第27話 君にとって最悪の人選だったろうな
リアは食堂で後片付けをしていた。
そこへルードリヒが「疲労困憊です」って雰囲気で帰ってきたのだ。
『あれ?おかえりなさい。ルードリヒ様。
お早い休暇帰りでしたね?ご家族に会えまして?』
「………………只今帰った。
会えた。あっちは相変わらずだ。君は変わりはなかったか」
『ん………?変わった………こと。
うん………。
貴方こそ。疲れてらっしゃるわ?もう少しゆっくりなされば良かったのに。予定では明日おかえりでは?』
「………」
(あら。ご機嫌ななめかしら?)
リアはさっき火を消してしまった鍋を振り返る。
すっかり食堂には誰もいなくなっていた。
『お食事は?』
「済ませなかったんだ。
残り物はあるか?」
『ありますよ。温めますね?』
「………いや。自分でする。君は座っていろ。
今一息つく所だったろ。ミルクが冷める。飲んでろ」
『は〜い』
(ッ…………なんか。夫婦みたい)
ルードリヒは相変わらず無愛想で無口で憮然としている。それらは彼と初めて会った時と変わらない。
変わらないはずなのだけど。
(このヒト。優しいのよね)
今もそうだ。
リアが片付けを済ませ自分のためのホットミルクを台に置いた瞬間に彼は食堂に来た。
まだ座る前だったし彼のために何か用意するのなど雑作もないのに。
(このヒト。『リアを働かせないこと』みたいな命令を受けているのかしら)
いや違う。
これらのことはシンシアにもしているだろう。
ルードリヒが言っていた。
「家事炊事くらい己で出来ないと」と。
リアはそれらが珍しいと思った。
妖精族は良くも悪くも『女は家庭を守るもの』と教えられる。
リアの覚えている拙い知識ではそうであった。
家事炊事は女の仕事だった。
特に貴族はその傾向がある。
妖精族の役人など女は皆無だ。
女はお淑やかに子供を産み育てるもの。
男を労い癒やし尽くすこと。
竜人族もそうであると思っていた。
なのにルードリヒは侍女ではないリアやシンシアに『給仕』をさせなかった。
騎士や軍人は『男尊女卑』が激しいと思っていた。
男社会だ。
女は引っ込んでいろといった思想が普通だ。
それなのに寧ろ彼は自分の手が空くとリア達の仕事まで多めにやってしまう。
リアとシンシアですらお互いに給仕をするというのに。
シンシアは伯爵令嬢だとしてもリアは身寄りがないのだからそこまで過敏になることはないのにだ。
「戦地では己のことをするのが当たり前だったからな。
それに女の方がきめ細やかに日頃気を使う。
男のいない所で疲れているだろう。
自分のために身を粉にして働く女を見たくない。
女は男を支えるものではない。
妻だからと身を尽くす『献身が過ぎる』ことは。
夫も一族もいずれ蝕むんだ。
なんせ妻の犠牲のもとの『幸せ』など。儚いものなのだから」
(だからって。同僚の女も顎で使わないあたり。
そこらの乙女なら『わたし特別?大事にされてる?』と自惚れちゃうよね。
確かに。
でもありがたいかも。私も今日は疲れちゃったもん………)
リアはドラキュール伯爵令嬢ハクアのフローリア讃歌に疲れ果てたのだ。
ただエーデル公爵も言っていた。
〝「位の高い貴族は確かに。女は『蝶よ花よ』で働かせてはならぬ。みたいな思想もある。悪く取ると「女は出しゃばるな」なんだけど。
男はか弱い女を守るべき。と。騎士道精神からなるんだけどさ?
平民はむしろ『女の尻に敷かれとけ』みたいな所ある。
竜人族の女は勝ち気なのが多いからね?カカア天下なんだ。
まあ………。今や貴族も『男も顔負けな豪胆と文武両道』を嫁の基準にしている。
………………………5年前くらいからかな。
美しいだけでは駄目だと。知も度胸も必要と。
今の令嬢は大変なんだよ?『誰かの』影響でね」〟
その『誰か』はその時はわからなかった。
今はわかる。それは『フローリア』だ。
なんせ彼女が嫁いだからサンサン地方は豊かになったのだから。
彼女は死してなお『理想の貴族の嫁』としてお伽噺のように語られている。
死んでいないのに。
なんとも滑稽である。
リアはホットミルクを飲みながらチラリとルードリヒを見る。
相変わらず彼のオーラは愚直なまでに澄んだ紅と黒が混ざったようである。
なんでも彼の具現化した〝竜〟は紅いらしい。
見たことはないけど竜人族が扱う〝竜〟は美しいらしいのだ。
竜人族はかつて『竜』だったらしい。
その名残で彼等は自身の魔力を具現化した〝竜〟を出すのだ。
(確か。
竜人軍入隊の条件は〝羽〟と〝爪〟の具現化だったかしら。
ルードリヒ様は『完全体』を具現化するらしいわね。
見てみたいわ………。敵わないのはわかっているけど)
これらは本人から聞いたことではない。
リアと町娘のキャサリンが遭遇した『土砂崩れ』の捜索の最中。街の人が見たらしいのだ。
荒々しくも美しい紅い〝竜〟を。
ルードリヒは平民の身でありながら『騎士』の位を賜ったらしい。
(平民で『完全体』の〝竜〟持ち。彼エリートなんだわ)
そんな彼が何故こんな孤児院に配属されたのだろうか。
ルードリヒが温め直した芋のポタージュにパンを添えて卓についた。彼はそこに干し肉を乗せている。
干し肉独特の匂いがした。
シンシアとスバルはその匂いが苦手らしい。
(不思議。私は美味しそうに薫るんだけどな?)
「今日もこの肉の調理は君が?」
そんな事を考えていたらルードリヒが呟くように話す。
意図して彼の食卓にお邪魔する気はなかったのだけど、彼がリアの隣に座るのに席を立つのもなんか感じが悪いものである。
リアはきもちいつもよりもチビチビホットミルクを飲みながら応えた。
『はい。他の二人は『匂い』が辛いみたいだから。
妖精族って難儀ね?
私くらいだもの。肉の味も匂いも大丈夫なの』
「………………美味しい。
だが竜人族の食事を作るのは辛くないか?」
『意外と大丈夫です。寧ろ『肉食ではない』妖精族にしては私『肉食』ですの。お気遣いは無用ですわ?』
「そうか………。君が作る料理はどれも美味しいな」
『うふふッ…………。材料も良くなりましたもの。
『出資者様』のお陰で食卓が豊かになりましたわ?
貴方様の主君には感謝しないと』
ルードリヒが一瞬動揺した。
そんな空気を感じた。
(あ。隠しているつもりだったかな。
でも便りには『コルド地方の発展に尽力する』って記されていたから。ルドルフ様が孤児院の出資者なのまるわかりよね?
………………………大胆なのか。奥ゆかしいシャイなおヒトなのか。わからないヒトだわ。ルドルフ様は)
『ねえ………。ルードリヒ様。
貴女様は『フローリア』をご存知なの?』
ルードリヒの皿が鳴る音がした。
コルド地方の特産の『クリスタル食器』で出来た皿とスプーンが鳴ったのだろう。
さっきの動揺よりも如実だった。
彼は何やら葛藤しているようであった。
いつも愚直にぺらぺら話さない彼には酷な話だったか。
リアは『話さなくてもいいよ』と言おうとした。
でも聞こえたのは彼らしい静かな低い声だった。
「俺が知っているのは。
『ドラキュール伯爵夫人』としてのフローリア様です。
それも。
ルドルフ様と一緒にいらした『刹那の時間』のフローリア様。俺はあの方の何一つ知らないんだ。
知っていることはただルドルフ様を愛していたこと。
そんなことしか知らない。
肉親や友達、5年暮らしたドラキュール一族の者達よりも知らないんだ。
大した時間過ごすこともなく。あの方は生死不明となりました」
『そう………なの』
リアはなんだか拍子抜けした。
いつもフローリアを知るものは彼女を『賛美』する。
それこそ『崇めるように』『慈しむように』。
あれらがリアには苦痛であった。
だって。
彼等は言外に『期待』し『落胆』するから。
彼等はフローリアを語れば語るほどリアが『思い出す』ことを望んでいたから。
フローリアの『再来』を望んでいた。
ルードリヒにはそれらが感じられないのだ。
だから。
相当の手練れで『感情を殺す術』を身に付けていると思っていた。
ルドルフ様が送った騎士だ。
フローリアに並々ならぬ忠誠心があるのだろうと思っていた。
『そっか………。
ならルードリヒ様は本当に職務に忠実なんですね?
普通は気まずくないです?
主の『元妻』を守れなんて………』
「そうだな。
俺も当初。ここには来ないつもりだった。
貴女を守るべき適任者は他にもいたんだ」
『え………?なら?』
「そうだな。君は『向こう見ず』な障害者なのに。
『身を挺して』子供を救おうと愚かな優しさで死に急ぐさまを見てしまったら。
帰るに帰れなくなった。
それに。
可愛らしい便りも貰った。
これは直接また会いたいと思わせる便りだった」
『え?』
「『拝啓。名も言わぬ黒馬の騎士様
先日は命を助けて下さったのにお礼も謝罪もできませんでした。
わたくしの今の命があるのは貴方様のお陰です。
深く感謝いたします。
匿名の支援者を主君にお持ちの貴方様には酷ではありますが是非ともお名前を教えてください。
命の恩人の名も知らず天の星に貴方様の無事を祈れない哀れな女に慈悲をくださいませんか?
貴方様のご忠告通り。我が身も大切にすると誓います。
親愛を込めて。
孤児院のじゃじゃ馬。リア』
まるで恋文のようだった」
『ひゃッ…………』
「くッ…………ふふッ…………」
リアは顔を隠し食卓に突っ伏した。
ルードリヒが笑っている。
心底愉快そうだ。
恥ずかしさで穴を掘って入りたくなった。
改めて自身の手紙の内容を聞かされることなどなかなかない。
院長が抱いた印象どおりのことをルードリヒも受けたらしい。
恥ずかしさで死にそうなど初めてのことだ。
リアの口が戦慄く。
『あ………あの』
「君は俺に『親愛』を抱いてくれている。
それに喜び勇んで来てみたら。
せっかく再会した君を病人扱いしたから嫌われたな。
あんなに『男性恐怖症』が酷いと思わなかったんだ。
愕然とした。
何故それなのに働くのだろうと憤ったんだ。
君にとって最悪の人選だったろうな」
ルードリヒの自嘲するような乾いた笑い声がした。
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