第10話 あんな他人の空似はありえない

 「リア先生。この方達を案内してくださる?」


『はい。皆様こちらですわ』


院長が頬を赤らめハキハキと職人や商人と話し合いをしている。彼女もこんなにヒトでごった返した孤児院の風景が信じられないらしい。

リアも実感がない。

急に劇的に変わりすぎたのに対応するのに精一杯である。

効率の良い補修箇所や適切な物品の把握はリアがずば抜けていたため、現場の直接的な案内や指揮は一手に任されていた。

院長は最近忘れがちである。

リアが視力が悪いことを。

その障害者扱いしないあたりが院長の美徳である。

少し強かで調子が良いのである。

ここに出入りする職人や大工も忘れがちである。

リアが視力が悪いことを。



それでも日常生活を難なく熟せてしまうはリアの感の鋭さと運動神経の賜物なのだから院長は責められない。

皆が馬車馬のように働いていた。


忙しいが充実した日々であった。




 孤児院は未だかつてない(院長曰く)活気に溢れていた。

先日の『匿名の出資者』の寄付のお陰で孤児院の運営は劇的に楽になった。

孤児院の老朽化、改築などで入れ替わり立ち替わり大工も商人も出入りするようになった。


人員不足も少し光明が見えた。

福祉事業先進国の妖精国から孤児院運営に長けた方がいらしたのだ。

なんでも『匿名の出資者』は妖精国とのパイプがありこの孤児院の現状を嘆き『助っ人』を呼び寄せてくださったのだ。


「シンシア先生〜ご本読んで〜」


「シンシア先生〜」


「うふふッ…………。順番順番」


「リア先生〜マオがまた大工さんに悪戯したの」


『あらッ…………いけないこ』


「リア先生?任せて?施設の内情は貴女しかご案内出来ないもの」


『ッ…………シンシア先生………。助かりますわ?』


『シンシア・ロ―ズマリ―』先生がふんわり微笑んだ。


妖精族らしい白い肌を輝かせた癒やし系のシンシア先生はリアにウィンクしながらなのだろう。子ども達を引き連れていく。

子ども達がよくシンシア先生がリアにウィンクしていると言っていた。

リアも是非ともその魅惑的なウィンクを見てみたいと思った。

若草色の淡い髪色に蒼い瞳の美女であるらしい。

彼女の纏うオ―ラは温かい若草色であった。

彼女の一番の戦力は『飛べること』である。

彼女も大人しそうでなかなかの剛胆であった。あのお転婆なマオも彼女はしっかり捕捉出来るのだ。


なんでも『元旦那がクズの暴力夫だった』らしく護身術も体術も友人に教わったらしいのだ。


(あんなに美しく優しい気が利く奥様を殴る………?

私が男なら蝶よ花よよ?妖精族の男。優男ばかりだと思っていたのに、どこにでもクズはいるのね?)


 リアは半目になりながらもズンズン進む。

シンシア先生とは会った瞬間から意気投合した。

同じ妖精族として好きな甘い果実やお菓子の話。竜人国の果物の少なさへの嘆き。

『精霊の恩恵』をなかなか活かせない竜人国の環境の嘆きなど様々な話をした。

驚くべきことに妖精国と違い竜人国では『精霊の力』が殆ど作用しないらしい。

リアが少しの火や水、風を起こすとシンシア先生は面食らった。

彼女はどれも起こせないらしい。


シンシア先生が来てからリアの孤児院生活は癒やしと潤いが出来た。

リアの『初めて』の友と呼べるかもしれない。

そう伝えると彼女は泣いて喜んでくれた。

そしてリアの視力の悪さや『身寄りのない』ことに同情し涙した。

リアは記憶をなくしてから優しい優しい『同僚』と『友』を得たのだ。


そんな華やかな気持ちを台無しにする視線にげんなりする。

さっきからねちっこい視線が絡みつくのだけど無視をして商人や職人達を持ち場に案内した。



「リア?リア!」


『なんでしょうか?クラ―ク商会会長の御子息クレバーさん』


ねちっこい視線の主『クレバー・クラ―ク』は爽やかな好青年らしい。

橙色の髪を長く垂らし一つにくくっている。

瞳は美しい黒曜石らしい。

本人曰くであるがリアには朧気な『オレンジ』の頭髪の色合いしかわからない。

それと纏うオ―ラが紫色。



「リアッ…………。水臭いよ。

その美しい瞳が焦点があわないほど照れているんだね?

僕のハンサムな姿が眩しいのかな?

ほらッ…………そんな眩しそうに目を細めて………」


『クラ―ク商会会長ワイズさんがあちらでお呼びでしたよ?

ここに何しにいらしているのですか。

働いて下さい。お支払分働いてくだされば何も言いません』


「リアッ…………。そんな。

皆の前だからと恥ずかしがらなくても良いではないか?

君と僕の中だろう?」


『はて。『商人の補佐』と『一介の孤児院教師』のかんけいですが。ほぼ他人ですね?』


「ッ…………ッ…………んッ…………。

君の冷ややかなその翠の瞳が美しいよッ…………。

睨めつけるようだッ…………」


『被虐趣味ですか?気持ち悪い………』


(このねちっこい視線と朧気な紫色のオ―ラでこの方を識別出来てしまうのがなんとも皮肉ね。

大して見えなくてもこの方がいるのはわかるわ)


リアはため息を吐きながら振り返る。

ドスドスした足音が聞こえたからだ。

音からしてクレバーの父親クラ―ク商会会長ワイズだろう。

身体が重いのか足音が特徴的である。

近くにくると鼻がおかしくなりそうな香水の匂いが薫る。

王都の流行りらしい。



『ワイズ会長。御子息は病院にかかったほうがよろしいかと?

視力の悪い私より目が見えず空気も読めないらしいですわ?

これでは世の中の情勢や繊細な嗅覚で商いの未来を見極めるのは絶望的では?

これではクラ―ク商会。お先真っ暗ではなくて?』



「リア嬢………。ご機嫌よう………。

愚息を支える剛胆さが。賢さが必要なんです。クラ―ク商会はこの竜人族と妖精族の貿易を仕切りだして財を出しました。

是非ともッ…………。リア嬢を我が家にお迎えしたいのです」


『そんなに財があるなら。『由緒正しい令嬢』をお迎えすればよろしいのでは?無駄話する暇はありませんわ。

こんな障害者を目にかけなくても宜しいのでは?

失礼します』


「リア嬢ッ…………。貴女様の美貌も知も。

ここを訪れた商人の噂でございます。

「妖精族の没落した貴族の才女」がこんな辺鄙な所で『慈善事業』をしている。

そこらの『形だけの高貴な令嬢』より遥かに魅惑的な方だ。

是非とも息子の嫁にッ…………」


『わたくし『ただのリア』

一介の孤児院教師ですわ?買いかぶりすぎです』



「おいおいリアちゃんは俺の息子の嫁にすんだぞ?

王都から来たにわか商人はひっこんでろ!」

「リアちゃん。こんなやつほっとけ。ほっとけ。

リアちゃん困らせると工事しないでボイコットするぞ?あッ…………?

雇い主様に工期の遅れどう説明するんだい?」

「気立ての良いリアちゃんが嫌がってるだろうがッ……?あ?優しいうちに諦めろ?あ?」


「「ひッ…………」」


 リアはクスクス笑いながら大工のオジサマ達の声がする方角に微笑んだ。

大工のオジサマ達は危険な仕事をしている。

先日も老朽化に耐えられなくなった壁の下敷きになった彼等の若い衆を『治癒魔術』で治してからすっかり態度が軟化し親切になったのだ。


リアのことを竜人族では有名な童話に登場するらしい『慈愛の女神様』だと褒め称え、資材の寄付や労働の無償など申し出てくれるほどだった。

ただ皆が言うのだ。

〝『治癒魔術』は商人と大臣、王族には見せては駄目だと。

利用されるに決まっているから。と〟


そこはリアは同意であった。

リアも『緊急』でないと魔術は見せないようにしていた。

リアも『お人好し』ではない。

損得と好き嫌いで動いている自覚はある。


リアはヒラヒラ手を振りながらその場を後にした。


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 「とうさん………。リアは気位が高いよ。

いくら美人でもさすがの僕も挫けそう………。

視力が悪いなら僕の美貌も役にはたたないし………。

大人しい子が好きだなあ………。

『サンサン地方の妖精族の女王』が商才があったから『妖精族の女』にあやかろうなんて。


だったら大人しいシンシアのほうが簡単そうだよ?」


 バカ息子を一瞥して頭を殴りながらクラ―ク商会会長ワイズは煙草を吹かせた。

孤児院の領地内は禁煙であるのに無作法極まりないのだが、ここで資材などを仕切っているのはクラ―ク商会が最大なのだ。取引の多さも規模も他の弱小とは桁違いだ。

大工連中は地元の竜人族で頭が硬いがそれ以外のものはペコペコ頭を下げながら二人の前を通り過ぎる。

職人も下請け職人も仕事は惜しいのだ。

それらのペコペコする奴らを鼻で笑いながらワイズは神妙な顔をした。


「お前は知らんだろうがな。

俺も遠くからしか見かけたことはなかった。

妖精国と竜人国の両方の商会を運営した『クインビー商会』の会長だった妖精族のフローリア様。

今は亡きサンサン地方の妖精女王。


あの方の商才とオ―ラ。気品はそこらの令嬢には出せんものだった。

男顔負けの豪胆さカリスマをお持ちだった。

あの娘はもしかしたらそのフローリア様の遠縁かもしれんのだ。

あんな他人の空似はありえない。

あの娘は『貴族の落し胤』なこと間違えない。

高貴な妖精族だ。才も美もある。

そして聞けば身寄りがないのだ。

しかも視力が悪い「障害者」。


俺が見る限り一番のお買い得な娘なんだぞ?

あの娘の気持ちひとつなのだ。

少しの毒舌くらい我慢して落とせッ…………。このドラ息子。女を誑し込むだけは一丁前だろうがッ…………」


「わかったよッ…………とうさん」


クレバーは鼻息を粗くして立ち上がった。





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