第6話 # 悪癖と成果と甘いキス
「リア?」
耳元で公爵が囁くがリアの震えは止まらない。
冷や汗をかき鳥肌で肌は青白いのではないか。
『公爵様………離してくださいますか?
気持ち悪くて………限界………です………』
公爵様のため息が聞こえた。
「情婦のふりは?」
『無理でしょうね。あちらの方々たぶん気付いてらっしゃるわ。離してくださいますか』
「いやだな。この機会をみすみす逃したくない」
公爵がリアの首筋に口付けた。
ルドルフの息を呑む音とリアが公爵を殴った音は同時だった。
公爵が軽く吹っ飛ばされた。
遠くでズシャッ…………と音がした。
たぶんソファ―の向こう側までふっ飛ばしたのだ。
『また』やってしまったのだ。
『ひッ…………無理。
あぁ………。こんなに時間がかかるなんて………。無理………』
リアは青ざめ自分の身体を掻き抱いて項垂れた。
やってしまった。『悪癖』がでたのだ。
途端部屋の中が笑い声に包まれた。
「ふはッ…………。すごいな。公爵は彼女の何倍も体重がある。それをふっ飛ばしちゃうんだよ?フローリアさんの強さは健在だね?」
若い男の笑い声が一番大きい。
なんだか楽しそうである。
ルドルフのいとこのフランケル殿下だろう。
ドラキュ―ル一族の者で若い男は彼だけだという。
「見目だけは美しいのはかわらんな?
そんな安っぽいドレスをそこまで着こなせるのはフローリアしかいないな。少し破廉恥だが。
羞恥が殺せていない。肩が最初から真っ赤だった。
虚勢を張るところも、じゃじゃ馬は記憶を無くしても健在か。元気そうだ。良かった」
初老の殿方の声は呆れ半分安心半分といった声色。
たぶん公爵の話にあったルドルフの父親だろう。
過去酒浸りと公爵が言っていたが室内にはお酒の匂いはしなかった。
今は絶っているのだろう。
「リア………。君はさっきから震えて青ざめていた。
殿方に触られるのが『苦手』なのか?」
ドラキュ―ル伯爵の声は『心底心配している』音色だった。
リアは呆然とした。
この『悪癖』を見られたのだからそれこそ幻滅してもらえるのかと思ったのにだ。
公爵の魂胆はこれかな?くらいに思い至っていたのに。
女が殿方をふっとばすのだ。
お淑やかな貴婦人なんてとんでもない。
リアが大人しい貴婦人に戻ることなど不可能だとわかってもらえただろう。
でもなんでこんなにも慈愛に満ちた声をかけられるのか?
今日は思惑通りに行かなすぎて頭が上手く動かない。
『わ………わかりませんの。
いつも殿方との接触が長いと反射的に発作が………。
お医者様は『過去に殿方に怖い思い』をしたのではないかと。
ですから………。私ずっと『人身売買被害者』かと………?
公爵様………?あぁ………公爵様は?』
キョロキョロすると背後から公爵の笑い声がした。
「リア………君は本当に堪らないなあ。視力が朧気なのに『的確』に顎を砕いたよ?」
その声は面白がっていた。
いつものおちゃらけた公爵の声だった。
『まあ………?あぁ………ごめんなさい。ごめんなさい………。
公爵様』
リアの頬を温かいものが流れた。
(最悪だわ………。
ふりなら。最短で演技すれば大丈夫だと思ったのに。情けないわ。視力もなくて誰かの助けがないと生きられないのに。
公爵様が殴られるのを画策していたとしても。
三ヶ月も過ごした公爵様にもこんな簡単に発作が出るなんて………。)
「公爵は笑っているから大丈夫だよ」
「自業自得だろ?どうせフローリアとくっつきたくて画策したんだろ?」
「最低だぞ?フレディ―。
彼女が『色事』に疎いのはわかるだろ。
我等を追い払うにしてもだ。もう少しマシな嘘を考えろ」
リアの肩にふんわり何かがかけられた。
ルドルフの甘いスパイシーな匂いが薫った。
上着をかけられたらしい。
「リア嬢………。無理をさせました。
我等は今日のところは帰ります。
怖がらないでほしい。
我等は貴女を助け護りたいだけだ。
貴女の身の安全さえわかるならいいんだ。
願わくは………思い出してほしい気持ちが先行した。
前回の早急さですっかり信用を失いましたね?
すまない。謝罪します。レディーリア」
彼の声が震えている。
静かに染み入るようなのにその声の悲痛さが滲み出ていた。
「ですが。
貴女は自由だ。君を縛る気も君を搾取する気もない。
離縁も………。受け入れよう」
リアの頬の涙を優しくハンカチで拭われた。
「ルドルフッ…………。諦めるのか?
儂は赦さんぞ………。ハクアはどうなる?どう説明するんだ」
ビグトリ―も悲痛さを隠しもせず呟いた。
フランケル殿下のまたため息も聞こえた。
ただドラキュ―ル伯爵家の決定権はルドルフらしい。
それ以上異議を唱えるものはいなかった。
『本当ですか………?わあ………。
自由にしてくださるの?ありがとうございます!』
リアは涙が吹っ飛んだ。
会談自体はリアの思惑通りにはいかなかったけれど『成果』は思い通りになったのだ。
『ルドルフ様………。ありがとうございます。
こんな………。至らぬ妻のことはお忘れになってくださいませ。
貴方様の親切は忘れませんわ………。
わたくしが『何者か』はわかりましたもの。
感謝いたします。
これからはお会いすることは御座いませんわ………。
どうか次の奥様が素敵な方なことを祈っています!』
ピリ。
空気が凍った。
(あれ?いま?)
さっきから望んでいたはずの空気を今肌に感じてリアは小首を傾げた。
空気が凍ったのに感じる視線の方に顔をあげる。
ルドルフの紅い髪が見えた。
その後ルビーに輝く瞳も。
その瞳が怒りと焦がれた焼き付く色で溶けていた。
「リア………。確認したいことがある」
『へ………?』
彼の熱い吐息が頬を掠った。
頬を優しく撫でられた。
まるでガラスを扱うようなのに有無を云わせぬ大きな手がリアを抱き上げた。
「嫌なら殴れ」
柔く柔く唇を食まれた。
『ふぁ………?』
ピリつく甘さに震えてため息をついたすきに、彼の舌は巧みにリアの唇のすきまに侵入した。
鼻から子犬が鳴くような声が抜けた。
分厚い舌がリアの小さな歯列をなぞると小さな舌を追いかけるように吸い付かれた。
『んあ………ふあ………?甘いッ…………んん………?』
息継ぎをしながら漏らした声ごと齧り付かれた。いつの間にか手を腰を優しく握り込まれ擦られた。
『ぁッ…………んあッ…………』
身体全体が熱くなり震えるから助けてほしくてリアはルドルフの襟元を引き寄せた。
途端ルドルフの舌の動きが大胆になった。
リアの舌を絡めるように吸うように捏ねる。
熱くて甘くてクラクラしたリアの手に力は入らなかった。
「んッ…………リアッ…………リア………」
甘い甘い声と共にルドルフの色っぽい呻きがリアの耳を犯した。その声を聞いたら駄目だった。
目の奥に星が瞬き出した。
(あれ………?怖くない?あれ?むしろ………?)
そこに考えが行き着いたら頭が視界が霞みだした。
『ふあッ…………』
ぷるぷる震えるうちにリアは意識を手放した。
名残惜しそうなリップ音と共にウットリしたような彼の声が降った。
「身体は覚えているみたいだ。………いい子だ」
微睡む意識の中で彼が嬉しそうに笑った気がした。
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