』か『訪問しない』ことを考えていたのだ。


(………。元旦那様は本当に私のことを良くわかっていらっしゃるんだわ)


彼等みたいな「純粋な好意」をリアは無下に出来なかった。

しかも彼等は『一族』でリアに忠誠を誓ったのだ。

この屋敷を売り払ったら彼等は路頭に迷う。


今は一介の孤児院教師のリアには彼等の就職先など紹介も斡旋も出来ない。


リアの機嫌を損ねたとドラキュール伯爵から『咎』を貰う可能性すらあるのだ。


ルドルフの施しを拒否することは彼等の献身を拒否することになるのだ。


(彼は『分与』すると言ったわ。

財産はお金や不動産、宝石類のことだとばかり思っていた。

彼等のような『人材』も貴族にとっては財産なのだわ)





 屋敷に通されて直ぐに感じたのは『甘い花の香り』だ。

むせ返るほどの香り。

スバルの息を飲む声がする。


「………屋敷中に『カトリーヌ・ドヌーヴ』がかざってある………。

すごいな………」


『『カトリーヌ・ドヌーヴ』?』


「妖精族にはお馴染みの国母『カトリーヌ王妃』の薔薇です。

………………………それは覚えておられない?」


『………はい』


スバルが悲しそうな視線を送る。

まただ。

シンシアも同じような視線を送る時がある。

大抵それはリアが『妖精族』として当たり前のことを覚えていない時なのだ。

それか彼女と共通の思い出を『覚えていない』ことへの悲しみの視線。


孤児院ではスバルはこれらの視線を送ったことはなかったから驚いた。

彼ももしかしたらリアと同じように『ありのまま』の彼なのかもしれない。

それか。

取り繕うのを辞めたか。


ただそれはリアの予想が当たっていたらますますルドルフを警戒してしまうことになる。


(どこにいても元旦那様の影がチラつくんだわ)


リアはため息をつきながら執事ジェームスの案内の下、屋敷の応接間に辿り着いた。


重々しい扉の開く音がする。


 「おかえりなさいませ。お姉さま」


少女にしては凛とした声色だった。

齢12歳とは思えない品と威厳を感じる声色。

あの日泣き叫んでいた可憐な女の子の声ではなかった。


ドラキュール伯爵令嬢ハクアはルドルフがリアに与えた屋敷でリア出迎えたのだ。



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