第30話 なんともちんちくりんな精霊王


 眩い虹色の光に狭い部屋は包まれた。

それなのにシンシアは起きない。


(わッ…………。これ『亜空間だ』)


今いる空間に捻れや歪みによって出来るこの空間上の新たな空間。

確かにそこにシンシアはいるのにリアとシンシアがいる空間は『隔絶』されてしまったのだ。

簡単な魔術で『隠匿魔術』がある。

部屋や自分の周りのみ隠匿する『膜』を張るイメージの魔術であるけど。


(この空間は完全に『新しい空間』を作り出している。

もしかしたら外部から私は『存在』しないんだわ)



より強い虹色の光がリアの胸元から漏れ出した。

それはリアが首に下げたペンダントの『金剛石』からの光だった。



〝リア。

やっと願ったナ?嬉しいゾ。

やっと………やっと………。花嫁になってくれる気になったのカ?〟


赤茶色の蝶のような光の塊が具現化した。

『それ』は何やら小人のようであった。


ただ肌が紅い。

丸い顔に切れ長の大きな黒い瞳。

黒い髪の美少年であった。

背中には虹色の羽毛のような翼がある。



〝我は『土の精霊王ノーム』である。

リア!君は私の花嫁だ!すぐに森羅万象に行こう!〟



リアは目をパチクリさせた。

目の前のちんちくりんな小人の言っていることはなんとも訳が分からないものだったけど。

リアは思わず叫んだ。


『まあッ…………。なんて可愛らしいの?!』


〝うわ………〟


リアはその『なんともちんちくりんな』生き物を抱き寄せた。

こんなに鮮明に『見えること』にも感動した。


〝うわ………うわあ………〟


『こんなに可愛らしい生き物がこの世にいるなんてッ…………?

ああッ…………なんて愛らしいの?』



〝んぐッ…………〟


リアは我を忘れてその生き物を捏ねくり回した。

力の限り抱きしめる。


〝やめッ…………ぐッ…………くッ…………〜………………………………………………………………………………………………………………………………………………………う〟


リアは思う存分に小さな生き物を捏ねくり回した。

指先でくすぐり首の下をなで羽の付け根を擦る。

その生き物は紅い顔をもっと赤らめ身悶えている様子だ。


〝ふあッ…………ま………まてッ…………〟


『可愛らしい君の弱点は何処かな〜?

耳の裏?顎下?脇腹?

好みはハードタッチ?ソフトタッチ?』


〝ばかッ…………。やめろ。

そこらの魔獣や動物みたいにこねくり回すナ?!〟


ギクリとした。

リアは実は無類の『生き物マニア』なのだ。


虫から家畜から害のない魔獣から。

片っ端から触り愛でていた。

でもそれらは「悪癖」だった。


孤児院の子供達の前でそれらを行った時院長にたしなめられたものだ。


〝虫や家畜ならまだしも、魔獣は竜人族からしたら『親の敵』のようなもの。


いくら貴女が『妖精族らしくない妖精族』で『破天荒な』ヒトだからと。


マニアック過ぎる『悪癖』を子供に教えないでくださいませ〟


(大抵のことは『慈愛の微笑み』で目を瞑ってくださるのに。

あの時は院長様の細い目が『開眼』してたってマオが言っていたものね)


ブルリと院長の形作る『威圧』のオーラを思い出し震えた。冷静になったリアはそっと小さな生き物を手放した。


〝さあ!ルドルフを忘れたいんだろ?

僕の花嫁になるんだッ…………!!〟


『えっと………?ご遠慮します?』


〝何故?!〟


小さな生き物は『驚愕』している。

心底『断られると思わなかった』みたいな顔をしている。

大きな目は驚きで見開き口はあんぐり開いて顎が外れそうである。


(わあ………。ヒトの声色以外にも。

顔の表情の機微がわかるって………なんて便利なんだろう)


何故この亜空間でリアの視界が良好なのかはてんでわからなかったのだけど。

そもそもの『疑念』がもたげてリアは思わず呟いた。


『そもそも………?貴方様は本当に『土の精霊王ノーム様』ですか?それにしては………?』


〝それにしては?なんだ。発言しろ。許す。

リアは花嫁だからな〟


ふんと鼻息荒く頷く小さな生き物をしげしげ見つめた後、リアは小首をかしげた。


『亜空間を創り出すくらいくらいですから『高位』の方なのはわかるのですが………。

なんともちんちくりんですね』



〝ちんちくりん………………。

僕は『イケメン』の………。『モテモテ』の………。

色男の………。


だがその『毒』。

フローリアは健在で何よりだッ………。それでこそ僕の花嫁………ぐッ…………

それに酷いゾ。フローリアを『助けた』から『ペナルティー』でこんな姿になったんだぞ?

この前の『土砂崩れ』から救い出したのは僕だぞ?〟


『え?それは………申し訳ないです』


「お前は『フローリア』だからナ!

みすみす死なれては困る。

土の中だから『支配下』だったからナ?

楽勝だった!」


『………………ありがとうございます………?』


「信じてないナ?!」


小さな生き物は白目を向き地面に伏した。


『………また。フローリア。

そっか。やっぱり私が『フローリア』なのは確定なんだ………。

貴方みたいな『高位もどき』の方までそうおっしゃるのだもの』


〝『高位もどき』はやめて………

産まれたときから『語らった』仲じゃないか?〟


『大変心苦しいですが〝記憶にないうちに惚れ込まれても〟責任を負いかねます。

ご了承くださいませ』


〝ッ…………ッ…………ぐうッ…………ぐうッ…………〟


〝自称〟土の精霊王ノームはまた打ちひしがれだした。


(こんなに『不敬』なのに。

私が殺されないあたりが『もどき』なのよね)


リアはため息をついた。

でもこの小さい生き物はすぐ元気を取り戻したらしい。

リアの周りをくるくる回りながら〝自称〟精霊王ノームはご機嫌なようだ。


〝フローリア。君は『願った』。

ルドルフを愛した記憶を『いらない』と言った〟


『言いましたけど………。

それでなんで貴方の『花嫁』になるのかしら?』


〝ッ…………?!

フローリアはルドルフが好きだから『花嫁』にいけないと言っていたんだぞ?!〟


『え………。そんな理屈………?

しかも。それ言ったのフローリアで。私じゃないじゃない………。

記憶のない時の『約束』持ち出されても………?』


〝『初恋』はなくなったのニ?

愛してくれないのか………?

これだけ愛しているのにか………………?〟


リアは目の前のちんちくりんな〝自称〟精霊王ノームを見つめる。

つぶらな瞳は零れ落ちそうな『黒曜石』のよう。

その瞳の色は身に覚えがありすぎた。


(このヒトも『フローリア』なんだ)


夢で見たルドルフの『焦がれた』瞳だ。

同じ瞳を〝自称〟土の精霊王ノームはしていた。



(なんでそんなに皆がフローリアが好きなんだろ。

彼女は優しかったの?男皆に媚びたのかしら?

計算高く男を転がしたんじゃないの?

幼いころにルドルフ様を愛したなら。

大人しい男爵令嬢していれば良かったじゃない。

なんでそんなに『極めた』の?

顕示欲が強かった?目立ちたがり屋だった?自惚れやだったのかしら?

そんな目立つようなことしなきゃよかったじゃない)



『そんなに………フローリアは『魅力的』なの。

こんな。記憶もなくて視力も悪い。

髪色も変わって『一途さ』もない私と『同一視』して愛でるくらいに?』


〝お?卑屈だな?

それに『ヒト』の『美醜』を我等と一緒にするな。

お前は『魂』が美しいんだ。

外見や記憶や性格の問題じゃない〟



『………ますます私にはわからないじゃない』


リアはため息をつく。

何回ため息をつくのだろうか。


『………貴方を『ちんちくりん』と呼ぶ理由をおしえましょうか?』


〝自称〟精霊王ノームは頬を膨らませながらリアを見下ろしている。


『貴方『土の精霊王』よね?

なら『土砂崩れ』に干渉出来るのはわかるわ?』


それをうけ〝自称〟精霊王ノームは自慢げな顔をした。

それを見上げながらリアは小首をかしげた。


『でも。

私が願ったのは〝夢の中のフローリアの恋心〟を消して欲しい。と願ったの。


何故『記憶』を消してくれないのです?

「代償」が必要ですか?』


〝………………………………出来ない〟


『え?』


〝出来ない〟


『え………』


リアは呆れてしまった。

シンシアから〝精霊王〟の話は聞いているのだ。


妖精族は『森羅万象信仰』なる信仰国家なのだ。

妖精国には『神樹』と呼ばれる古代樹がある。

その古代樹の樹洞じゅどうの内部に神殿があるのだ。


そこは『祭壇』であった。

祭りのたびに〝巫女〟が歌と舞を奉納する。


四柱の『精霊王』は『森羅万象』の遣い。

精霊の住まう世界。

このリア達が住む世界は、精霊に神に『見放された世界』だと。


諸事万端

万端、全て、総て、凡て、全部、万物、万象。


様々な呼び名がある。

そこには絶対的な『…』がいて。

そこに女神や神や精霊が住まう場所なのだそうだ。


そこは『楽園』。

全ての命が帰る場所。


そこの『四柱』は〝全知全能〟なのだ。



『貴方達〝四柱〟は「全知全能」なんですよね?


なら『謎かけ』に答えて貰えますか?

まさか。『バカ』なわけありませんよね?

この『謎かけ』に応えられないなら『全知全能』とはいえませんでしょう?』


すると〝自称〟土の精霊王ノームの動きが固まった。

その瞳が揺らめいた。


〝また〟みたいだ。

リアにはその視線と熱に覚えがあった。


(また私を『フローリア』として見ているんだわ)


視力が回復することを望んでいたのにそれが適うとより機微がわかってしまう。

フローリアはどうも『観察力』があるようだ。

それらの新事実にうんざりする。



〝ッ…………本当にフローリアと同じことを言う〟


『はいはい。私がフローリアのことはもう否定しません。

やりますの?

やりませんの?

しなくてもわたくしは困らないのだけど?』


〝ッ…………やるに決まっておろう?!〟


リアは尽きることのないため息をついた。


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