第21話 義理の妹からの宣戦布告


 『謹白 孤児院教諭 リア嬢。


 サンサン地方は秋が深まり稲穂は黄金に輝いています。

エ―デル公爵屋敷を出た知らせには驚きを隠せませんでした。


リア嬢。貴女は確かに『フローリア』なのです。

妖精国アカデミーを首席で卒業。キンレンカ男爵の武術を幼少の頃より研鑽した『妖精族の女王蜂』と言われたフローリアなのです。


数多の事業を創り出しサンサン地方を発展させたのは貴女なのです。

わたくしを立派なレディーに育ててくれたのは貴女なのです。

どんなに貴女がそれを否定しても過去は変わりません。


わたくし。貴女とドラキュ―ルの男達は抜きで語らいたいですの。二人で。


学生の身で多忙なので休日の訪問になるのをお許し下さい。


兄ルドルフが購入したコルド地方の屋敷でお待ちしております。

護衛もお連れ下さい。

       敬白     ハクア・ドラキュ―ル』



(とうとう………来るべき時が来たのだわ………)


リアは泣きそうになった。

リアは元夫ルドルフからの懇願もありハクア嬢のことは気にかけていた。

何分記憶がない。思い出もない。

拙い人脈でなんとかハクア嬢の人となりを知ろうと努めた。

そこで絶望したのだ。


ハクア嬢は非の打ち所のないほどの『淑女中の淑女令嬢』だと言われるほどの令嬢であった。

そして聞く限りだと彼女はフローリアを母のように慕っていた。夫ルドルフよりも五年間共に過ごしたのは彼女のほうだったのだ。


彼女は齢10にして飛び級で『竜人国アカデミー』に首席入学。

普通は15歳で入学するのだが女学生としては竜人族史上初の最年少入学を果たしたのだ。

彼女の偉業はここで終わらない。

入学してからも首席は変わらず武術も討論もトップを極めているらしい。

彼女は竜人族では珍しい『アルビノ』と言われる「眼皮膚白皮症」なのだ。

妖精族ではそんなに珍しくない。黒い髪の両親から白い髪の子供が産まれる。そんな認識だ。

ただ竜人族では『妖精族みたい』だと忌み嫌われていた。今でこそ竜人国は妖精族と友好的だが昔は『敵国の血が入った』と勘違いしたらしい。無知とは恐ろしいものである。

淡い色合いの頭髪は妖精族の特徴であるからだ。

そんな見た目のハンデを逆手に取り彼女のカリスマは極まっている。


彼女は肌の色も竜人族にしては色白である。

だだ彼女はその『個性』と『美貌』を遺憾なく発揮し『モデル』をしているのだ。

有名ブティックブランド『蜂の巣』の専属モデルなのだ。

彼女はファッション会の憧れの令嬢なのである。


そして彼女は領地運営の補佐もしているらしい。

ゆくゆくは戦地で多忙な兄の代わりに『女領主』となるために。

彼女は無類の『兄想い』の令嬢なのだ。

伯爵令嬢で見目も麗しく才女。

そんな彼女をそこまで育て上げたのは『フローリア』なのだ。


(どうしましょう………。

それを知っていたら『肉親じゃない』ってぶった切ったの彼女は凄く傷付いたのではないかしら。

私こそルードリヒさんのこと言えないわ………。

元夫や、ドラキュ―ルの一族には嫌われようがなんとも思わないのに。彼女に幻滅されたら立ち直れないかもしれない………)


 ハクアの生い立ちを聞いてからリアは何故『彼女だけ』には語らいの場を設けなかったのかと後悔し涙に暮れた。

シンシアやエ―デル公爵。

あと不本意ではあるが元夫ルドルフにも頼りで教えを乞いだのだ。


ハクアの母はハクアを産み落としすぐ天に召されたのだ。その後のハクアは荒れたドラキュ―ルの城で酒浸りの父親に育てられた。

彼女の面差しは亡くなった母親に似ていたらしい。

母親の死から立ち直れなかった父親はハクアを疎んだ。

彼女の身体も弱くすぐに死んでしまうと思ったらしい。

たぶん『愛して』また失うことを恐れたのだろう。

戦地に行きっぱなしの兄ルドルフは帰還するたび妹を可愛がったが、そのケアは足りていなかった。

領主代理補佐に従兄弟のフランケルが就き屋敷に住むようになってからは、少しハクアへの愛情も待遇もマシにはなった。

それでもハクアは父親に愛されず兄に放って置かれた不幸な幼少時代を送ったのだ。


そこへフローリアが輿入れした。

ハクアが5歳の時である。

フローリアはハクアの母になり姉になり、家庭教師になり師匠となった。

惜しみない愛を教育を施した。

酒浸りの義理の父を殴り飛ばして再教育し。

怠惰な領地運営も改革した。

ハクアはフローリアの愛で育ったのだ。

彼女はフローリアの娘と言っても過言ではないのだ。


(私の拒否は。ハクア嬢に2度も。いえ。私の死を含めたら3度母を失なわせたことになるわ………。

知らなかったとはいえ。

彼女だけは誠心誠意接するべきだったわ)


だけど。

ハクアはたぶん一番の『フローリア信奉者』だ。


リアの耳にドラキュ―ル伯爵家一行が訪問した時の悲痛な泣き声が忘れられないのだ。

リアは子どもの悲しむ声が耐えられなかった。


(どうしましょう。

悲しませたくない。彼女の悲しむ声を聞きたくない。

それに彼女の理想のフローリアになどなれるわけもない。

だけど泣き落とされても『ドラキュ―ル伯爵家』に戻りたくはない。

あぁ………。彼女は子供よ?でも『令嬢の中の令嬢』なのよ?

フローリアが教えた『淑女教育』の『婚家に従うこと』とか『領地を守る義務を果たしなさい』とか『旦那様へは絶対に服從』とか。

私が覆して良いものなのッ…………?


同じヒトに正反対のことを説かれる子どもの心のケアは?


記憶の無い時の子育てまで責任持てないよッ…………。

フローリアッ…………。彼女に何を教えたのッ…………。

わからなすぎて手詰まりよ………)


リアがあまりに険しい顔をしていたのだろう。

同室のシンシアは「また愛しの元旦那様?」と揶揄する。

なんでもフローリアは夫ルドルフとの戦地での便りの枕詞が「愛しの旦那様」だったらしい。

フローリアはルドルフが初恋の君でありベタ惚れだったのだ。


『違います。ハクア嬢から。「会いたい」って。

二人で。』


「え………?それ………?『宣戦布告』かしら?」



『ね?そう思うよね?

どうしようッ…………。正論で理詰めしてくるよ。私が彼女ならそうするもんッ…………。


『わたくしの愛しのお兄様を煩わせないでいただけないかしら?』

って冷たく言われても泣きそうだし。


『わたくしのお姉様に戻ってッ…………。

悲しくて寂しくて胸が張り裂けそうッ…………』って言われて縋られたらッ…………。


拒否出来る自信がない………。どうしようッ…………』


シンシアは今とても気の毒な表情をしているのだろう。纏う空気がそう語っている。

デスクに突っ伏し項垂れているリアを優しく擦りながら温かいお茶を渡した。




「リアちゃん………。今度会う時は『ドラキュ―ル伯爵夫人』に戻ってるのね?

それでも私達の友情は変わらないからね?」


「ッ…………ッ…………戻りませんッ…………」


リアは叫んだ。







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