第20話 そして彼はただのルードリヒになった(院長Side)

 (まさか。晩年にして後継者を得るなんて………)


アナスタシアはリアにこの小さな孤児院の権利も土地も譲渡するつもりでいた。

ただそれはリアには切り出せないでいた。

リアには『夢』があることを知ったからだ。


(公爵様の求婚を拒むくらいの娘よ。

何よりも縛られることを望まないヒト。


あの娘はそのうち旅立つヒト。

こんな辺鄙な所では終わらないヒトだわ。

彼女が気持ちよく旅立てるようになんとか『健全な孤児院』にしなければ)



 アナスタシアは目の前の三人組を改めて観察した。

この寄付金を取りまとめて書類の説明をしているのは初老の紳士と息子だろうか。

二人共黒い髪に黒い瞳の紳士だ。

息子のほうは眼鏡をかけている。

父親のほうが『憮然』としていて貴族らしい威圧を出していた。

息子のほうは線の細い柔和な表情である。

話し方も丁寧で真摯にわかりやすく説明をする。


問題は二人の背後に立っている一人の騎士だ。

ニメートルの巨体を軽装の皮の武具で包んでいる。

出で立ちは『下級騎士』といったところだ。

『表向き』は。


ただアナスタシアにはわかった。

この騎士は『装っていること』を。

歩き方や身体の身振り手振りにどこか品があるのだ。

そして彼の瞳はアナスタシアを射抜くように品定めしていた。

『妥協を許さない』瞳だ。

それは『上に立つものの目つき』だった。


彼も自身の視線を隠そうとは努めているらしい。

長い黒髪で瞳を隠している。赤いルビーのような力強い瞳だった。


一見すると身支度を気にしない田舎騎士である。


(ひょっとしたらこの騎士のほうが『主』なのかも。

身分を隠して何を探りたいのかしら?)


そのうち皆で子ども達の様子を見に行くことになった。

遠くから様子を伺っていたのだ。

彼等の目付きでアナスタシアは彼等の目的がわかった。

彼等は『リア』を見て悲しそうなホッとするような表情をしたから。


思わずリアと話さないか聞いてしまったほどだ。

するとリアが血相を抱えて飛び出してしまった。

さっきまで小さな女の子達と芋の皮剥きをしていたのにだ。


それを見て黒い馬に乗っていた騎士が一目散にリアの後を追った。

連れのものが呼びかける間もなく彼は行ってしまった。

初老の紳士は「ルド………。ッ…………」とつぶやきやめた。

リアもなかなかの俊足ですっかり遥か彼方である。

本当にあの娘は視力が悪いのにお転婆である。


二人の紳士はため息をついていた。


「耐え性がないな。あいつは」


「前回粗相したせいで彼女が公爵家を出て行っただろ?

ルドルフ責任感じて『嫌われても守らなければ』って。

………気持ちはわかるよ。

彼女は………。向こう見ずな豪快な所があるから。


命がいくつあっても足らない」



アナスタシアは礼儀も作法も忘れて聞き耳をたてた。

存外この『害がなさそうな年寄り』の風貌はヒトを油断させることに長けている。

「あらあら………」と言いながら花など摘んでいたら大抵彼女の存在など忘れるのだ。

案の定二人の紳士は身内話を始めたのだから。


あの騎士はリアの知り合いだろうか。

リアがいるから『寄付』をしたのだとしたら。

その額と規模は公爵の何倍ものもので。


今やどこも厳しい領地運営をしているなかで道楽で寄付するにしても計り知れなかった。


(今………豊かで栄えている竜人国の領地は………)


アナスタシアは公爵から以前聞いたことがあった。

公爵は子供の頃からの付き合いだ。

隠居した前公爵夫妻は王都へ忙しく公務に出ていて彼はこの孤児院が遊び場だったのだ。

アナスタシアは彼を息子のように可愛がったものだ。


〝サンサン地方は今や王都の豊かさに匹敵する領地だ。

ドラキュール伯爵ルドルフは旧友でね?

彼のお陰でクリスタルの研磨事業も軌道にのったんだ。

いやあ………。持つべきものは友だ。

彼との再会がまさか………。運命の出会いになるとは。

王都も捨てたものではないな………〟 





(ドラキュール伯爵ルドルフ様………。

あの口ぶりだと初恋のヒトとお見受けしていたのに。

サンサン地方の御領主様は確か妖精族の奥方を亡くしたばかり………。

………………………まさかリアを後妻に?)


アナスタシアは心が弾んだ。

リアは気立てもよく美貌も鼻にかけず働き者だ。

字は読めないまでも一度聞いたことは忘れず、こちらは思いつかないような打開策を打ち出す先進的思考を持っている。

それを下内する知識もあった。 

視力の悪さと羽なしと身寄りの無さなどふっ飛ばすほどの魅力のある娘だ。

アナスタシアは娘が求婚された母親の気持ちになってしまった。

興奮で震え上がった。


(公爵と伯爵に見初められるなんて………!

なんて娘なの?

あぁ………。竜人族の貴族の乙女達が血の涙を流すほど羨ましがるわ………。

彼女の男性嫌いが良くなれば。

彼女には幸せな結婚が待っているんだわ………)



しばらくして騎士がとてつもない怒気を孕みながら帰ってきた。

リアが子供を抱えてバオバオの木から落下したという。

二人の紳士が青ざめた。

アナスタシアはまたかと思ったけれどバオバオの木の天辺からと聞いたら流石に肝が冷えた。

確かにリアは羽がないにしてはお転婆が過ぎる。なまじ運動神経も良いからだろう。妖精族にしては身体が丈夫なのだ。身体を大事にしない。

この騎士がいなかったらリアは大怪我か死んでいたかもしれなかった。

改めて『羽なし』の怖さを思い知った気がした。


彼等は口々にリアと子供の無事を聞き呻いた後、アナスタシアに再度の契約内容の追加を打診してきた。

やはりそれらを打診してきたのは黒い騎士であった。

あの三人組の中で『決定権』があることをこの騒動の会話から垣間見た。


その後孤児院には『護衛』と『御用聞き』の男手が着任することになったのだ。



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 「本日からここに赴任します。ルードリヒです」


「スバルです。院長様。よろしくお願いいたします」


後日孤児院には『護衛』と『御用聞き』の男手が着任することになった。

その二人のうち一人があの黒い騎士なのを見てアナスタシアは笑いを堪えた。


まさかあの騎士本人が赴任するとは思わなかったのだ。

そしてアナスタシアが抱えていた疑念は確信に変わった。



「スバルさん。

ルードリヒさんと少しお話があるのです。

食堂にシンシア先生がいます。

貴方の私室の案内をお願いがてら挨拶を済ませてくれませんか?」


薄紫色の髪の妖精族の美青年はにっこり笑い退室した。

未だ『憮然』としている黒い騎士は不思議そうな顔をしている。


「ささ。長旅でしたでしょ?

お茶を飲んでください」


「………お気遣い感謝します。ミス、アナスタシア・ルシフェル」


「あらぁ……………」


アナスタシアは久しく呼ばれなかった名を懐かしく思った。

過去に置いてきた名だ。

その名を彼が口にするのだ。

やはり彼はただの騎士ではなかった。


「今はアン・エーデルですの。

日頃はミス、アンか。アン院長でも。ご自由に」


「ミス………アン。よろしく頼む」


しばらく沈黙が続いた。

アナスタシアはクスッ……と笑って小首をかしげた。

その瞳はいたずらっ子のような煌めきを放った。


「ドラキュール伯爵ルドルフ様。

日頃はルドルフ?それとも妖精族式の洗礼名のルードリヒ?

どちらで呼べばよろしいの?

髪も染めてらっしゃるの?

貴方様は赤髪だと伺いましたの。


なんだか………ただの求愛にしては隠密ね?」


彼は射抜くようなルビーの瞳をまっすぐこちらに向けた。

そして諦めたようにため息をついた後呻いて下を向いてしまった。


「彼女の命の安全のためです。


わたしはただの『ルードリヒ』としてここに来ました。

伯爵だと側にいられないのです」


彼の真摯な瞳はなんの汚れもない。

アナスタシアは愚直そうな彼の瞳を見つめ返した。


「リアが嫌がらない限りはいいでしょう………」


アナスタシアはこの紳士の多額の献身と茶番に付き合うことにした。

打算的な考えもあったけどここまで高貴なヒトを狂わせるリアの行く末を見守りたい一心だった。


リアに若い頃の自分を重ねてしまうからだ。

叶わない恋を捨ててきた過去の自分に。

彼女も何かを失った瞳をしている気がしたから。


「エーデル公爵はご存知ですの?」


「承知だ。彼女は『私には』男性恐怖症を発症しない。

守る上で最善だと認めさせた」


アナスタシアは苦笑いした。

彼女が応援している大公様は一歩出遅れているらしい。


「わたくしは『公爵派』ですよ。

でも若人の邪魔をする趣味もありませんの。

そこは中立ですわ?

正々堂々なさればよろしいわ。

ただ………。リアを泣かせないでくださいませ。

ルードリヒさん。

我が孤児院をよろしくお願い致します」


アナスタシアは深々頭を下げた。

彼は今や『筆頭出資者』になったのだ。


本来なら彼が望むなら『一介の孤児院教諭』の輿入れも妾も愛人になど誰も拒否は出来ない。 

彼女には守る身内はいないし障害者だ。

この世界で一番『御しやすい』身分だ。

勿論アナスタシアもリアに『命令』も出来る。


孤児院のために『献身しろ』と言える立場だ。


ただ皆はわかるのだ。

リアなら『強行』したら最後逃げるだろうと。


たぶんエーデル公爵もそこのさじ加減を間違えたのだろう。

尊き血は己の欲なために『非情』にならないと手に入らないものを手に入れてこそ尊き血なのだ。

『爵位』を持つものはそれだけ力があるし女子供など簡単に蹂躙できる。


(それが嫌だからエーデル公爵は『反王権派』。

王都に住まない公爵なんてあのヒトの代くらいよ。

ドラキュールも『権力』を欲しないからずっと『辺境の武人家門』。


二人共『華美』も『富』もあればあるだけ良しとされる竜人族の中で〝らしくない〟貴族。


お互い爵位や金では惚けない女に惚れるのね)



「命をかけます」


ルードリヒは低い声で王に宣誓するが如く厳かに述べた。



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