第22話 リアの頭に浮かぶのは

 街外れの丘の上に立派な屋敷があった。

そこでは二人の歓声が響いていた。

一人は白銀の髪色に真っ赤なルビーの瞳を称えた美少女だ。

竜人族には珍しい『白髮』の令嬢。ドラキュ―ル伯爵令嬢ハクア嬢である。


その彼女が令嬢らしからぬ歓声と言うには熱がありすぎる悲鳴をあげているのだ。

ルドルフの騎士スワン・スバルだ。

街の御婦人に人気の甘いマスクの美青年。

彼の薄紫の菫を思わせる髪色は艷やかに長く後ろでリボンで一つに括っている。

彼は優男の妖精族の中でも腕っぷしと爵位を買われ元は妖精族の国軍に属していたらしいのだ。


それなのに彼は今貴婦人のドレスを次々と縫い上げている。


彼の針裁きはもう『手芸が得意』という域を超えていた。

彼の針は瞬く間に仮縫いされたドレスを縫い上げハクア嬢に手渡す。

それらをハクア嬢はウキウキしながらお針子や侍女達と共にリアの身体にあてていく。


「リアお姉様ッ…………?!

まあッ…………なんて愛らしいですのッ…………?!

やはり髪色が変わってもこの薄いコバルトブルーのドレスの形も色合いも生地もッ…………。

お姉様にピッタリだわ………。

リアお姉様の夜空の帳のような艷やかな髪に似合う色は………?」


「私なら、ロイヤルブルーやダークグリーンやワインレッドやボルドーのドレスを勧めますね?」


「スバル様!なんて貴方様はセンスが良いの………?お給金弾みますわッ…………!」


「いえいえ。フローリア様の英才教育を受けたハクア嬢には及びません………」


「お姉様の瞳の色は『ウォータ―オパール』よ………。

翠の泉に煌めく夜空の星が落ちてきた………。そんな神秘的な色ッ…………。もうッ…………どんな色も似合うじゃないのッ………?!」


当のリアは蚊帳の外で二人は張り切っている。


『あの………。私は………。ブラウンやネイビーなど。

汚れが目立たず派手さもないものが………………』



「リアお姉様ッ…………天才だわ?

ヒースロゥ・ブラウン ?ファン・ヘ ?」



『ん?』


「ブラウン一つでも多彩な色よ?バーント・シエンナ? バイロン? ビスタ ?」


『そんな森林の森の木々の一本一本。樹皮の皮の色合いのような繊細な色達はわたくしには身分不相応ですわ………』



「まあッ…………!?」


ハクアが飛び上がるように跳ねながらフローリアの手を掴む。

彼女の表情の機微は良く見えないのに、視線が崇めるようである。

さっきからこの熱すぎる視線にリアはタジタジである。


「やっぱりリアお姉様は『フローリアお姉様』の知識を受け継いでらっしゃるのよ………。


これらの色の名称は素人には呪文でしか無いはずよ?

やっぱりリアお姉様はフローリアお姉様なんだわ………」


「フローリア様は尊い方なんです。

事故などであの方の何がッ…………奪えましょうかッ…………。

ハクア嬢ッ…………。貴女様がずっとずっと………。

フローリア様の死の『疑念』を持ち。私達を励ましてくださりました。

ハクア嬢ッ…………。本当によかったですね。

リア嬢ッ…………。お付き合いありがとうございます。ありがとうございますッ…………くッ…………」


今度はスバルがむせび泣き出した。

もうフローリアはお手上げ状態である。

二人のあまりの興奮と情緒のジェットコースターについていけないのである。

苦笑いしか出来ない。


『あらッ…………。泣かないで………?スバル様。

貴方もヒトが悪いわ………?早くおっしゃってよ。

『フローリアを知っています』って………。そしたら………』


するとスバルは今度はじっとりとリアを見上げている。

視線が恨みがましい。


「そしたら。どうされていましたか?

貴女もしかしたら『ルドルフ様の手の者』が増えたと警戒してここまで私とは関わらなかったはずだ。

貴女様はすぐに私の『裏稼業』の匂いをかぎつけました。

貴女様がおっしゃる『生理的に無理』はそういうことです」


リアはギクリとした。

ただスバルの指摘は正しい。

女のシンシアですらまだ疑っているのだ。

男のスバルなどもっと警戒しているに決まっている。

いや警戒していたのに。

リアはいつの間にかスバルに絆されてしまったのだ。彼の生い立ちを聞いたせいだ。


彼は妖精族の伯爵の次男らしいのだ。

王宮の側近をする家門。

王家を主君に身を尽くす家門。

彼は頭もよく武術にも長けていた。

将来有望だった。

でも彼は『縫い物』を愛していた。

日々息抜きとは言えない量をこさえていた。

将来服屋になりたいと親に打ち明けた途端に勘当されたという。

そして竜人国に来たという。


少し共感してしまったのだ。

親や身分に逆らい自由を欲した彼に。

いやかなり同情し彼の行くすえを応援した。


なのに今やその生い立ちすら疑わしい。

そして彼が語る『裏稼業』の話は聞きたくない。

不穏の匂いしかしない。


『スバル様。これ以上のフローリア讃歌はおやめになって。

わたくしは今『ハクア嬢の着せ替え人形』としてここにいますの。

過去のわたくしの話に興味はありません』


リアはため息をついた。

ドラキュ―ル伯爵令嬢ハクア嬢から手紙が来た時にはこんなことになるとは思っていなかったのだから。


(ルードリヒ様が休暇の時に限って………。

彼が護衛だったら。少しはこのドレスの着せ替えも心踊るのに………?)


リアは固まった。

今何を考えたのか。


(残念………?なにッ…………考えているのッ…………。

残念?着飾る私を見せられなくて………?なんで………?) 



〝「美しい」〟


リアは頭にさっきから浮かぶルードリヒの憮然とした声を打ち消した。

あの夜に囁いた彼の低い声。

夜の帳に染み入るような静かな声。 

心臓はズクりと軋み甘い痛みをもたらした。


時は遡る。



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