第3話 EG 1/144 ガンダム

「じゃあ、僕はプラモ部に行くね」

「待ってよ」

 天野さんが僕の袖を引く。

 ドキッとするような行動に目を見張る。

「わわ、ごめんなさい」

 慌てふためく天野さん。

「……私もいいかい?」

「伊織まで、どうしたのさ?」

「わたし」

「私は」

「「プラモ部に入りたい」」

 二人の鼓動が重なる。いや声か。

「「むっ!」」

 二人して牽制する。

「あー。プラモデルコンテストだけど、争うことが目的じゃないからね?」

 僕はなだめるように言う。

「「それじゃない!!」」

 いや、そんな息ぴったりで言われても。

「なによ」「真似するな」

「「ふんっ!」」

 二人してそっぽを向く。

 案外、二人とも仲良いのではないか?

 でもその割りには本気っぽいし。

「うーん」

「万代くんを悩ませるなんて酷い女」

「そういう天野も、でしょう?」

「ふたりとも喧嘩は止めて」

 二人の声を聞いて僕は顔をふにゃふにゃにする。

「万代くんがそう言うなら……」

「ふーん。そうやって男の尻尾にふられるのね。あ・ま・の・さ・ん」

「何よ。わたしは万代くんだから、よ」

「それもどうだか」

 むっとする天野さん。

 まあ、これだけ言われたらそうなるよね。

「天野さんは学園アイドルだよ」

「そう。だから? 余計に男あさりをしてそうだけど?」

 きっぱりと言うなー。

 まあ、このウラオモテない感じが伊織のいいところでもあるのだけど。

「それはこれから付き合ってみてからじゃない?」

「つつつき……!」

 頬をまっ赤にして顔を覆う天野さん。

「……それもそうみたいね」

 なぜかすんなり納得した伊織。

「この様子だと処女みたいだし」

「しょっ!」

「女の子がそんなこと言わない」

 僕は伊織のこういったところが苦手だ。

 女の子らしく振る舞えばもっと可愛いのに。

「ま、ここで話していてもしょうがない」

「そうだね。プラモデル部に行こうか? 二人とも入部希望でいいんだね?」

「はい!」

「うん。行こう」

 二人が二つ返事をしてついてくる。

 アイドルな天野さんも、ボーイッシュな伊織も、人目を引くので陰キャな僕は汗水垂らしながら、部室へ向かうことになる。

 人の奇異な視線が僕に集まっていたのをなんとなく感じている。

 ニュータイプってわけじゃないけどね。

 部室にたどりつく頃には僕は干からびそうになっていた。

 視線、怖い。

 トントンとノックをし、ドアを開ける。

「おうおう。あんたら何やっているんだよっ!!」

 部長が部員に対して怒鳴り散らしていた。

 バンッとドアを閉める僕。

「普段は穏やかな人なんだよ~?」

 ここで部員を失うのは非情に困る。

 だって部員が増えれば、部費も増えるから。

「ぶちょー。終わりましたか?」

 僕は扉の向こうに投げかける。

「おう。終わったぞ」

「失礼しまーす」

 僕は怖ず怖ずと扉から顔を覗かせる。

 部員も部長も大人しく正座している。

 良かった。大丈夫そう。

「入って」

 僕が促すと天野さんと伊織も小さく声を上げてはいる。

「失礼します」

「見学かな? 三年の羅藻らもだ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 二人の挨拶がすむと、部長はニヤリと口の端を歪め、全身をなめ回すように見つめる。

「いいね。美プラは作るかい?」

「え? 美プラ?」

 聞いたこともない、と言った顔で応じる天野さん。

「美少女プラモデル! それが美プラ!! 最高のエンターティメント!!」

 滑舌良くしゃべるが、格好良くはない。

 ちなみに何を言っているのか、よく分かっていない僕である。

「女の子が部長なんだ……」

 天野さんは不安そうな顔を浮かべる。

「天野さん、大丈夫。普段は穏やかな人だから」

「ええっと。ありがとう」

 ん。部長のことが怖いと思ったのではないのか?

 なら何をそんなに不安がる。

「あ。プラモデルを作るのは絶対じゃなくて。人によっては完成されたプラモデルを眺めて、『俺の嫁になってくれ』『はーん。最高だぜ』って感想を言うだけでも活動になるから安心して」

 そう。部長が不安ではないのなら、活動内容が問題なのだ。

「それはそれで心配になるのだけど」

 あれー。なんでそうなるのだ。

「それで、部長はなんで揉めていたのさ」

 僕は部長に詰め寄る。

「いやー。沖田おきたくんがこれをプラモデルと言い張るんだよ」

 そこには砂色のようなガンダムがある。

「あ。これってクラシックカラーのEGガンダムじゃないか」

「知っているのかい? 万代クン」

「ランナーの一部に卵の殻を配合した環境に優しい新素材を使ったエコプラの一種ですよ」

 部長は冷や汗を垂らし、沖田くんに向き直る。

「すまなかった。プラモデルなんだね」

「分かってもらえればそれで」

 優しすぎるぞ、沖田くん。

「へー。こういったプラモデルもあるのね」

 感心したように天野さんがエコプラに視線を落とす。

 くすんだ生成り色のガンダム。

「でも、なんだか……悲しそう」

 天野さんがそう呟く。

 造りが粗いけど、それを感覚で理解しているのかもしれない。

 その才能に身震いを覚える。

 僕だって、たくさん見て聞いて、作って。そうしてやっと見極めるを養ったというのに。

「ふーん。民也もそんな顔するんだね」

 伊織が物珍しそうな顔で僕を見てくる。

「どんな顔?」

「しっと、いえなんでもないわ」

 かぶりを振って、展示してあるガンプラに目を向ける。

「それは僕が作ったガンダムだよ」

「ふーん。格好いいね」

「ファーストガンダムが至高という人も多いけど、僕は違うかな。歴史を積み重ねてきたからこそ、今のガンダムも輝いて見えるのだと思う」

 やってしまった。

 好きなことに熱くなるのは僕の悪いクセだ。

 それに。

「はぁぁぁ? あんたバカァ? ガンダムはファーストが至高でしょう?」

 部長は原理主義だった。

「ファーストのあの完璧な終わりがなければ、今のガンダムブランドはなかった。最初にして最高のガンダムよ」

「むっ。それを言うならゼータはどうなのさ。あのカミーユが見た光は部長だって、理解しているはず」

「うるさい! あれは何かの間違いよ!」

 面倒くさい奴だ。

「あのー」

 申し訳なさそうに間に入ってくる天野さん。

「ファーストってなんです?」

「え!?」

 部長が卒倒する。

「あー。一番最初のガンダム。機動戦士ガンダムのことだよ。そのあとのガンダムはゼータとかSEEDシードとか、Vガンとかがあるよ」

「色々あるからね。分かりやすく一番、つまりファーストと呼称するのさ」

 伊織はそう言うと壁から背を離し、僕に入部届けを見せる。

「うん。ありがとう」

「待って。わたしも書く」

 天野さんも勢いよく入部届けを出す。

 のろりと立ち上がる部長。

「おお。新入部員か。いいだろう」

 部長はそのまま入部届けを受理する。

「まずはファーストをみろ」

「私はパス。見たことあるからね。あと、私の好きなガンダムはGガンよ」

 伊織はそう告げると、積みプラから目星をつける。

「ここにあるの、作ってもいいのかい?」

「うん。でも先生のハンコももらってからね」

「いけず~」

「わー。こんなにたくさんのガンプラがあるんだね♪」

 天野さんが嬉しそうに積みプラを眺める。

 積みプラはざっと三十はある。

「ほとんど万代が作っているんだがな」

 部長は険しい顔をする。

「部費だっていくらでもあるわけじゃないんだぞ?」

 部長が咎めるように僕を見てくる。

「……だからこうして僕も自腹を切っているんじゃないか」

 そう言ってRGウイングガンダムを取り出す。

「またアナザーか……趣味悪いよ」

「それこそ僕の勝手じゃない?」

 苛立ちを見せる部長。

 僕はアナザーセンチュリーも好きなんだよね。

 ファーストから地続きになっている宇宙世紀ユニバーサル・センチュリー以外もけっこう面白いのだ。

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