初心者アイドルモデラ―にプラモデルの作り方を教えていただけなのに、いつのまにか美少女な弟子が増えてるんですけど!?

夕日ゆうや

第1話 HG 1/144 ティックバラン

 この世でプラモデルよりも格好いいものはない。

 とは父が残した言葉だ。


「ば、ん……い、く」

 僕は手先を器用に動かしながらパーツ一つ一つを組み立てていく。

 その動きはまさに芸術的。

「ばん……いくん」

 排気口に六角形の噴出口。

 格好いいだろう? 僕も父さんみたいなトップモデラー、一番の造り手になるんだ。

万代ばんだいくん!!」

「え! な、なに?」

 僕は手元のプラモデルから意識を剥がし、目の前にいるスーパーアイドル天野あまの有花ゆうかが柔和な笑みを浮かべている。

 あどけなさを残した端正な顔に、肩口まで伸びた黒髪。茶色の瞳はくりくりとしていて小動物感がある。

 形の良い唇が目に入る。

 今はピンクのシャツに白のロングスカートを履き、プラモデルの箱に顔をうずめる。

 なぜ? プラモを?

「万代くんの作っているプラモって、<HG 1/144 ティックバラン>だよね?」

「うん。僕はこういった目立たないプラモも好きなんだ」

 ティックバランは〝ガンダム・水星の魔女〟に登場する乗り物だ。飛行機に近いかも。

「ふーん。わたしはね、プラモサウルス!」

 箱を見れば分かる。

 恐竜をモチーフにしたプラモデルで、骨格から作ることができ、あとで皮膚をはめ込むことができるプラモデルだ。

 けっこう勉強になるので、子どもに一度作らせたいと思うプラモデルの一つだ。

「でも、天野さんはプラモデル部員じゃないよね?」

「そうなの。仕事が忙しくて……」

 困ったように頬を掻く天野さん。

 仕事、何をしているのだろう?

 ふと頭をよぎるが、手はプラモデルに触れてしまう。

「わたしもプラモデル作るんだよね~」

「えっ!!」

 僕はふと指を止める。

 弟か父が作るのかと、勝手に思っていた。

「天野さんみたいな女の子がプラモデルを?」

「悪い?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「いいじゃない。プラモに年齢も性別も関係ない。そう言ってくれたのは万代くんだよ?」

 そんなこと言ったかな?

 でも、その考えは理解できる。

「まあ、そうだけど」

 困ったように笑みを浮かべると、天野さんも少し頬を緩める。

「じゃあ、隣で作っていい?」

 再びプラモの箱にうずめると、甘えた小さな声で呟く天野さん。

「う、うん……。いいよ」

 僕はドギマギしながら、鞄を下に降ろして隣の席を空ける。

「ありがと」

 ニヘラと笑う天野さんは愛らしく見えた。


 隣に座ると、さっそく鞄からニッパーを取り出す天野さん。

 しかし――。

「それ、百均の?」

「そう! 今は百円ショップでも売っているから便利だよねっ!」

「だとしたら、あまりオススメはできないかも」

「ん?」

「こっちのニッパー使ってみて」

 僕は鞄から古いニッパーを取り出す。

「これ?」

 天野さんは受け取ると訝しげな視線を向けてくる。

「アルティメットニッパー。通称アルニ。切れ味抜群で、それよりも楽々に作業できるよ。あげる」

「そうなんだ。でもお高いんでしょう?」

 どこかの通販サイトのような口調をおどけて言う天野さん。

 彼女に嘘は言いたくない。

「高いね。三千円くらいする」

「そ、そんなに高価なもの。ダメだよ」

「いいんだ。僕のお古だから」

 僕は今の新品のニッパーを持ち上げる。

「うーん。でも……」

 躊躇うように天野さんが困っている。

「ニッパーも天野さんみたいな可愛い子に使ってもらえる方が喜ぶよ」

「か、か……!!」

 顔が赤くなったけど、どうしたのだろう?

「うん。ありがとう」

 しおらしくなった。

 どうしたのだろう?

 プラモの表面処理を行う僕。

「あ。こんなに細かいんだ」

 プラモの箱を開ける天野さん。

「最近のプラモデルは接着剤も使わないのが主流になっているからね。パチ組でも完成度高いし」

 うんうんと頷く僕。

「そうなんだ。もっと色々と教えて、ね?」

 色々ってなんだろう?

 でも。

「いいよ。僕も友だちが増えるの、嬉しいし」

 表面処理を終えると、ヤスリで整えていく。

「え。そんなことしたら、傷つかない?」

「うん。ヤスリの細かいので整えるから大丈夫」

 ヤスリの数字が大きいほど細かい。

 800番から1000番、そして3000番。最後にコンパウンドを使う僕。

 すると表面にあった小さな傷やゲート跡が完全に消えていた。

「それ、どうするの?」

 天野さんは身体を近づけて、ティックバランの作り込みに目を見張る。

 すでにパテとモールドの追加、そしてプラ板によるディテールアップをしていたから、ティックバランは僕専用機になっていた。

「これからサフ吹いて、塗装、そして墨入れとクリアコートだね」

「むむむ。何言っているのか、分からないよ!」

「ええっと。初心者はまずパチ組からでいいと思うよ。うん」

 頭を悩ませる天野さん。

 そんなに悩むこと、言ったかな?

「まずは説明書通りに組んでみて」

「うん。分かった」

 天野さんから甘い香りがしたけど、香水なのかな。

「それにしても天野さんがプラモデルって意外だね」

 高嶺の花で有名な天野さんだもの。

「そう? わたし、これでも多趣味なの」

「うん。みたいだね」

 スポーツ万能。成績優秀。おまけに家事もできると聞く。

 一点の曇りもない、その眼でプラモデルを作る姿はまさに女神。

 ミルキーウェイの女神。

 彼女にこそ、ふさわしいあだ名かもしれない。

 女子からも、男子からも人気の高い彼女。

 僕もそれに納得してしまうほど、彼女は魅力的だ。


「そうだ。これはナイショなんだけど」

 僕の耳に心地良いソプラノボイスが届く。

「うん?」

 秘密の話なんて僕にしていいのだろうか?

「わたし、アイドルになるっ!」

「あ、あいどる?」

「うん。プラモデルのアンバサダー」

 少し息を整えて天野さんは言葉をつむぐ。

「プラモドールプロジェクト」

 プラモどーる?

 聞き覚えのない話だ。

 でも彼女は真剣な顔で真っ直ぐに見つめてくる。

 嘘でも冗談でもないらしい。

 天野さんなら確かにアイドルでも不思議ではないけど。

「わたしに惚れてもいいんだからねっ♪」

 人差し指を唇に当てて部室を出ていこうとする天野さん。

「ん。待って」

「?」

「プラモサウルス、持ち帰らないと」

「あっ」

 天野さんはショックを受けたように顔色を変える。

 格好良くこの場を離れられたと思ったのだろう。

 僕は手元にあるプラモを天野さんに手渡す。

「じゃあ、次はステージで会いましょう」

 彼女、ちょっとポンコツなのかもしれない。

 そんなところも魅力的だけどね。

 僕はそう思うとティックバランの最終調整を行う。

 やはりプラモはいい。

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初心者アイドルモデラ―にプラモデルの作り方を教えていただけなのに、いつのまにか美少女な弟子が増えてるんですけど!? 夕日ゆうや @PT03wing

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