第10話 HG 1/144 ライジングフリーダムガンダム

「で? あのかわいい子は誰?」

「誰?」

 ジト目を向けてくる母さん。それに続く令美。

 父さんはじっと耐えている、ように見える。

「学校の友達だよ」

「じゃあ、あのマネージャーは誰?」

「誰だろうね? 僕も知らない」

 事実を言っているのにまるで疑いをやめない令美。

「まあ待て。プラモデル馬鹿の言うことだ。真実かもしれん」

「それはお父さんの方でしょ?」

「すまない……」

「何日も家を開けるからね」

 僕が発言すると令美の顔が鋭くなる。

「ごめんなさい」

 雰囲気に呑まれ謝る。

「付き人がもう会わないで、って言ってたじゃない」

「それは!」

 僕も真実はわからない。

「何かしたの?」

 母さんが警戒するかのように慎重に尋ねてくる。

「なにもしていないよ!」

「じゃあ、今日何をしていたのよ?」

「ガンダムの話をしていた」

「ほらな。やっぱりガンダム馬鹿だ」

「お父さん!」

 しぼむ父さん。

「合っているけどね」

 僕は困り、眉根を寄せる。

「本当になにもないのね?」

「母さん、なんでそんなに疑うんだよ」

 悲しくなってきた。

 なんでこんなに疑われなきゃいけないんだ。

「ごめん。でもね。女の子が男子の家に来るって危ないことなのよ」

「もういい」

 何もなかったのに、みんなひどい。

 僕は自室にこもる。

 作りかけの百式に触れる。

「お前も帰りたいんだね」

 ああ、このセリフはガンダムMk-Ⅱにか。

 百式を軽く組むと僕は伸びをする。

 最近のガンプラは素組みでも完成度が高く、あまりいじるところがない。

 配色を変える方法もあるけど、そこまでセンスがあるとは言えない。

 悪くいえばオリジナリティがない。

 良くいえば原作に忠実だ。

 でも、もしも僕に天野さんみたいな発想力があれば、何か変わるのかな。

「はぁ」

 ため息を吐く。

 また天野さんのことを考えてしまった。

 やましい気持ちがあること、母さんと令美にはバレているのかもしれない。

 師弟とでも言えば良かったのだろうか。

 マネージャーからはもう会わないように言われたし。

 もう放っておいてくれ。

 僕にだって考えがある。気持ちがある。心がある。

 コンコンとノックの音がなる。

「民也、ちょっといいか?」

「父さん、なにさ」

「その父さんはお前を信じている。だがな軽率な行動は自分も相手も傷つける。ゆっくり仲良くなれ」

「……分かった」

 父さんがどう解釈したのかはわからないが、少し軽くなった気がする。

 友達だもの。

 仲良くしたいじゃない。

「父さん、民也のこと信じているからな」

 それだけを言い残し去っていく、と思いきや

「おっと。BB01プラモコンテストin東京というプラモのコンテストで民也は名人として出ないか?」

「……いや、やめておくよ。人前は怖い」

「そういうと思ったよ。信じているからな」

 さてと。

「塗料の配合を考えてみようかな」

 天野さんには負けたくないもの。

 何色がいいだろう。

 塗料を机の上に並べる。

 見極めが必要だ。

 この中から百式に合った色を見つけるんだ。

「民也。ちょっといいかしら?」

「母さん、なに?」

 警戒心強めに返すと、複雑そうな顔を見せる。

「あなた、やっぱりあの子のこと好きなのね」

「……違うよ」

「そう。ならいいけど。でもプラモデルと一緒よ。優しく大胆になった人が勝つのよ」

「プラモデルに勝ち負けはないけどね。好きがあるだけ」

「同じことよ。それが言いたかっただけ」

 ドア越しの母さんは少しウキウキしていた。

「そろそろご飯よ」

「はい」

 小さく返すと塗料の蓋をし、ゴム手袋を外す。

 パーツの外れた百式は少し悲しげだ。


「いただきます」

 僕たちは夕食を食べ始める。

 もぐもぐと。

「なあ、父さんこんな静かな夕食久しぶりなんだけど」

「あら。お父さんはいつもいないじゃない」

 母さんの鋭い一撃に沈黙する父さん。

 父さんの言うことも一理あるけどね。

 ムードメーカーの令美が怖い顔でこちらを睨んでくる。

「母さん、このきんぴらごぼう美味しいね」

「あら、スーパーの白川さん喜ぶわ~」

「お惣菜かい!?」

 く。話題が、ない。

 いつもの令美ならすぐに会話が広がるというのに。

「民也は今なにを作っているんだ?」

 ナイスフォロー。父さん愛してるぅ!

「百式」

「百式はいいぞ。シンプルだがかっこいい」

「そういえば」

 令美が口を開いた!

「そういえば、あの子もνガン持ってた」

「プラモデルの作り方、教えているんだ」

「そうか。それで家に呼んだんだな」

 父さんはうんうんと得心いった顔をする。

「……ずるい」

「うん?」

「あたしもお兄ちゃんに作り方教えてもらうんだ!」

「ええっと」

 困ったな。

 令美はガンダムのアニメは見るけど、すごく不器用なんだよね。

 正直言うと不安。

 前、一緒に作った時は怪我ばかりしていたっけ。

 それが嫌でやめたのに。

「大丈夫?」

「うん」

 力強くうなずく令美。

「分かった」

 やる気になったんだ。

 これ以上、問い詰めることはしまい。

「ただし」

 その言葉にビクッとする。

「怪我しないでよね」

 僕が言い終えると、令美はポカーンとした顔を浮かべる。

「それだけ?」

「うん。他になにか?」

 かァァァと顔が赤くなる令美。

「お兄ちゃんのバカ、エッチ、ケダモノ!」

「待て待て! なにを想像したのさ!?」

「こらこら、落ち着きなさいって」

 母さんがなだめるが、令美は唇を尖らせている。

「なんだ、ガンプラなら父さんが教えてあげ……」

「お父さんは黙って」

「はい」

 黙っちゃたよ。

 可愛そうに。

 うちではパワーバランス的に父さんが一番下だものね。

 ちなみに令美が一番上である。

 強者の余裕を見せている。

「じゃあ食べ終わったら積みプラ見る?」

「うん!」

 勢いよくうなづく令美。

 可愛いけど、実妹だ。

 何も思うまい。

 おっぱいでかいな。中学生なのに。

 ガンプラで言うとフリーダムくらいかな?

 ゼータではないな。

「お兄ちゃんのエッチ……」

「あ、いや」

 胸を見ていたのバレていたか。

「こら。令美に変な目を向けるな」

 父さんが真剣な顔で睨んでくる。

 うむ。僕の立場は危ういな。


☆★☆


 食事を終えると令美を僕の部屋に招く。

「今、こんなにガンプラあるんだね」

 ちょっとテンション高めな令美。

 ワクワクどきどきしているのが伝わってくる。

「あ。ライジングフリーダムガンダム!」

「良キッドだね。かっこいいよ」

「うん。じゃあ作る」

「……大丈夫?」

「うん。教えてくれるんでしょ?」

「でも……」

 令美は漫画家だ。

 その指を傷つけてはいけない。

 不器用なクセに漫画だけは昔から上手だった。

 その才能が彼女にはある。

 僕の自慢の妹である。

「じゃあ、開けるね」

「いいよ」

「ご開帳~!」

 宝箱を開けてランナーを包んだ袋を見る。

「うっ……」

 たじろぐ令美。

「ここで挫けたら作れないよ」

「わ、分かっているもん!」

 おずおずと袋を開ける令美。

 手がプルプルと震えている。

「ランナーには英字と数字があるから気をつけて」

「うん」

「これ使っていいよ。アルニ」

「それ言っているの、お兄ちゃんだけだよ」

 じゃあ、みんなはアルティメットニッパーをどう略すんだ。

 恐る恐るニッパーを手にする令美。

 説明書とにらめっこしながらパーツを切り離す。

 パチン。

「切れた……」

 白銀の髪を揺らし、令美は目を潤ませる。

「切れたよ! お兄ちゃん!!」

「分かったから、パーツなくさないでね」

「え。あっ! あわわわ!」

 パーツを落としそうになる令美。

「ふう……」

「じゃあ続きを」

 僕はまるで手術中の医者のように注意深く見守る。

 パチン。

 パチン。

「いいぞ。うまい」

「えへへへ」

 嬉しそうに作る令美。

 良かった。

 プラモデルの良さが伝わっている。

 こんなに嬉しいことはない。

 でも。

「ん? あ。パーツ……」

「うん、そうだね。まずはB1を先に挟むんだね」

「どうしよう……」

「そんなときにはパーツセパレーターだよ!」

 僕は道具箱からパーツセパレーターを出す。板みたいな形状をしている。

「これを隙間に挟むんだ」

「すごい。楽にとれる」

 こうして今日もガンプラ弟子ができたとさ。

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