第3話 自殺なのですか?

 リアは唖然とした。


『ッ…………自殺なのですか?』


「その崖はサンサン地方で一番の危険地帯。

サンサン地方への視察の名目で訪れた皇太子や王妃。数々の側近や大臣の前で彼女は魔獣に襲われ海に落ちた。


おかしいのは。

その時彼女以外のものは無傷だったんだ。

皇太子など『僕が花嫁にと望んだから彼女は自殺したんだ』と毎夜うなされているらしい。 

それからなんだよ。

竜人国の異常気象や飢饉、疫病があるたびに『非業の死を遂げた妖精女王の呪い』だって囁かれるようになった。


僕も………。

彼女は自殺したんじゃないかと思っている」


エ―デル公爵が淡々と話している彼女。

それがリアだという。


『そんなに………。

わたくしは彼女に似ていますか』


「瞳は美しい虹色だ。それも同じ。なかなかない色だ。

髪色以外は。彼女は金褐色だった」


『えッ…………?なら別人では?』


「そう………思ったんだよね?僕も最初は。

ただな………。

先日君が『治癒魔術』をこっそり馬蹄にかけているのを見かけてしまったんだ」


『治癒………魔術?』


リアはキョトンとする。

まったく身に覚えがなかったからだ。


「馬が暴れて踏み抜かれた年寄りの馬蹄の脚を祈りながら撫でていたろう?」


『あぁ………。やだ。『おまじない』をしただけですわ?』


「その『おまじない』で。

年寄りの砕けた骨と健も治癒して完治させるなどあり得ない」


『へ?』


エ―デル公爵は外でその馬蹄がスキップしているのを目撃したらしい。

それで確信したと。

リアがフローリアだと。


『えッ…………と?

妖精族は魔術が得意ですよね?

治癒魔術くらいだれでもできるのでは?』


「確かにいたさ。『自身を治癒』する奴等は。

『他者を治癒する』のは未だかつて聞いたことがない」


『まさか?

そのフローリアも治癒魔術をお持ちでした?』


「そうだ。そのおかげで僕は今君を抱き上げ歩行することが出来ている」


エ―デル公爵はリアの手を両手で包み込み啄んだ。

その様を侍従や執事頭も見ているのだろう。

テラスの影から生暖かい気配を感じる。

エ―デル公爵がリアを運ぶたびに『君のための足腰だ』と言うのはそのせいだったらしい。

記憶の無い時の行いで恩を感じられてもリアは素直に歓べなかった。


『でしたら。

わたくしを妖精国のキンレンカ男爵家に帰してくださるのは?

貴方様がそこまで『ドラキュ―ル伯爵家夫人フローリア』だと。

わたくしの身分に確固たる確信があるのでしたら。

それが一番得策………』


「君はキンレンカ男爵家で『冷遇』されていた疑惑がある」


『まあ………?』


エ―デル公爵は独自の警備局同士の妖精国とのつながりで調べたらしいのだ。


「君も聞いただろう?

貴族の令嬢なのに『絵姿』一つ無いと。

キンレンカ男爵令嬢フローリアの絵姿はアカデミー時代の学生間の肖像画しかないんだ。

普通は入学時と卒業時。

しかもフローリアは『首席卒業』。

首席は国王自ら証書や勲章を賜る『マスター』と呼ばれる栄誉だ。

普通の貴族の家ならその時に誉れ高いと『絵姿』くらい描くはずなんだ」


『………それは?』


「君はキンレンカ男爵の正妻の子ではない。

『妾腹』の娘なんだ」


『なるほど………』


リアは紅茶を飲みながら思案した。

妾腹。

正室の子ではないというだけで冷遇の理由は十分だった。

貴族社会は『家』が重んじられるのだ。

妖精族は竜人族よりは恋愛間に奔放さが伺えた。

貴族の夫人でも社交界に恋人を連れ立つのはザラであるらしい。

妖精族は『モテること』が力があるらしい。

でもそれと子供は別である。

『避妊魔術』があるのに『妾』が子を成す。

平民は皆で子供を産み育てようと寛容らしいのだけど、貴族は違うのだ。

やはり『血統』は重要なのだ。


「フローリアは。

生家で愛を貰えず。婚家に『依存』していたきらいがあるのね?

悲しいわ………。愛のためにそこまでの能力も美貌もあるのに。男に翻弄された人生だったの?

彼女なら結婚しないでも『女男爵』か『大商人』『大臣』も可能だったのでは?

確かに。

父もいない男爵家はフローリアの死後お取り潰しでしょうね?

肉親がいないなら保護もしてもらえないのね?』


「キンレンカ男爵家は今ドラキュ―ルが管理している」


『まあ?ドラキュ―ルなしでは生家にも立ち寄れないのね?』


「ドラキュ―ルの者が都合の良いように口裏を合わす可能性もある」


なるほど。

リアをフローリアと仮定しても、すぐ妖精国に送り届けない理由はそれか。


『ねえ。フローリアは大変な資産持ち?

妻の財産は死んだら全て夫に行くはずだから。

もしかしたら私にしか動かせない隠れ資産か財宝があるのかしら?

それが魂胆だったりするのかしら?』


「資産かあ………。ありそうではあるけど。

ルドルフは『金』のために君を帰して欲しいわけではないと思う」


『なら………?』


「優秀で有益な尽くしてくれる妻をみすみす逃すか?

男の憧れだ。

能力もあり自分を幼少期から一途に愛してくれた幼妻だ。

ルドルフにとって君はそこらの『王女』より価値があるんだよ。

現に彼は妖精族の王女の縁談は蹴っている」


『それは………』


なるほど。リアは納得した。

ルドルフは従順な妻を愛したらしい。

王家の姫なら我が儘で気位が高いのだろう。

高貴より身を弁えたお淑やかな令嬢を選んだのだろう。


『彼女はお淑やかでした?』


「それはもうッ…………。そこらの王女が裸足で逃げ出すほどだ。

竜人族の皇太子も見初めたほどだ。

高貴で品があり、華美で男をたてるヒトだった」


『それは………。確かに。それを求められたら牢獄かも』


リアがため息を付くとまたエ―デル公爵はリアの手を握った。

もう日常茶飯事で振り払うのも面倒になってきた。


「僕のお嫁さんにもなりたくない。

早く自立して「旅をしたい」と思っている君とは全然違うだろ?

普通ね。公爵からのプロポーズは断らないんだよ?


僕に愛されたら職業婦人にも、娼婦にもならなくてもいい。

君は規格外で自由人だろ?

愛がないのに不自由な縛られた生活は嫌なんだろ?

まさか。

僕は嫌なのに彼は良いとか言う?」


『男に一生囲われるくらいなら『修道院』に保護してもらいます』


彼が啄みだした指先を引っ込めながらリアはため息をついた。


『公爵様も『フローリア』を愛したのね?

だからわたくしをお望みなの。

そんなに………その方は素晴らしい方なのね』


「僕は今の『何人でない自由な』リアがいい。

前のフローリアはルドルフしか見ていなかった。

今の君なら誰にも何にも染まっていない。まっさらだ」


『そんなにフローリアを崇めるように語っておいて。

説得力ないですわ?


でも同感。

そんな『慎み深い妻に戻ってくれ』と言われたら堪らないわ。お断り。

わたくし『じゃじゃ馬』なの』



リアはため息をついた。



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