第15話 嵐の夜

 リアは扉の隙間から聞き耳を立てる。

院長と街のヒト達が話し合っているらしい。

途切れとぎれに「嵐が」とか「山も海も唸るような音がする」「なんでこんな時に」と聞こえる。

その中でも一際声が大きい男のヒトの声がした。

聞いたことがある声だ。

確か街一番の米問屋の商家の主人の声だ。

啜り泣く女のヒトの声もする。たぶん細君だろう。



「うちのキャサリンが帰らんのです。

こちらに昼過ぎ来たはずですッ…………。その後見たものが誰もいないッ…………。

瞳が赤い髪が金褐色の美しい娘です」


それは悲痛な叫び声だった。



「それはそれは………心配だわ?

あら………?キャサリン嬢は昔は髪色は褐色ではありませんでした?美しい赤毛。髪色が変わったなんて気づきませんでした」


「昨日染めたのですッ…………。王都の流行りだからと。

皆をビックリさせると防止を被り出掛けました。

今日はよそ行きのピンクのワンピースを着ていました。

『奉仕』にそぐわないと叱ったのに出かけてしまって。


あぁッ…………。あの子の友達が言うにここの仕事をサボり、諌められて飛びだして以降、見ていないとッ…………。

そのことでこちらに謝罪する準備をして帰りを待っていたのですが。

あの子はプライドが高い。帰るに帰れなくなってしまったのではと」


院長があら………。と呟いている。

リアは内心呆れてしまった。

家に帰れない理由がお転婆のマオが叱られて裏山の小屋に籠もった時のそれであったから。

でも妙齢の娘が深夜まで帰らないのは確かに心配である。


「おかしいですね………?

午後はずっと門の付近にいましたの。

大勢のお嬢さん方と一緒に帰られたはずですわ………?」


「人攫いの可能性も?公爵様にも相談に………」


「今夜は嵐だ。

見かけた方がいたら知らせて下さいッ…………」


院長が唸りながら指示を出している。


「ルードリヒさん、スバルさん。男手が必要でしょう。

捜索隊と合流してくださいますか?」


「「はい」」


扉を開けて勢いよく出てきた黒いものにリアはぶつかりそうになる。よろけたけど転びはしなかった。

そのヒトに支えられたからだ。


「ッ…………リア嬢。なぜここに?」


『わッ…………ご機嫌よう………ルードリヒ様』


リアがもごもごしているうちに扉から次々と街の男衆が飛び出してきた。

スバルもそれに続く。

ルードリヒの視線が痛い。


「騒ぎを聞きつけるのがお上手だ」


『夢見が………悪くて』


昼間彼に当たり散らした手前彼の視線が痛い。


「部屋まで送ります」


『ッ…………わたくしも捜索にッ…………。いえ。何でもありませんわ』


彼に申し出を言いかけてリアは口を噛み締めた。

障害者のリアが何が出来るだろうか。そこまで愚かに向こう見ずになれなかった。


ルードリヒと廊下を歩きながら彼の空気が暗いことに気がついた。


『ルードリヒ様?』


そっと隣の彼の腕を思わず擦った。

ルードリヒがハッ……とした後呻いた。

少し腕が震えていた。


「ッ…………俺のせいだ。あんなに厳しく諌めなければ」


彼は後悔しているらしい。

寧ろ手間をかける小娘に憤慨しているかと思っていたリアは思わず笑ってしまった。彼の腕を優しくポンポンと叩く。


『子供ではないのだから。こうなるなんて誰も思わないわよ。

確かに貴方はデリカシーのない物言いなのはしかたないけど。

彼女も………。貴方みたいに無骨なヒトに「優しく」して欲しいなんて愚かにも思ったのがいけないのよ』


「ッ…………」


(あ。慰めになってない)


少しキャサリンが哀れに思ってしまった。

それにリアも彼女が羨ましかった。

素直に屈託なく殿方に愛嬌を振りまける彼女。

リアにはないものだ。

ルードリヒが諌めずに受け入れていたとしたら違う意味でリアは心が軋んだろう。

自身の内面の醜さを目の当たりにした気がした。

ルードリヒが諌めたと聞いて少し気が晴れてしまったリアも彼と同罪である。


「ッ…………必ず見つけ出す」


『大丈夫。見つかりますわよ。

私達は温かいス―プを作ってお待ちしています。

この雨の中だもの。ルードリヒ様もお気をつけて………』


部屋の前に来ると騒ぎに起きたらしいシンシアと合流した。


『シンシア先生?彼女が走り去る方向は見かけませんでしたか?何分わたくしは『見る』ことは不得手ですから』


シンシア先生も見ていないという。

そういえばとルードリヒが呟く。


「孤児院の門とは違う方向に駆けていったと思う。

炊事場のほうに行ったかと思っていたのですが。

二人が会っていないということは違うのですね?」


『炊事場の方向………?』


リアは青ざめルードリヒの静止も聞かず駆け出していた。


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「薪の保管庫か?」


『炊事場の少し丘を登った先にあるんです。老朽化した子供には危険な小屋なんです。

今回の改築で取り壊し予定で。今は誰も寄り付かないんです』


雨のなかリアはルードリヒに抱えられている。

新参のシンシアもルードリヒも場所を知らない小屋なのだ。

リアが駆け出そうとしたらルードリヒがリアを抱えあげ走り出した。

ルードリヒが建物や木の特徴を言いリアが方向を示す。



『ッ…………立入禁止にしたの!危険だし。マオがよく隠れるの』


「まさか………本当に子供じゃあるまいし………」


ルードリヒが言葉を失っている。


すると小屋に続く小道の道中薪が散らばっていたらしい。

雨で痕跡が消えているが誰かが薪を運ぼうとした形跡があると。


『キャサリンさん。もしかしたら新しい薪を運ぼうとしてくれたのかしら?なら………?やっぱりッ…………』


二人は急いで古い小屋に急いだ。

扉を開ける前からリアは身体を弛緩させる。

中から泣き声が聞こえたからだ。


「ッ…………リア先生。

あッ…………ルードリヒ様ッ…………」


キャサリンが決して清潔とは言えない小屋の片隅に座り込んでいた。

リアが彼女を撫でると抱きつかれてしまった。

頬にキャサリンの涙が散る。

ルードリヒが小声で彼女の身体の様子を教えてくれた。

足首が腫れて手の平をナタで切ってしまっているらしい。

ナタで怪我してるのに無理して薪を運ぼうとして今度は脚も痛めたのだろう。

キャサリンにとって散々な一日だったらしい。

せっかくの綺麗なワンピースを切り裂いてなんとか止血した様子だと。

当初考えていた『幼稚』な理由でなくてリアは心底安心した。

ルードリヒが跪いたのか唸るような低い声が間近にした。


「キャサリン嬢すまない。厳しく言い過ぎた。

挽回しようとしたのか………?無理をしてしまったんだな?」


「ッ…………いえ。わたくしが悪いのです。

恥ずかしくて。

リア先生にお伺いをするのも憚れましたの。

だからッ…………。豆を煮るには薪が大量に必要ですもの。

ですから………」


『あぁッ…………キャサリンさん、

貴女はなんて真面目なの?

気になさらないで良かったのに。

こんなことになったのはわたくしの采配がいけなかったのだわ。

最初は水仕事より『お菓子作り』から始めれば良かったのよ。ごめんなさいね?あと。この愚直な男が悪いわ。

いい年して乙女の優しいあしらい方もわからないなんて』


リアはキャサリンを抱きしめながらルードリヒを殴った。

彼は唸りながらも安心したらしい。


ただキャサリンの手の傷が思いの外深く血がまだ滴っていた。即急な『応急処置』が必要であった。

リアがポケットに入れていた焼き菓子を食べさせ体温を回復させてから移動したほうが良いだろう。

そう判断して医学の心得のあるリアが残ることにしたのだ。


「街のものに知らせてくる。安全に戻るにも人手が必要だろう。雨具と毛布を持ってくる」


彼が外に飛び出てから暫くしてからリアは懐から清潔な布と消毒液。包帯や針と糸を出した。


キャサリンが震えている。


「ぬ………縫うの?」


『え?』


リアは笑った。キャサリンの目線はわからないけど手の平の深い傷をリアが『縫う』と思ったらしい。


『痛くしないから任せてくれるかな?』


キャサリンが息を呑み返事をし硬直したのを確認して、リアは彼女の手の平と足首を撫でながら目を瞑った。


 

体内の魔力を練りながら彼女に流し込むように編み込んでいく。


〝痛みが取れますように。治りますように〟と祈りながら。


彼女の傷の部分が淡く淡く光り溶けて消えた。

そっとリアが皮膚を触る。凹凸も血も止まり腫れの熱さも消えている。リアには傷は綺麗になくなっていたように思えた。


「え………?」


キャサリンの驚きの声がした。

リアは上手くいった高揚感で頬が熱くなってそっと息を吐く。達成感で心臓が高鳴った。


(意識して「治癒魔術」行使したの初めてかもしれないわ………。自分の魔力を練って………編み込む。なんだか編み物している気分だったわ)



『どうかな?跡が残らないように頑張ったんだけど。

『見えなくて』。痛い………かな?』


リアが頬をかきながら小首を傾げると途端キャサリンはリアに抱きついた。あまりに突然だから二人で床に寝転んでしまうほどだった。



「ッ…………『虹の癒やしの女神様』だわッ…………。

本当にいたんだ!!だから大工のリッキーが『この孤児院には女神様がいるから大事にしないと』って言ってたんだわ。

あの子ヒドイ怪我したのに一日で治ったなんて大ぼら吹いていて皆に笑われて………。大工の親父さんに怒られてた………。

『誰にも言うな』って………。

『嘘』じゃなくて『秘密』ってことだったんだわ。

勝手に大工も商人も貴女が『美人』だからチヤホヤしていると勘違いしてた。

あぁッ…………。女神様………。ありがとうございます」


『キャサリン?え………と?』


 キャサリンはすっかり今までの態度が豹変して話しだした。

竜人族には昔から語り継がれ絵本や童話にもなる『女神様』の話がある。と。

リアはその話を片手間に聞きながら素早くキャサリンの裾を繕っていく。

その素早さも褒め称えながら彼女は興奮しているのか早口に語りだした。


「〝虹の女神 『アガペ―』。

竜人族を救うと言われる虹の羽のお姫様。


癒やしの力を持ち。木々や草花を潤し。魔を滅するもの。


四色の精霊に好かれていて彼女の歌と舞は神がお喜びになる〟って描かれているの。


彼女は貴女みたいな綺麗な虹色の瞳と金褐色の髪を………。

あら?リア先生は髪は黒いのね?」


リアは苦笑いした。


『うん。そんな大層な女神様ならどこかのお姫様してるわよ?私はせいぜい下位互換じゃないか'しら?羽もないし?』


リアが怪我の影響なのか羽も出せないことを彼女は知らなかった。

視力も悪く羽もない。二重苦の障害者なのを初めて知ったらしい。

「本当に働きものなのね………」と絶句する彼女に『貧乏暇なしよ』と言うと笑われた。


「それでも充分貴女はわたくしの『命の恩人』よ。

このまま一晩ここにいたら怪我の出血と凍傷で死んでいたかも」


『大袈裟よ。お父様とお母様が心配していたわ?すぐ皆が駆けつけるから』


キャサリンはまたむせび泣き出した。

傷が痛むのかと聞いたらそうではないらしい。


「リアお姉様とお呼びしても?街の友達はわたくしのこと真剣に探してくれなかったもの。帰りも一緒に帰ろうと約束したのに。

ッ…………リアお姉様だけだよ。お友達になって………」


リアはなんだか笑ってしまった。

キャサリンは以前はリアに『嫉妬』の視線を送っていたのだから。

今ではすっかり視線の熱が変わってしまった。

『親愛』の視線である。


『え………?私はお友達は光栄なのだけど。

仲良くなったら容赦なく叱るし『働かせる』わよ?お客様じゃなくなるんだけどいいの………?

それに。街のお友達も心配していたわ。

あの子達が証言してくれなかったらここにたどり着けなかったかも。ね?貴女は愛されているわ?

サボりだけ直せばいいのよ?後で皆に謝りましょうね?』


「はいッ…………頑張ります!」


 キャサリンはすっかりリアに懐いてしまった。

年を聞いたらまだ16歳だという。

まだまだ『少女』だと知り驚いた。竜人族の女の子は体格が良く発育が良いから皆が大人びている。更にいつも化粧をしているとシンシアも言っていたからもっと大人なのだと思っていたのだ。


これではルードリヒが悪い。

年長者の騎士の代表として『手本』とは言えない。


キャサリンもすっかり懲りたらしい。

リアは昼間にお友達に話して聞かせた『商人の娘としての振る舞い』について説いた。

新しい薪を用意しようとしていたキャサリンだから素直に悔いていた。


彼女もル―ドリヒは諦めるという。

助けに来てくれた優しさはますます素敵だけれど、もう少し優しい物言いの青年をおむこに探すという。

ルードリヒは本人の知らぬ間に乙女に見限られていた。



(それにしても………。何なのかしらこの匂い)


リアはさっきから香る何とも言えない匂いに気がついた。

キャサリンには薫らないという。

夢でかいだ匂いだ。

土の中の「何か」の匂いだ。


(土臭い………?ものの焼けるにおい?

違うわ酸っぱいにおい………?木の………)


『ッ……キャサリン!早く逃げてッ…………』


「え?」


キャサリンの素っ頓狂な返事と木材の潰される音が重なった。


リアはキャサリンを抱きしめた。

ものすごい地響きと共に二人に黒い土砂が伸し掛かったのだ。


(土砂崩れッ…………。

早くここを立ち去るべきだった………。

ルードリヒ様ッ…………)


リアはキャサリンを抱えながら意識を失った。

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