第5話 HG1/144ユニコーンガンダム(デストロイモード)

「さっきの電話は大丈夫だった?」

「うん。二か月後にあるプラモデルコンテスト。それに参加するんだって」

 天野さんは苦笑いを浮かべる。

「え。初心者が二か月で!?」

「ね。びっくりなの」

 天野さんにはプロのサポートが必要な気がする。

 だからアマチュアな僕ではダメなんだ。

 でも彼女が一人でコンテストに勝ち残れるわけがない。

 しかも仕事としての活躍。

「なあ、民也」

「……うん。そうだね」

 クエスチョンマークを浮かべる天野さん。

「僕が手伝うよ。プラモデル一緒にやろう」

「……本当!? ありがとう」

 嬉しさを噛みしめるように顔を緩める天野さん。

「それと、ね。その日、ライブがあるの。CDも発売するんだって!」

 ここまでテンションの高い天野さんは初めてみた。

 僕は何度か瞬きをすると彼女の頭を撫でる。

「うん。そう。頑張って」

 ぽっと赤くなる天野さん。

 その姿もかわいらしくてクスッと笑みが漏れる。

「ちょっと。民也」

 伊織が怒ったように僕の手を払いのける。

「あ。ごめん。子ども扱いして」

「い、いえ……むしろ、もっと……」

 すごく不服そうに呟く天野さん。

 そんなにいやだったのか……。

「ううん。もう……」

 天野さんは身体をくねらせ、頬を染める。

 なんだってんだ。

「私にも……」

 伊織がもじもじとしながら言う。

 どういう意味だろう?

 首をひねっていると、天野さんが小さく呟く。

「ライブ、成功させたいなー」

「どうしたら成功なの?」

「ん。来場者数五千人かな」

 アイドルについて詳しくないけど、五千人ってそんなに大きいのかな?

「あんた。それ無理じゃない?」

 伊織が歯に着せぬ声を上げる。

「ははー。やっぱり無理そうだよね……」

「そんなに厳しいの?」

「そりゃそうよ。ぽっと出のアイドルがそう簡単に集客できるなら、みんなアイドルになるよ」

 伊織は苦い顔を向けてくる。

「うーん。そっか。じゃあ、SNSとか活用するんだね?」

「ん?」

「えと?」

「今の時代ならSNSでお客さんを呼ぶのがいいと思うけど?」

 僕の発言に訝しげな視線を送る女子ふたり。

「まあ、いいんじゃない」

「でもわたし、SNSやっていないよ。それに新人さんだから目立たないよ?」

「大丈夫。なんとかなる」

 僕は自分のSNSを開く。

「僕のプラモデル垢とつながろう」

「――甘美なひびき!?」

 なんだかテンションの上がる天野さん。

「じゃ、じゃあ、私も」

 なぜか伊織も静かな闘志を燃やしている。

「うん。そうしよう」

 すぐにアカウントを作り僕のアカウントと相互フォローする。

「え!? フォロワー9万人!?」

「うん。プラモデルの仲間たちだよ」

「さすがの民也も分からない人、多いじゃない?」

「え。そう? アカキさんと奈良坂さん、宇宙さん……」

 そのあとも名前を連ねると、さすがの伊織も微妙な顔をする。

「あんた、完全記憶能力でも持っているわけ?」

「ないでしょう」

「でも全員言えそう……」

 僕がペラペラと語っていると、伊織も天野さんも引きつった笑みを浮かべている。

「それから――」

「もういいよ」

 伊織が口を挟んでくる。

「と、とりあえず、アカウントの作成だね」

 仕切り直した顔で天野さんがスマホを取り出す。

 タップを繰り返し、登録を進めていく。

「伊織は?」

「え。あ、うん」

 二人のSNSのアカウントができあがると僕はさっそくフォローする。

 引用して「新人さんよろしく」とコメントをうつ。

 すると一気にその新人さんを囲う仲間たち。

「わわ。たくさんきた」

「ふーん。さすが民也だね」

 僕の頭をわしゃわしゃと掻き乱す伊織。

「これはお礼だよ」

「わわ、ずるい!」

「髪が乱れるって……」

 僕は伊織の手を払いのける。

「宇宙の法則も乱れるよ」

 くすくすと笑う伊織。

 こうしていると女の子って感じがするね。

 ちょっと可愛いかも……。

「はぁーい。スーパーアイドル・天野有花ゆうかなの~!!」

「「!?」」

 僕と伊織は小声で会話を始める。

「配信していない?」

「していると思うよ」

「大丈夫かな?」

「やらせてみよ」

「うん。そうだね」

 伊織との会話を終える頃には天野さんの配信は終わっていた。

「配信?」

「違うの。チックタックなの」

 チックタック。SNSの一つで動画と一緒にコメントを投稿できるアプリケーションだ。

「あー。若い世代ならそっちの方が盛り上がるか……」

 プラモばかりに集中していた僕にはない発想だった。

「伊織は?」

「ん。チックタックはいい。民也とつながれたし……」

「そう?」

「そうだよ」

 伊織は有名になりたいわけじゃないみたいだ。

「そういえば、気になっているプラモがあって」

 伊織がそう言ってスマホを操作する。

「これなんだけど……」

「あ。これはHGユニコーンガンダム(デストロイモード)だね。うん。可動域は少し狭いけど、格好はいいよ」

「そっか。じゃあ、買ってみる」

 伊織は嬉しそうにはにかみ、購入ボタンを押す。

「伊織もなんだか、張り切っているみたいだね」

「どうしてだろうね。自分でもわからない。わくわくするのよ」

「それはいいことだね。僕もガンプラを買うときも、作るときもワクワクする」

「そういうところだよ。キミの好きなところ」

 伊織はなんだか嬉しそうな顔でこちらを見つめてくる。

 好き。

 その言葉にどう応えていいか分からない。

 プラモ一筋で生きてきたから、そういうことには疎いのだ。

「あっ。いや……」

 伊織は慌てたように動揺する。

「好き、なんだ。僕のこと」

「う、うん」

 伊織は顔を赤らめて地に目を合わせる。

「少し、考えて……いい?」

 僕もドキドキしながら、返事を返す。

「うん。考えてくれると嬉しいよ」

「ありがとう」

「それはこっちのセリフだよ」

 伊織は苦笑を浮かべて歩き出す。

「あー。なにイチャイチャしているの?」

 天野さんがこちらに駆け寄り、声を荒げる。

「ご、ごめん」

「……イチャイチャは、してたの……」

 ショックを受けたようにのけぞる天野さん。

「ええと。……はい」

 まあ、いちゃいちゃと言われればそれまでだよね。

「むっ。抜け駆けなの。伊織ちゃん」

「ごめん。つい……」

 ふたりもなんだかんだ言って仲よさそうだものね。

「まあ、あの万代くんだもの。プラモデルと結婚するの」

 酷い。

 僕のことをどう思っているのか、よく分かっているみたい。だけど、そこまでじゃないよ?

「さすがにプラモデルとは……」

 額に浮かぶ脂汗を指で拭う。

「まあ、分かる」

「伊織!?」

「ほらね?」

 天野さんも胸を張ってどや顔を決める。

「うーん。なんだか僕のことを誤解しているような気もするけど……」

「でも、デートとかで、プラモの時間ができないと、不満になりそうなの」

 あー。そういったことも考えないとなのか。

「それは確かに。プラモをいじれないとストレスになりそう……」

「たみや~」

 泣きそうな声でこちらを見つめてくる伊織。

 それに幼馴染みということもあり、距離感が家族みたいに思えるんだよね。

 言えないけど、姉みたいな感じがする。

「ん。でも一緒にプラモデルを作ればいいじゃない?」

 伊織はすぐにおとがいに指を当てて名推理をする。

「おお。それなら僕もできそうだ」

「ええ~。ずるいの!」

 アイドル天野さんはそんなことを言う。

 ずるいってなにが?

「鈍感だと思っていたのに……!」

「馬鹿にされたのかな? 僕」

「まあ、頼りないところあるからよ」

 伊織は僕の頭をポンポンと叩く。

 なんだか子ども扱いされている気分だ。

 実際姉弟みたいな関係だけど。

 誕生日も一週間遅いし。

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