第31話 神との知恵比べ


 リアの口元は意図せず弧を描いた。

なんとも『楽しい』心地がした。

これは神との知恵比べだ。

こんなことに『心躍る』なんてリアはぶっ飛んでいるのだろう。

もとから正常な精神構造をしていない自覚はある。

そんなリアを見守るちんちくりんな〝自称土の精霊王〟は楽しげだ。


リアは息を深く吸い吐いた。

まっすぐ目の前の神を見つめた。

リアの口からは淀みない音色で歌うように解いかけが花開いた。



 『地から湧くのでも天から降るのでもない水は何でしょう?』

 

〝自称〟土の精霊王ノームは落ち着き払って答えた。


〝それは馬の汗であろう。今一度、尋ねるがよい〟



『あら………?序の口ね?』


 次に、リアはこう謎をかけた。二番目のそれは、抽象的な詩のような内容だった。

鈴の転がすような声色で『吟遊詩人』のように言葉を紡いだ。


『その頭を嵐が駆け抜け、それは、身も世もなく泣きわめく。

自由な者はそれを褒め、貧しき者はそれを恥じ。

生きし者はそれに絶望し、死せる者はそれを尊ぶ。

鳥は喜び、魚は嘆く………』

 

ノームは、その問いにも難なく答えた。


〝それは亜麻だ〟


『まあ?『毒』にも『生活の糧』にもなる種の効能をご存知。

たしかに貴方様は「大地の恵み」に精通した『土の精霊王』らしい知識をお持ちね?』


〝終わりか?〟



『次が重要ですわ?

これに答えられたなら貴方様を『男』として見てもよろしくてよ?』


〝ッ…………ッ…………早く申せ!〟


リアはクスクス笑う。

頬を赤らめた〝自称〟土の精霊王ノームは喜々としている。

その表情は『勝利』を確信していた。


それを一瞥してリアはニッコリ笑った。

リアは今度は囁くように甘い甘い声を出した。


『勝利』に油断し飲ませる甘い蜜のような。

トリカブトの花の蜜のように毒があるのに甘さを装って言葉を紡いだ。




『〝森羅万象〟に有らせられる『…』。

貴方方の遣える『絶対的お方』。


その方の『お名前』は?』


とたんに〝自称〟土の精霊王ノームの顔が土気色になる。

『勝利を目前にする時こそ気が緩むもの』である。



〝ッ…………な?ッ…………ッ…………!?〟


『どうされたの………?〝全知全能〟なのでしょう?

まさか………?答えられないのですか?』


〝卑怯だぞッ…………?!

精霊王とてあのお方は『名前を呼んではいけない』方なのだ。

あの方の名前を『口にしたら』最後。

精霊王とて『力』を失うんだッ…………。

フローリアッ…………。なんて小賢しいッ…………?!〟



リアは微笑む。


『うん。貴方様が『邪神』ではないのはわかったわ?

大丈夫。

貴方様が『土の精霊王ノーム様』と信じましょう。

今の問でそれはわかりました』


〝ならッ…………?花嫁になるんだな?〟


『それとこれは別ですの。

呼び出したのにごめんなさい?お帰り下さい。


夢見が悪く『願って』しまっただけですわ?

貴方様が弱体化したことは申し訳なく思います。


わたくしの願いは『叶わない』。

神様にも無理なのだからお医者様にも無理なんだと諦めもつきました。

この解いかけは貴方様の『勝ち』ですわ?

三問中二問正答。

ご立派です。少しは『顕示欲』満たされまして?』


血相を抱えた土の精霊王ノームがリアにすがりつく。

リアはそれを少し冷ややかに見下ろした。

神の気まぐれに付き合ったのだ。


正直これ以上の面倒事はごめんである。


〝まてッ…………。

お前の命を2度も救ってやったんだぞ?!

恩を感じないのか?!〟


『………………記憶のない時のことを言われましても………。

それに貴方様は『フローリア』だから助けたのでしょう?

その恩を『リア』に被せますの?


………………………………殿方が好いた女を助けて恩を売るなんて。

女々しすぎやしませんこと?』



〝………………………〟


『それに。今回のわたくしの願いを叶えることは『出来ない』のでしょう?


ぶっちゃけ。役立たずの神様崇めるほどわたくし『優しく』ありませんの』



〝ッ…………ッ…………ッ…………『信仰心』も忘れたのか?!〟



『忘れるの得意ですの』



リアは本格的に面倒くさくなってきた。

この精霊王はリアの胸元の『金剛石』から出てきた。

なら。


『………………………粉砕したほうがよいのかしら?』


胸元のダイヤモンドを掴む。

万力の力をこめてみる。

キシキシ音はするけれどなかなか砕けない。

リアが舌打ちするのとノームが悲鳴をあげたのは同時だった。



〝いたッ…………待て待て。

『出来ない』とは言ったが。

それは『今は』出来ないんだ。


俺の弱体化は『水の精霊王ウンディーネ』のせいなんだ。


俺のお前への『干渉』など大したことはないはずなのに。

あいつは『嫌がらせ』で俺を弱体化したんダ!

完全に『神聖力』を取り戻した俺なら『フローリアの記憶』なんか全部〝忘却〟してみせるさ!〟


『『忘却』………』


リアの眉がひくりと動いた。

握りしめていたダイヤモンドに力を込めるのはやめた。

ダイヤモンドは一二を争うほどの鉱石だ。

いくら〝馬鹿力〟のリアでも簡単には砕けない。


だけど痛いものは痛いのだろう。

精霊王ノームの顔は冷や汗が出ている。



(これ。いい脅しに使えるかも)


内心〝神〟の弱みを握ったことだけは今回の茶番の成果がある。

少しほくそ笑みそうになるのを抑えながらリアは〝うんざりする〟と云わんばかりに髪を横にたなびかせてみた。


孤児院の子供達が言っていたのだ。

〝悪女〟は頻繁にヒトを小馬鹿にしながら髪をかきあげると。

今はそれを演じてみようと思った。

このめんどくさそうな神に嫌われたいなら『純真』だと悪手だと思えた。

総じて神は『純粋』なものが好きなのがセオリーである。


『本当に?対価は?

日常生活で精霊にお願いするのと違い『精霊王』に願うのでは代償が伴うと聞きましたわ?』



〝『身体を開く』か『財産』を贈るかだ。

少しのお願いなら『Kiss』でよいぞ?


フローリアは俺をこき使いたい時は『膨大な宝石』を寄越した。

Kissと『身体を開く』ことは嫌がってな?〟



『ひぇ………………?それはフローリアじゃなくても嫌でしょう?』


〝『貞操感』は同じか………。ちッ…………〟


(初めて『フローリア』と同じことを貶されましたわ?嬉しいのか侮辱なのか変な気分)


リアは呻いた。


でも彼の『提案』は魅惑的だ。

もし『フローリアの初恋の思い出』を完全に『忘却』出来るなら。

それなら『新たな恋心』にいちいち罪悪感を感じずに済む。

今のリアはルードリヒを好いていても『尽くしたい』などと思わない。

彼は自立した殿方だ。


リアはフローリアのような『尽くす』人生など真っ平なのだ。


あの甘い『思い出』があると決意が綿あめのように蕩けるのだ。

戻ってしまう。

『ルドルフに尽くして幸せだった恋する乙女』に。


(何が『自立』よ。『自由』よ。浅ましいわ。

フローリアが記憶を失ったことには『意味』があるはずだわ。

『生まれ変わった』はず。

決してそのチャンスは無駄にしたくない。


むざむざ『牢獄』のような生活に幸せを感じる過去に惑わされてたまるかっての)


フローリアは腹を括った。

絶対に面倒事に片脚を突っ込んでいる危機感はあるのだけど。


『貴方様の『神格化』が戻るように尽力すること。

その『完全体』の貴方様に『対価』に渡せるだけの『財』を為すこと。


それが出来たら。

『フローリアの記憶』を完全になくせるのね?』


〝精霊王は嘘つかん〟


リアはやっとこのめんどくさそうな神をまともに扱う気になった。『嘘をつかない』

欺瞞が多い世界には安心する一言であった。


それにチラリと見下ろす。

いくら記憶のない時のリアと『フローリア』のために〝ちんちくりん〟になった彼を本当に捨て置けるかと考えると。

なんとも夢見は悪い。


結局のところリアは善人ではないのだけど悪人になる度胸もないのだ。


ため息をついた。



『貴方様の『神格化』はどうしたら上がるのかしら?

崇めて………もらう?

捧げ物をいっぱいもらう?』


〝俺の『能力』を使ったお礼に『崇めてもらう』『捧げ物』をもらうことが一番効率がいいな〟


『え?ただ崇めてもらうんじゃ駄目なんだ………。

そうよね。

『知っている』ことと『信じること』は違うものね』


〝そういうことダ〟


なら皆の『困りごと』を解決することがいいだろう。


『精霊王ノーム様?』


〝ノームと〟


リアが〝自称〟を疑わなくなったのが嬉しいらしい。

ノームの表情はホクホクである。


『………………ノーム様。質問よろしいですか?』


〝申せ〟


『今の弱体化した貴方様が『能力』で行えることはなんですの?』


ノームは待ってましたと言わんばかりに話しだした。

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