第17話 拝啓 愛しのじゃじゃ馬 リア嬢
「拝啓 愛しのじゃじゃ馬 リア嬢
ルードリヒに啖呵を切るほど『豪胆』『じゃじゃ馬』健在のようで何よりで嬉しく思う。
そんな『じゃじゃ馬』な君を愛したんだ。
今までは尽くさせてしまったのは事実だ。
エ―デル公爵から私達の婚姻生活の話を聞いたのだろう。
君が我等『ドラキュ―ル一族』に不信を抱くのも仕方がない。我がドラキュ―ルは確かに、『普通の貴族の家門』ではなかった。
貴族らしい『権力の誇示』のための『絵姿』もなかなか描かない家門なのだ。
歴代伯爵夫妻の絵姿はない。
ただ、だからと愛しい君の『絵姿』を手掛けなかったことは我が一族の皆が悔いていることである。
夫の私に『恐怖』を抱いたのではないかと思う。
確かに君は昔から『自由』を愛し『変革』をもたらした。
君はやはりこの伯爵家に留まるには余りあるヒトだったと思う。
愛してくれた私のために抑圧された結婚生活の中にいたのだと思う。
その愛がなければそれは確かに『牢獄』だ。
君を連れ帰ろうと当初したことを恥じている。
君の魅力があまりに変わらなく残酷で口付けてしまったことも後悔している。紳士の行いではなかった。
君にとって右も左もわからない中手探りの生活の中、我等のことは憂いにしかならないのだろう。
離縁はしよう。それは心配いらない。
君は自由の身だ。
確かに政略結婚など不本意だった。
君に尽くし懇願し求婚すべきだったと君に伝えきれないまま、君は生死不明になってしまったのだ。
言い訳にしかならない。
だからこれからは尽くさせてくれ。
記憶がなくとも。今度は私の奉仕で君に惚れてもらえるようにしたい。
俺は君の下僕だ。
手始めにそちらに屋敷を購入したので贈る。
口うるさいようだが君はもう『2回』も死にかけている。
私はリア。君の幸せが第一なのだ。
生活環境の整えくらいはさせてほしい。
侍女と執事も誂えた。
君が使わなかったとしても、その屋敷は君のために整えられる。
君はどんなに不快なことを私に書こうと努めていても、財産分与は滞りなく進む。
君がいらないなら投資なり寄付なりしてくれ。
君の悪態すら愛おしい。
君の激情を感じると君が生きている実感がする。
君の憂いが晴れるならいくらでも君の毒は受け入れよう。
君の元夫。ドラキュ―ル伯爵ルドルフ」
『竜人族はドMですのッ…………?
何回『いらない』と記したらいいのッ…………?
え。これ。受け取らないと贈られ続けるの?
受け取っても受け取らなくても『関わり』は続くの………?
そんなにフローリアを手放したくないの………?』
リアが悶えながら便りを握り締めるさまはもう恒例行事になりつつあった。
「『愛しのリア嬢』。
相変わらずルドルフ様は情熱的な方なのね」
背後でシンシアがクスクス笑う。
『キャサリン失踪事件』は皆が土砂崩れに巻き込まれるも無傷というなんとも『おマヌケ』な結末であった。
リアはあの時確かにキャサリンと土砂崩れに巻き込まれた。
奇跡が起こったのだ。
何故かリア達は上手く新たな土砂崩れに押し出される形で救われたらしい。
救出作業中の『落雷』と『地震』で卒倒するヒトが相次ぎ阿鼻叫喚だったらしいのだ。
シンシアや街から来た増援が見たのは公爵とル―ドリヒ以外卒倒している地獄絵図だったのだ。
キャサリンはこっぴどく米問屋の商人のお父様に叱られ哀れなほどだった。
リアもルードリヒも叱られた。
キャサリンの『名誉』を守ろうと少数で向かったのがそもそもの間違えであった。
ただキャサリンがリアに『治癒魔術』を施された旨を話した途端その場で『かん口令』が敷かれた。
やはり『虹の女神』神話は根強くリアの存在は竜人族の『王家』に知らしてはならないと、街のヒトが鼻息荒く力説しだしたのだ。
(王家ッ…………て。こんなにも民の心が離れているの………?ここの土地柄かしら。
確かにエ―デル公爵は『反王権派』で有名な方。
ドラキュ―ル伯爵も確か同じはず。
王都よりも『自治』へ力を入れている辺りの民の意識の差なのかしら?)
それで一件落着したはずだった。
この便りが来るまでは。
騎士のスバルやル―ドリヒが報告したことはその日のうちには主君の耳に届くらしい。
『ねえ………?フローリアは『お淑やか』じゃなかったの?
私骨身にしみたようにお転婆のじゃじゃ馬な自覚があるの。
だからありのままでいたら絶対愛想尽かしてくださると思っていたのに。
フローリアが『じゃじゃ馬』?『お転婆』?
そんな伯爵夫人いるの?
彼女は元は『男爵令嬢』なんだよね?
シンシアちゃんも伯爵令嬢だもの。お淑やかさは妖精族の特徴だよね?
フローリアも例には漏れないはずなんだけど………?』
そうなのだ。
リアが学んだ妖精族の特徴は『お淑やか』だったのだ。
『妖精族は森羅万象を信仰した『自然』を愛する種族である。
大人しく、繊細な、か弱い生き物である。
荒々しいもの。華美なものが苦手である。
主食は果物と野菜である。
穀物や菓子も好んで食す。
打ち解けると『お茶目』さや『ユ―モア』が垣間見える真面目な隣人である。
彼等は『精霊の加護』がありそれらは生活に根付いている。
火も水も風も土も。雷でさえ彼等は仲良しである。
故に妖精国は『自然災害』はほぼない国である。
あったのは。
『巫女』を蔑ろにした時と『巫女』を失った時である。
その『巫女』は王家が代々守っている』
そう記されているのを公爵家で侍女達に読んでもらったのだ。彼女達は妖精族の妙齢の女を見るのは久方ぶりだとリアを褒めそやし愛でて尽くしてくれた。
公爵に口説かれる以外で嫌なことは一切なかった。
そんな彼等の語る妖精族らしくない特徴をリアは持っていた。
それこそ婚家をあしらえる武器だと思っていたのに。
最近はその案は瓦解しつつある。
無視をしても便りは来る。
釣れない内容を書いても便りは来る。
リアは元夫の愛の便りを無下に出来ない日々を過ごしている。
「フローリアちゃんはね?『お淑やか』に『気高い』フリは格別だったのよ?
それなのに仲良くなると素の『じゃじゃ馬』『お転婆』が垣間見えるの。
そこが格別に愛らしく皆が虜になったのよ?
彼女はオンオフがしっかりしていたの」
『今の私も充分『フローリア』の魅力の1つなのね。
………………そんなに愛されていたの。フローリアは。
なら………なんで彼女は自殺したのかしら』
「ッ…………?!リアちゃん?
自殺?フローリアちゃんが自殺なんて?どういうことなの?」
リアはシンシアに公爵と推理したことを話して聞かせた。
『フローリア』は武人のルドルフも公爵もぶちのめせるほどの『武術』を持っていた。
現に今のリアですら無意識に公爵をふっ飛ばすほどの怪力なのだ。
そんなリアの『生死不明』になった現場は『サンサン地方の魔獣生息地』。
『そもそも『何故』彼女がそこに皇太子や王妃。その側近たちを伴い訪れたのか誰にもわからないの。
ドラキュ―ル伯爵家のものに『内密』に一人でもてなしたの。
そこで魔獣に襲われた。
彼女は皇太子や王妃を庇い戦い。傷ついて。崖から落ちた。
そう………伝えられているの。
その崖の下は『虎鮫』の生息地。虎鮫は凶暴で有名な水生魔獣。
その生息地なら群れをなす。まず弱い生き物は生きていけない。普通なら。
私が本当にフローリアなら。たぶんその虎鮫をぶちのめし泳ぎきったのよ?このコルド地方に』
「それは………?確かに………おかしい。
ごめんなさい。私………。そんな事情とは知らなかったの。
確かに。
フローリアちゃんを知っているヒトこそ『おかしい』と思うの。
フローリアちゃんは本当に『強かった』。
ヒトを庇ったとしても戦いきれてしまうわ。戦地の凶暴化した魔獣ほどの強い生き物はここにもいないはずよ?
フローリアちゃんは『キンレンカ男爵令嬢』軍神キンレンカ男爵の『叡智』も『武術』も極めたのよ?
なら………?」
『公爵がね?
フローリアは皇太子や色んな男を狂わす自分に嫌気が差していた。って。直前こぼしたんだって。
身体は武術は強いのに心が挫けちゃったんじゃないかって。
なら『自殺』して『自由』になりたかったんじゃないかって。
皆が愛でた『金褐色の髪色』が『黒髪』に変わるほどの死線を私は『生き残ってしまった』………』
いつの間にかリアはシンシアに抱きしめられていた。
シンシアは泣いていた。
リアの言わんとすることはわかると言うようにリアの言葉の静止をしたのだ。
もしフローリアが『自殺』ではなかったとしたら。
それは『死を偽装した逃走』だったのではないか。
それか『暗殺』が失敗したか。であった。
誰からフローリアは逃げたかったのだろうか。
誰に死を偽装する必要があったのだろうか。
誰に暗殺されようとしていたのか。
リアはそれらを考えたくないから『ただのリア』でいたいのだ。
フローリアの過去はさながら『パンドラの箱』なのだ。
記憶のないリアには開けるには『劇薬』すぎる。
本当ならリアはすぐにでもこのコルド地方を離れるのが最善なのではないかと思っていたのに。
それすら出来ない我が身の不自由さ。
それらを解決するにはやはり財力しかないのかもしれない。
だけど完全にはドラキュ―ル婚家を信用出来ないでいた。
いくら夢の中のフローリアが心底愛していたと染み渡るように訴えても。
今のルドルフの便りも行動もフローリアを真摯に愛していると信じたくなってもだ。
(愛はヒトを狂わせる。
愛は冷静に判断できなくなる。
憎しみも恨みも。愛と表裏一体だわ。
それになんとなく私は『激情型』な感じがする。
絆されたら最後。絶対に裏切りや失望に耐えられない)
でもそうは思ってもリアは冷徹に成り切れないでいた。
フローリアの知り合いは皆が優しく皆が怪しい。
皆がフローリアを愛していると感じて心が張り裂けそうになるのだ。
本来ならエ―デル公爵ですら信用してはならないのかもしれない。
命の恩人すら心から信頼出来ないのは相当リアは疑り深いのかもしれない。
(だからなのかしら。
私をフローリアと重ねない。院長や街の人。ルードリヒ様|になんとなく心が開けるのは。
スバル様は………なんとなく信用出来ない。何でだろ。
同じルドルフ様の騎士なのに。
ルードリヒ様の前では素でいても良いのかなと思える。
あのヒトすら疑いだしたら壊れてしまいそうだわ)
リアはシンシアに抱きしめられながらそっと息を吐いた。
ただもう一つリアには不可思議なことがあった。
『ねえ………?
このダイアモンドのネックレスなんだけど。
『本当に』私は最初から身に着けていた?
私………『記憶欠乏症』まであるのかしら。
ますます自立が遠のきそうで5人くらいに聞いて回ってからやめたのだけど。
皆が言うの。
『リアが海辺に倒れていた時から身に着けていた唯一の装飾品だ』って。
これこそ私の身元の証明になりそうよね?なんで調べもせず売り払いもしなかったのかしら』
シンシアはリアの胸元のダイアモンド『金鉱石』をしげしげ覗き込んだ。
それは今のリアが身につけるには大粒なダイアモンドであった。推定10カラットはある大きさだ。
売れば数千万はくだらない。
でも何故かリアは『売り払う気』になれないのだ。
皆にはガラス玉と説明している。
いつも服の中に忍ばせている。
「うん。たぶんフローリアちゃんの時から身に着けていたわ?
サンサン地方はダイアモンドの生産地。
ダイアモンドは貴女の誕生石なのよ?
貴女の『元旦那様』の贈り物なのではないかしら?
ふ〜ん。『売り払わない』で『身に着けていたい』んだ?
ふ〜ん?」
シンシアがニヤニヤしているのは見えずともわかる。
『ッ…………肌なじみがいいのッ…………!
『お守り』みたいな感じなの。うん!話し終わり!』
シンシアはクスクス笑う。
リアは熱くなり頬を抑えた。
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