第2話 彼の妻は『傾国の姫』のようなヒト

 『公爵様。説明をお願いしても?』


「リア。まずは君の検診が先だよ。

少しパニック起こしていたよ?冷静な君があんなにイラつくなんて。

やっぱりルドルフは凄いなあ………」


 エ―デル公爵は笑いながらリアをベットに降ろした。

リアは公爵家の客室に囲われている。

保護されているとはいえ視力の悪いリアは広すぎる屋敷の中を勝手に彷徨ったことはなかった。

夜中少し庭園に散歩に行くくらいである。

この公爵かお付の侍女を呼ばないとリアは生活もままならなかった。

別に鍵をかけられている訳では無いが実質の籠の鳥であった。


 エ―デル公爵は屈強な竜人族である。

公爵と言えば王族に次ぐ高貴な血統をお持ちの方だ。

リアにはしっかりと視認できないのだけど、赤い長い艷やかな髪を一つにまとめた美丈夫らしい。

煌めく赤い瞳はお茶目な笑みを彩り、人誑しな印象を抱かせるのに立派な領主様だと屋敷の使用人の評判高い方だ。

元戦地で数々の武勲を量産していたらしい。

それらが信じられないほど今の公爵は良く笑いおちゃらかな楽しいヒトであった。


そんな公爵はリアの命の恩人であった。

海岸で倒れて瀕死の重傷だったリアを公爵家で保護してくれただけでなく、外傷が癒えても公爵家で静養させてくれたのだ。


本来ならリアのような『異種族』の妖精族。『記憶なし』の身元がわからないものは修道院に保護されるらしいのだ。

それを公爵はリアをそれこそ『蝶よ花よ』と労り愛でた。


最初こそ『幼子を保護』したような過保護ぶりと甲斐甲斐しさであったけど、それらが変わったのを感じるのはリアだけではないようだ。この屋敷の使用人も生温かく公爵とリアを見守るのだ。


リアはこの状況をどうしたものかと思い悩んでいた。

公爵への恩をいち早く返してこの屋敷を立ち去り自立したかったのになかなか叶わないでいたのだ。


そんな中の『身内を見つけた』との知らせ。

リアは内心心底安心したのだ。

日に日に甘くなる公爵の視線や言葉や啄みから解放され身内がお礼をしてくれれば。

リアの罪悪感はいくらか薄れただろう。

そんな期待は打ち砕かれてしまったのだ。


まさか。

記憶もないのに『既婚者』だと知って冷静でいられるだろうか?

リアは無理だった。



侍医の診察も終わり「問題なし」とお墨付きを貰ったリアは公爵と午後のお茶を楽しんでいた。

なにやら公爵は機嫌が良さそうである。

まるで悪巧みが成功した子どものような気配だ。


『公爵様はルドルフ様とお知り合いですか。

記憶のあった頃のわたくしとも?


なんだか………。わたくしがあの方を拒否したのが楽しそうですわ?』


「うん。竜人国学園の同窓。

彼は戦地の上官だった。

夫人とは社交界で会ったんだ。その時に彼女には恩がある」



リアはますますわからない。

同窓で元上官ならルドルフの公爵に対する態度も頷ける。

公爵はかつての部下なのだ。

さながら昔からの馴染に裏切られた心地がしたのだろう。

最愛の妻を取り上げられた獣のような視線を思い出して身震いした。


『なるほど。わたくしはあの方の『生死不明』の奥方様の代わりを宛行われたと?

そうすれば公爵様への御恩を返せますか?

あら?

それなら拒否してしまったのは得策ではなかったわ?

なんで受け入れろと説明してくださらなかったの?』


「え?違うけど」


『違いますの………?」


確かに同窓時代の友人の奥方様に似ているリアをたまたま保護したから喜び勇んで会わせたい割には、不親切極まりない態度だった。


『え。なら………なんであんな情報も一切介さず騙し討のように会わせましたの?

ルドルフ様。ドラキュ―ル伯爵の皆様は大変困惑され傷ついているようでしたわ?』


「うん。記憶が戻ればいいなとは思ったよ。

前情報なしで『ありのまま』の彼等との再会を演出した。


直前に『夫と婚家の方々』だと知らせたら先入観が働くだろ?

ヒトの良い君は僕が言えば無条件で信じた可能性があった。

そんな邪心で君を『牢獄』へ返したくなかったんだ」


『牢獄………?』



「君等の『結婚』は政略結婚にしても異質だったんだ。

君の多大な『自己犠牲の愛』に裏打ちされた婚姻だった。

その『呪縛』を君に自覚してほしかった。

さっき君が言った通りなんだよ。

彼等の結婚は『あり得ない』ことだらけだ。

まるで君だけが愛のために『搾取』され続けた生活だった」



 公爵はいまや竜人族の国中で伝説になりつつある『サンサン地方の妖精女王』の話をきかせてくれた。

その妖精女王がリアだというのだから驚きだ。


彼女は幼き頃竜人族の武人に恋をした。

その武人との政略結婚でサンサン地方に輿入れをしたらしい。

彼女は妖精族『軍神』と謳われたキンレンカ男爵の唯一人の令嬢だったため、同じく『竜人族の最強の男』と言われた武人ルドルフ・ドラキュ―ルとの婚姻は滞り無く進んだ。


「サンサン地方はね。

昔はただ稲作でなんとか税を納めるだけの何の変哲もない土地だったんだ」


彼女は輿入れするも婚礼の儀式もなく寂しい領地に取り残された。

それはまるで『妖精国へ帰れ』と言わんばかりの歓迎だったらしい。

ただ彼女はルドルフへの愛ゆえに健気に五年も戦地に行った夫の代わりに領地を立て直した。

杜撰な領地管理を正し新たな産業も産み出した。



「ルドルフの父が領地を任されていたんだけどね?

妻を亡くしてから酒浸りで身内も使用人も蔑ろにしてきた。

その荒れた当主代理を矯正して建て直したんだ。

とんでもない女傑なんだよ。彼女は」


その間ルドルフとは手紙のやり取りをしていたらしい。

内容は至って普通の『お互いの安否と業務連絡』。



「ルドルフは彼女を『離縁』しようとしていたらしい。

王命の無理矢理の『結婚』だった。

彼は不本意だったんだ。

白い結婚のまま当初実家に返そうとしていた。

でも帰還したら彼は気が変わったんだ」


エ―デル公爵はそっとリアの手を握った。

その様子を侍女達が色めき立って見守っている。


「多大な貢献と女傑ぶりを遺憾なく発揮した彼女は王室の皇太子まで欲しがるほどの美貌とカリスマを誇った女傑だった。

そんな女をむざむざ手放すか?


彼は彼女の初恋を利用して「囲った」んだ」



リアは公爵の表情が強張っているのだろうなと思った。

良くは見えないけど声色と気配でなんとなくわかるくらいにはそばで過ごしていた。


「挙句の果て彼は『手放したくない』一心で戦地に連れて行こうと画策していた。

優秀な彼女を『隊長補佐』としてさらなる献身を望んだんだ。


それを国王と皇太子は反対なさった。

それはそうだろう?婦人を戦地になど正気じゃない。


領地に置いていったら『他の男に拐われる』。

それくらいなら一緒に戦地で散ってしまいたい。

そんな狂気的な愛をルドルフは彼女に抱いていた」


リアはぶるりと震えた。

まるで彼女は『もの』のようである。


「すると彼女の有益さに気付いた王宮の大臣が彼女と皇太子を引き合わせだした。

ルドルフを見限り『皇太子妃』にならないか。と。

戦地ばかりのいつ死ぬかわからない夫より王都で着飾り穏やかに暮らせる。と」


まるで彼女は『傾国の姫』のようなヒトだ。

伯爵家の奥方を皇太子がのぞむ。

それは正しく魔性の女だったのだろう。


『まさか………?彼女は皇太子と密通を?』


「いや。むしろ無下にして大臣の怒りを買ったらしい。

その大臣は前国王妃の父親だった。


それを彼女はドラキュ―ルのものに迷惑をかけないように単身で捌いていた。

あのか弱い身体に多大なストレスを抱えていた」


『何故………?貴方様はそこまでご存知なの?』


「彼女が………………。少し気弱になったんだ。

ドラキュ―ルと王家に挟まれ少し疲れたと。

何もかも捨てて自由になりたい。と。


ドラキュ―ルに輿入れしたのが間違えだったのか。と。

ドラキュ―ルとルドルフを愛するがあまりに寄せ付けたくない男までも狂わせている己を呪っていた。


その後だ。

サンサン地方の崖で彼女が身を投げたのは」


エ―デル公爵は呻くように呟いた。


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