第34話 拝啓 真心をこめて。ただのリアより

 『謹啓 愛しのリア嬢


貴女が〝土の精霊王〟と邂逅かいこう出来た事祝えば良いのか不憫と思えば良いのか悩んでおります。


ただ精霊王の力を強かに使い自力で視力を矯正し、商いのアイデアも導き出したことに感服いたしました。


そのうちそちらにフローリアが取引きをし懇意にしていた商人を向かわせます。

シンシア嬢が知り合いですし彼は私と敵対しています。

フローリアの味方です。

彼なら貴女の新たな商売の足掛かりを提示出来るはずです。


貴女が私の庇護下にいるのはそう長くはないのかもしれませんね。


貴女は変わらず強く美しい。


遠くから見守っています。

そのうち視察で立ち寄るかもしれません。

声はかけませんので心配なく。

貴女の平穏な生活の邪魔はしません。


貴女の眼鏡姿を間近で見れず残念です。

噂で可愛らしい妖精が孤児院にいると聞きます。

シンシア嬢は癒やしの妖精ですから可愛らしいのはリアあなたなのでしょう。


貴女の無邪気さがまた周りを虜にしているのでしょう。


変わらぬ親愛を。ルドルフ・ドラキュール』



(無骨そうな、誠実そうな字。

なんで実際見ると好感しか持てないのだろう。


毎度毎度だから慣れたけど情報が早すぎる。

昨日眼鏡が出来て化粧品の試作品も出来たのに。

院長様のアシストが的確過ぎる………)


この便りもリアを心配する親心を滲ますような便りである。

文を直接見たら粗が見えるかと思ったリアはガッカリした。

寧ろ実直で上品な筆跡。

リアを褒め称えはするのだけど自分の欲を出さない。

そしてリアに取り入りたいという欲がない。

彼は彼自身のことは決して書かないのだ。


リアが特に知りたくないことまでわかるのだろうか。

最近ではフローリアに似ていることもあまり書かないのだ。



(これだけ尽くしているのだから『会いたい』とか。

これを贈ったから身につけてくれ。とか。


押し付けがましいのはまるでない。


本当に彼はフローリアが大事なんだわ。

もしかしたら彼等は『白い結婚』だったのかも。


それなら肉欲に溺れない崇高な『愛』が存在したのかも。

フローリアはルドルフ様が初恋だけど。

ルドルフ様はフローリアを愛でてはいても『妹を守るが如く』だったのかも。


年の差あるもんね………?


あのKissも。

『お仕置き』だったのかも。

公爵様に迷惑をかけたのは確かだし。

あれで私が男性恐怖症を強烈に発症するのは想定外。

ルードリヒ様を好きになるのも想定外のはず。


ドラキュールの皆様はルドルフ様が『過保護』だったとおっしゃっていた。

それなら………?

意外と男女の『愛』より家族にむける『親愛』に近いかも。


二人は『政略結婚』だもんね。

フローリアの初恋に応えただけかも)



リアは少し気持ちが楽になった。

フローリアの気持ちだけ押し殺せば。

ルドルフには恩だけ返し義理を通せば彼をあまり傷つけないかもしれない。



(彼の憂いはフローリアの危険。

これから私がすることは『人助け』と『商売』よ。

誰かの恨みなんか買いようがないわ。安心させられるわよね?)


ドラキュールのヒト達は思ったよりリアを搾取する気はないのかもしれない。

フローリアは確かにルドルフへの愛のために献身が過ぎた。

でもそれは過去のことだ。


ただ当初抱いていたルドルフへの嫌悪感がすっかりないことに戸惑う。


リアは初めて街の雑貨屋から便箋を買った。

今まで色合いもデザインも院長やシンシア任せだったのだけど。

リアは眼鏡をかけてじっくり便箋を選んだ。

結局長い時間かけて悩んだ割に最初に選んだ便箋を買った。



リアは慎重に丁寧に文を書いた。

今まで元夫ルドルフのお節介は迷惑だと思っていた。

だけど。

そのお節介でルードリヒに会えたのだ。

ルドルフが巡り合わせてくれたようなものだ。



『拝啓 親愛なるドラキュール伯爵ルドルフ様


お陰様で自分で文をしたためることが出来るほど視力は回復致しました。 


伯爵様はご健勝でしょうか?


視界が開けたことで見えていなかったことも見えてまいりました。


貴方様はわたくしの身の安全以外に何も求めませんね。

私の周りにいる下劣な下心剥き出しの男のような嫌悪感は貴方様には感じません。

わたくしはフローリアにはなり得ませんが。

フローリアの時の嫌悪感も恐怖も貴方様には引き継がなかったのです。


最初こそ『自由』への渇望へ意固地になりましたが、貴方様の文や貴方様の部下の人となりを知り。貴方様の家族から見聞きする貴方様は素敵で人望のある方とやっと確信が持てました。


わたくしはフローリアではありません。

ただのリアです。

それは変わりません。


ですから貴方様はこれからわたくしに降りかかることに全ての責任を感じる必要はないのです。


貴方様は一回絆されたものへ無責任になれないのでしょう。

優しい方なのですね。

貴方様の離縁した妻への過分な献身はまだ恐れ多いです。

身分不相応だとは思いますわ。


でも。

わたくしにも『大切にしたい』ヒトも物ができ目標も出来ました。


貴方様に誇れるような女傑になり立派に旅立ってみせますわ。


貴方様の元妻は貴方様なしでも大丈夫になれるように研鑽致します。


日頃の献身と真心に感謝致します。

こんなに懐の深い貴方様を尊敬しております。


真心をこめて。  ただのリアより』



リアは書き上げた便箋を撫でる。

素直な気持ちを書けて晴やかである。



(今ルードリヒ様にも手紙を書こうかしら?

毎日のように顔を合わせているけど。

………………日頃の感謝くらいいいのではないかしら?)


リアはしまいかけた便箋を引き出しから出して筆ペンをインクに浸す。


さっきよりも細心の注意を払いながら綴っていた。

途端恥ずかしくなって突っ伏した。


リアの手元の便箋には

『愛しのルードリヒ様』と記されていた。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたくしッ離縁しますわッ〜記憶もないうちに既婚者で見知らぬヒトに惚れ込まれても困ります〜 ユメミ @yumemi0124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ