第12話 命の恩人の彼の主君は元旦那様
「リアッ…………。元気そうで何よりだ」
『大公様ッ…………。お招き痛み入ります』
リアはシンシアを公爵に紹介した。
二人は意外にも初対面であった。
普通は領地入りした時に『ご挨拶』するのが通例的だがドラキュ―ル伯爵はいち早くシンシアを孤児院に送ったらしい。
「あいつは紹介状だけは寄越してきた。早く孤児院の『人員不足』を改善したかったのだろうな?自分が赴け無いからと歯噛みしていた」
公爵は愉快そうにせせら笑っていた。
リアの元旦那様は相当コルド孤児院の現状に衝撃だったのだろう。
サンサン地方や妖精国の施設しか視察したことがなかったらしい。余りの『困窮』ぐあいに頭を抱えていたと公爵がおっしゃった。
(戦地にずっといた方だもの。飢えや貧を聞くのと見るのでは天と地ほどの差があるわよね)
リアはたぶんフローリアだった時にここよりも劣悪な環境を見て経験したのだろう。
身体が『初見』の拒否反応を示さなかったのだから。
国も公爵も頑張って運営しているほうである。
他所の地方では『ストリートチルドレン』がいるのだ。俗に言う子供のホ―ムレス。その子達が置かれる環境は犯罪の温床になる。
不幸な子供を保護することは将来の犯罪率を下げることにもなるのだ。
そこは国の治安を守る『警備局局長』の公爵も心得ていた。
それでも資金不足は理想では為せないのだ。
「お招きありがとうございます。
エ―デル公爵様。妖精国から参りました。『シンシア』でございます。
リア嬢とは学生時代からの付き合いでございます」
「どうりで………。シンシア嬢。
リアの瞳の輝きが増した。信頼するものの力はなんと心強いか。感謝する。リアッ…………。顔色も良さそうだ。
ここでは寝起きもままならなかったのに。
………手を握っても?」
『親愛の握手でしたら………』
握り込んだリアの手が震えなかったのを目聡く察知した公爵は跪いたのだろう。指先を啄み額を乗せてしまった。
末期の時の啄みすら青ざめたリアの様は公爵には応えたらしい。その額が震えているから振り払うのも気の毒になってしまった。
リアも『男性恐怖症の悪化』が『公爵家での籠の鳥生活』なことを話せないでいた。
ストレスが原因であって公爵の過剰なスキンシップではないのだが。
厳密には『ルドルフとのキス』が起因ではあっても積み重なったものか爆発したのだろう。
言ったらそれで調子に乗りそうだから秘密にするつもりだ。
(大きな犬のようにリアちゃんの前に跪いているわよ?
何をしたら竜人族の『公爵様』がこんなにも貴女に心酔するの?)
(………。殴って………治癒魔術を使って。
お茶して『蝶よ花よ』の怠惰な介護生活しか送っていないのよ。
フローリアが『何か』したんじゃないの?この方も『フローリア信者』だもの)
(まあ………)
妖精族の孤児院教師はヒソヒソ話し合いながらクスクス笑う。
孤児院の教師二人は公爵家に招かれたのだ。
元伯爵令嬢のシンシア先生は大興奮であった。
竜人族の『公爵』といえば王族の次に位が高いと言っても過言ではない。屋敷も規模もそこらの貴族とは違う。
彼女曰く妖精族が好みそうな白と暖色の土やレンガで出来ているらしい。
現に前王が謎の退位のあとこの『エ―デル公爵』を次の王にと掲げる一派はいたらしい。
それを蹴ったのだ。
妖精族のシンシアも知る有力人物なのだそうだ。
(公爵様も『王家』や『権力』に興味がなさそう。
仕事も最低限。王都に出向くことも少ないし。
長が駆けずり回っているようでは『末期』だもの。
治安維持は竜人国は優秀なのね)
まだ手が握り込まれている。
そろそろ離してほしい。
『公爵さま………』
「大公。これ以上はご遠慮願いたい」
低く唸るような声がした。
公爵の手が振り払われた音がした。
ふわりと薫ったスパイシーな甘い香り。
リアの視界は黒一色になった。
「ルードリヒ。まだ紹介もしていないじゃないか………。
職務に忠実だなあ………」
「………………職務ですから」
もう一人の気配もする。
「リア、シンシア嬢。
紹介するよ。
君達の孤児院の『用心棒』兼『御用聞き』だ。
孤児院運営は男手が必要だろうとルドルフが寄越したんだ」
リアは公爵の言葉が耳には入るのだけど見覚えのある『黒』を見上げた。
その無骨な無愛想な声色にも聞き覚えがあった。
「ドラキュ―ル伯爵付騎士のルードリヒです」
「同じく騎士のスバルです」
リアの心臓は跳ねた。
(やっぱりあの方の声だわ………。またお会いできた………)
リアは震える手を握りしめた。
シンシアに気遣わしげにそっと肩を支えられた。
『ッ…………あの!わたッ…………』
リアは声がひっくり返った。
『ッ…………』
口がパクパクする
恥ずかしくなった。
(覚えていらっしゃいますか?
先日助けて頂いた『じゃじゃ馬』です。
お礼も言えませんでッ…………って言いたいのに声が出ない)
一瞬にして庭園が気遣わしげな空気になった。
「リア?無理しなくていい。
聞いての通りこのリア嬢は『男性恐怖症』でな。
ただこの風貌だ。不埒な男を引き寄せる。
シンシア嬢もリア嬢も美貌を誇る。
護ってやってほしい」
『リアです………ご迷惑おかけします。よろしくお願いします』
「シンシアです。お世話になります」
「よろしくお願いします。
心配なさらず。」
スバルと名乗った青年の声は親しみ易い声色を響かせた。
握手を差し出した気配がしたけどふるえる手を出せないでいた。
「リア嬢。視力も悪く男性恐怖症。そして羽なし。
君は公爵の厚意に甘え静養すべきでは。
君のわがままがどれだけのヒトを心配させていると思っているんだ」
冷めた低い声が響いた。
その声は地を這うように冷ややかで(弁えろ)と言っている気がした。
リアのせり上がっていた心臓は一回跳ねた後静かに穏やかになった。
熱を持ちつつあった頬はすっかり冷えてしまった。
(そうよね。何を夢見ていたんだろう。
このヒトにとって私は『主君を振り回す女』なんだ……)
「ルードッ…………。お前言い方と言うものが」
「ルードリヒさんッ…………」
公爵やスバルが諌める声がする。
それを憮然とした唸りとため息が打ち消した。
「病んでるものは休めば良いのだ。
それは事実だろう。幸運にも。その休養の場はあるんだ」
硬直した手のひらが熱を持ち出した。
リアは深く息を吸い込み黒い彼を見上げた。
彼の気配は黒く赤く煌めいていた。
彼はどうもリアを『半端者』の『病人』にしたいらしい。
下手に動くなと言っている。
やはりリアを『意のままにしたい元旦那樣』の意をくんでいるのだ。
(彼の主君はルドルフ様。心を許しちゃいけないんだわ)
『シンシア先生。平民で財産もなく。身寄りのないものが『働かなかったら』どうなりますか?』
「それは………」
シンシア先生が言葉に詰まる。
なかなか返答しないからリアは続けた。
『野垂れ死にします。
平民は『働かざる者食うべからず』なんです。
公爵?
わたくしの『視力』は。
『男性恐怖症』は静養すれば治りますか?
静養し続けたあの3ヶ月間。何か変わりましたか?
身体の傷は完治しましたわね?それ以外の症状は?』
「変わらんな。………………寧ろ悪化した」
『いつまでも『穀潰し』でいろと?
その罪悪感でわたくしは心の病になりました。
………………心を殺してこの屋敷で朽ちろと?まっぴらです』
舌打ちが聞こえた。
「ッ…………だから。
ドラキュ―ル伯爵から財産をッ…………。
それらを受け取り静養を」
『しつこいですわッ…………いらないものはいらないのです』
リアは叫んだ。
『先日は確かに『浅はか』でした。
我が身を『軽んじなければよい』のでしょう?
わたくしは『ただのリア』として自立したいのです。
何もどこかの姫でもないのです。
貴方様の世話になりませんわ。
ルドルフ様には『放っておいてください』と申しました。
純粋に『施設運営の安全向上』のためでしたら貴方方の護衛は受け入れますわ。
死ぬも生きるもわたくしの自由。
妖精族伯爵令嬢のシンシア嬢と同等の気遣いは無用です。
わたくしは『一介の孤児院教師』。
過分な同情も施しもいりません』
「ッ…………じゃじゃ馬」
『えぇ!じゃじゃ馬ですの。
貴方様の主君には良く伝えてくださいませ。
『言う事など聞かない。跳ねっ返りの施しも受け取らない。
可愛らしさもかけらもない女』だと。
同僚としてなら歓迎しますわ。よろしくお願いします』
リアは朧気な黒いヒトに手を差し出した。
皆が息を呑む。
男性恐怖症のリアが手を差し出したのだ。
リアの手は震えている自覚はある。
でも『このヒト』に『障害者』への同情を受けるのはまっぴらだった。
このヒトから『一人前』と思われたかった。
それは『粉骨精神』なのか『意地』なのかはわからなかった。
淡く抱いた心を叱咤した。
リアは夢見る乙女ではないのだから。
殿方で幸せを左右されるなどまっぴらだった。
「勘違いするな。俺は君と敵対する気はない。
………………………ただそうだな。
君は『困難』がいるほうが瞳が輝くらしい。
血色も瞳の煌きも増した。綺麗な虹色だ。
確かに。
それだけ啖呵を切るほどなら『元気なじゃじゃ馬』らしいな。病人ではない。
障害者扱いはしない。弱いと決めつけた。謝罪する」
力強く手を握り返された。
その手はざらついていて。鍛錬の跡が伺えた。
この騎士は『名誉職』ではなく『実践』でえた騎士職らしい。
『リアです。ただのリア』
「ルードリヒ。俺もただのルードリヒだ」
不思議なことに彼との握手ではリアは発作は起きなかった。
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