第4話 HG1 /144 ターンエーガンダム
「先生のハンコもらったよ! ガンプラ作ろ!」
天野さんはテンション高く、顔を近づけてくる。
「うん。いいよ」
「ち、近い……」
「どうしたの?」
「ええっと」
距離感近いな。10cmくらいで顔を見ているとその可愛さに驚く。
「ガンプラ、どれがいいかな?」
「好きな
「うーん。タンエーガンダムかな」
僕は積みプラの中からHG1 /144 ターンエーガンダムを手にする。
「わわ! ちゃんとあるのね!!」
「そうだよ。主人公機はけっこう出ているからね」
天野さんはワクワクした顔で箱を開けようとする。
「開けるときはこう言うんだよ」
僕は箱を手にして。
「ご開帳――――っ!」
上に開ける。
「うん。分かった!」
「でもこれをやっているの僕くらいだけど」
「ふふ」
嬉しそうに笑いながら、プラモデルの枠組であるランナーを取り出す。
「この周りにある枠がランナー。組み立てに必要なものがパーツ。そしてランナーとパーツの間がゲートって言うんだ」
「さすが万代くん!!」
天野さんは手を合わせて微笑む。
「あんたさー。自分で勉強する気はないわけ?」
後ろの席でプラモデルを触っていた伊織が冷たい視線を向けてくる。
「むぅ。いいじゃない。万代くん優しいもの」
「……ずるい」
伊織は唇を尖らせ、自分のプラモへと視線を向ける。
「ねぇねぇ。教えてよ、万代くん」
「うん。でも、伊織もこっちで作業しない?」
「いいのかい?」
不安そうに揺れる紫紺の瞳。
「うん。もちろんだよ」
「ありがと。本当、優しい……」
うっとりとした声で僕の隣に来る伊織。
「むっ。万代くんは誰が好きかな!!」
「え。難しいね」
天野さんだけでなく伊織もそわそわする。
まあ、そうだよね。
好きな人を言うのって勇気いるし。
「僕は……、バナージかな」
解釈違いはよくある話だし。
「「違う!!」」
天野さんと伊織が声をそろえて言う。
「いえ。そこはアムロでしょう?」
「部長は黙っていてくれる?」
「ぶー」
ブタにでもなったのかな。まあ声ブタだもの。しかたないか。
「うーん。パーツが白くなる」
よく見ると天野さんが組み立てているガンプラのパーツが白くなっている。ゲートとパーツがつながっていた部分だ。
「あ。そういった場合は二度切りがいいよ」
「にどぎり? 二回切るってこと?」
「そう。まずはランナーとゲートの間を切って」
パチン。
「そうそう。次にゲートとパーツを切り離す。このとき、ゲートが飛ぶから下に向けて」
パチン。
「これでいいの?」
「うん。うまいうまい」
ニコッと微笑む天野さん。
「初心者ってだけで甘いね、民也」
「え? そう?」
伊織の以外な言葉に僕は首をひねる。
「あ。ゲート跡はこのスポンジヤスリを使うとけっこういい感じだよ」
「え。じゃあ、使う」
天野さんも嬉しそうにプラモを作るなー。
「ほら。天野さんは頑張っているから」
「ふーん」
不満そうに唇を尖らせる伊織。
パチパチとプラモデルをくみ上げる音だけが鳴り響く。
この音がなんともいえない快感を教えてくれる。
僕はやっぱりプラモデルが好きなんだ。
ディテールアップのため筋彫りを始める僕。
「それ、何やっているの?」
天野さんが興味津々といった様子で僕の手元を覗き込んでくる。
針のようなもので、四角く縁取りをしているのだ。
「これはハッチとかを意識してガンプラの装甲に改造しているんだ」
「そうなんだ! わたしもやってみたい」
「え。でも……」
「初心者には無理だよ」
隣から伊織が口を挟む。
「むー。なんでそんなこと言うの?」
「あんた、手元が危なかっしいだよ」
「伊織ちゃんのバカ」
「そういうのはいいから」
伊織の方が大人なのだろう。
いなすのがうまい。
あるいは聞き流すのがうまいというべきか。
「まずはタンエーを完成させようか?」
「うん。分かった」
素直な天野さんは手元の作業に戻る。
なんでか、伊織には噛みついたけど。
その手先はちょっとおぼつかないものの、経験を積み重ねれば確実にうまくなる予感がした。
彼女はもうすっかりモデラーなのかもしれない。
そんなことを思いながら静かな放課後を過ごす。
「
そう言ってタンエーを飾る天野さん。
「うん。よくできているね。初心者にしてはかなりうまいよ」
僕は様々な角度からタンエーを楽しむ。
まあ、でもちょっとゲート跡が気になるかな。
「うん。ありがとう」
はにかむ天野さんの笑顔は爆発的だった。
「伊織ちゃんはどう?」
「えっ。まあ、いいんじゃない」
いきなり話を振られて面食らったのか、伊織は顔を沈める。
そもそもこの二人なんで気まずそうにしているのか、僕には分からないんだよね。
でも天野さんの陽キャパワーが、どちらかと言えば陰な伊織を引っ張っていってくれる。そんな気がした。
僕たちは帰路につく。
「ちょっとコンビニよっていい?」
伊織がそう訊ねると、天野さんもうなずく。
「わたしも寄りたい」
「そっか。じゃあ、僕も」
僕は春風を浴びながら、コンビニに駆け寄る。
伊織は唐揚げさんを頼み、天野さんはアイスを買う。
僕は何にしよう?
焼き鳥かー。これにしよう。
思い思いの買い食いをする僕たち。
なんだか、最高にアオハルしている気がする。
「どうしたの? 万代くん」
「え」
「にやにやしているよ」
二人に指摘されて初めて気がつく。
「いや、青春みたいで嬉しいなーって」
頬を掻いて誤魔化す僕。
「民也らしいね。そんなこと考えたこともなかった」
にへらと笑う伊織。
「うん。そうだね。あっ、マネージャーから電話だ。ごめん」
「あー。こうして見ると天野さんってやっぱりアイドルなんだね」
「そうね。可愛いし、仕方ないけど……」
苦痛で顔を歪める伊織。
「何言っているのさ。伊織だって充分かわいいじゃない」
「え……!」
息を呑むように発する声。
「うん。かわいいかわいい」
「……馬鹿にしているでしょ?」
「そんなことないって」
「もう」
先ほどまで唇を尖らせていた伊織はクスッと笑うと、表情を緩める。
唐揚げを一つ頬張る。
おいしそう……。
「ん? いる?」
伊織が唐揚げを一個、つまようじに刺し、こちらに向けてくる。
「ええっと。いいの?」
「いいよ。今日はお世話になったし」
「でも伊織はほとんど何も手伝わなくてもできたじゃない」
「いいから、食え」
「はい」
僕は口を開けてパクッと食べる。
「間接、キッスだね」
伊織がそんなことを呟くものだから、唐揚げの味はよく分からなかった。
「それ」
伊織は僕の持っていた焼き鳥のネギを奪う。
「あー!」
「等価交換ってやつだよ、キミ」
「あー!!」
伊織が自慢げに言っていると、それを目撃した天野さんが頬を膨らませる。
「二人でイチャイチャしているっ!」
「そ、そんなことないよ! なあ、伊織?」
「どうかな~♪」
伊織はちろっと舌を出して、おちょくってくる。
「か ん せ つ」
「あー。言うな!!」
恥ずかしさから、僕は止めにはいる。
「関節? 関節が痛いの? インフルエンザ?」
困ったように眉根を寄せる天野さん。
まるで分かっていなくて、安心したけど。
「心配しなくても大丈夫。健康そのものだから」
「民也は健康が良いのが唯一の取り柄だものね」
くすくすと上品に笑う伊織。
「まったくだよ」
「かな? 万代くんはすごくいいものを持っている気がするけどね」
天野さんの言葉に身体が熱くなるのを感じた。
そんなに褒めてくれるなんて。予想外だった。
嬉しい。
嬉しいけど、なんでこんなにも落ち着かない気持ちになるんだろう?
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