第28話 HG 1/144 サザビー
「さ。そろそろお昼だ」
部長がそう言い、伊織を呼ぶ。
天野さんはアイドルとしての活動があるらしい。
寂しいが仕方ない。
仕事だもの。
今はステージ上でプラモデルを組み上げている。
あれもパフォーマンスなのだろう。
大変そうだ。
組み上げているのはキュリオス(クリアカラー)に見える。
「万代も食事だ」
「……うん」
「元気ないな~」
部長は苦笑いを浮かべる。
伊織とは全然目が合わない。
やっぱり気にしているのだろう。
天才か……。
そう思われていたのは意外だった。
物心ついた頃にはプラモデルを作っていたからな。
努力の結果だと僕は思っていたけど。
気まずい空気を感じつつも、先生が買ってきたお弁当を広げる。
「伊織ちゃんのプラモデル、人気あるよ~」
部長はからからと笑いながら唐揚げをつまむ。
「そう。自覚はないけど」
「いやいや、あれだけ作れたら充分すごいって!」
僕も見たけどあの作りこみはすごかった。
まるでサザビーがそのまま飛び出してきたのかと思った。
迫力があるし、落ち着いたトーンも良い。
そして、何よりも説得力がある。
各部ハッチや配電機器、バーニアの稼働。
どれをとってもすごくかっこよくて、エッチだった。
ガンプラ界ではときおりガンプラのエッチな姿を見ることができる。
例えば、フレーム剥き出しの脚部。エッチだろう?
バンダイのプラモデルが変態技術と言われているのも納得できてしまえる。
それほどまでにガンプラに欲求をぶつけてしまう。それがガンプラモデラーのさがなのだ。
でも僕が伊織の作品を褒めてもまた傷つけるだけだ。
僕としては伊織は才能があると思っていただけにショックも大きい。
「まあ、民也のガンプラには負けるよ」
「それはそう」
伊織も部長もうなずく。
「やめてくれ」
自分の存在が誰かを傷つけているなんて、想像もしなかった。
僕は教室の片隅でひっそりと生きていただけなのに。
そうでありたいのに。
僕は。
お弁当を食べ終える頃には会場中央の台でコネクトプラスのライブが始まる。
目にも鮮やかな衣装に身を包んで踊る、歌う。
すごく切れがある。
最高のパフォーマンスで踊っているように見えた。
僕には眩しすぎる。
つい視線をそらす。
僕は本当に弱いな。
天野さんのキラキラ輝く笑顔はかわいい。あと石田さんも。
まったく。こんな気持ちになるなんてな。
僕はブースから離れ、他の高校の作品を見て回る。
「こ、これは……!」
僕が見つけた恐ろしいプラモデル。
ベルティゴだ。
ちゃんとビットもある。
ガンダムXのニュータイプ専用機。
「どうやってここまでの完成度を出したの!?」
「ふふふ。我ら三馬鹿。すべてフルスクラッチさ!!」
「馬鹿な。これだけの情報量をひとりで……」
「そうさ」
「わいら」
「三馬鹿!」
本当に馬鹿だ。
これだけの情報量を最初から最後まで作り終えるなんて。
「資料から作ったんだ」
「うん。アニメから飛び出したみたいだね」
そんなこんなでブースを回り、僕は休憩のため、自分のブースに戻る。
すると天野さんが私服姿で座っていた。
「……おかえり」
「ただいま」
妙な間があったけど、警戒されている?
ごくりと生唾を飲み下す。
言いたいことがある。
でも緊張して言葉が出てこない。
どうしよう。
焦りが見えてくる。
「あの……」
やっと出てきた言葉はまくらことばだった。
と、
「キャァア!」
悲鳴が響く。
僕のブースに誰かがぶつかり机が壊れたのだ。
斜めに机が傾き、プラモデルが流れていく。
自由落下で落ちていく。
「待って!」
つい僕は叫ぶ。
ガシャン。
バキ。
嫌な音が耳朶を打つ。
「ああ……」
僕は顔から血の気が引いていく。
「そんな」
天野さんも口元を覆う。
「壊れた……」
伊織までもが動揺している。
悲嘆にくれる僕たち。
天野さんのオリジナルカラーのエールストライクガンダム。
伊織のサザビー。
僕のファーストガンダム+アクセルストライカーがその機体を壊してしまう。
「せ、接着剤だ!」
僕は慌てて工具箱から接着剤を取り出す。
エールストライクのバックパックは破損している。あと僕のガンダム本体も。
翼が折れ、腕が壊れる。
どうしよう。
まだ審査員は来ていない。
数名の高校生がきただけで、その終わりを迎えた僕らのガンプラ。
ショックが大きすぎて言葉を失う。
「ご、ごめんなさい」
破損させた女性は深く頭を下げる。
「怪我はない?」
伊織は冷静に聞き返す。
「大丈夫です」
「念のため救護室に行こう」
「でもプラモデルが……」
「大丈夫、ね? 民也」
「……うん」
伊織に言われてしまった。
こりゃやるしかないな。
幸いにもサザビーはアンテナが破損しただけだ。接着剤でつければ、なんとかなる。
でも流しこみタイプのリモネン系じゃダメだ。
シンナー系のセメントタイプじゃないと。
「あの匂い……」
あいつならその接着剤を持っている。
確信した僕は彼の元に向かう。
「レイジ!」
「は。テメーなにしにきやがった」
僕だってプライドはある。
最恐のモデラーレイジに頼みごとをするなんてごめんだ。
でもそんなことを言っている場合じゃない。
これは伊織のためだ。
あのディテールアップしたサザビーを完璧な状態で世にだしたい。
ちゃんと評価してもらいたい。
こんな些細なことですべてを台無しにするなんて許せない。
許さない。
だから――。
「頼む。接着剤を貸してくれ。なんでもするから」
「……そこまで言うならしかたねーな」
苛立ったように頭をガシガシと掻くレイジ。
「ほらよ。受け取りな」
「ありがとう」
すぐに自分のブースに戻る。
サザビーのアンテナをピンセットで丁寧に接着する。
これで復元できた。
接着剤が乾くのは時間がかかる。
このタイプだと三日だ。
だが動かさなければ自立できる。
机の上に置くなら問題ない。
玉のように浮かんだ汗をハンカチでぬぐう。
「万代くん」
天野さんが回収したガンプラは悲惨だった。
エールストライクのバックパックは主翼が折れ、塗装が剥がれている。
「大丈夫。ストライクだけで展示しよう」
そういってストライクガンダムにアーマーシュナイダーを持たせる。
「このナイフは?」
「アニメ機動戦士ガンダムSEEDでキラ・ヤマトが使った必殺武器。これならバックパックがなくても、いやないからこそ映える」
「うん。ありがとう」
ちらりと僕のガンプラを一瞥する天野さん。
腕がもげひび割れたファーストガンダム。
これはもう無理かな。
両腕だし。
ラストシューティングも再現できないや。
「万代くん……」
「うん。僕のは気にしないで。ホント大丈夫だから」
「万代くんなら直せるでしょ?」
無言で返す僕。
「嘘でしょ? 嘘だって言ってよ!」
「天野ちゃん!」
それまで黙っていた部長が声を荒げる。
「無理だよ、あれは……」
悲しげに目をふせる。
「せめて壊れたのがバックパックなら、ミーティアストライカーに差し替えることができたのに……」
部長がそう言うと天野さんが考えこむ。
「まあ、僕の日頃の行いのせいかな。僕はバカだから……」
そう教室の端にいた僕はみんなから距離をおいていた。
「正直、みんなのこと馬鹿にしていたんだと思う。僕の方がすごいんだぞ! って」
僕は壊れたガンプラを触る。
「本当にバカだった」
このファーストガンダムは、本来ストライクガンダムで挑むつもりだった。
でも天野さんがオリジナルカラーのストライクガンダムを作っていたから急遽変更した。
同じストライクガンダムが並んでいたら変だもの。
ガンプラはこれしか持ってきていないし。
あーあ。せっかくのコンテストなのに。
これだけじゃレギュレーションにすら引っ掛からないかもしれない。
レイジとの約束も負けてしまう。
「独立して戦闘機になるから大丈夫」
なにも大丈夫じゃない。
こんなのは誤魔化しだ。
「あるよ。解決する方法が」
天野さんにはなにかアイディアがあるらしい。
藁にもすがる思いだった。
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