第9話 EG 1/144 νガンダム
「わぁあ。すごい!」
サン・ベースというプラモ屋に連れていくと、天野さんの目が輝いた。
「ガンプラ以外も充実しているの」
「そうだね。車や戦艦もあるよ」
悩ましげにプラモデルを見つめる天野さん。
「プラモデルのコンテスト、何で挑もうかな……」
「天野さんは初心者だからEGのνガンダムなんてどう?」
「逆襲のシャアの?」
「そう! バズーカとフィンファンネルはないけど、魅力たっぷりなプラモデルだよ」
「でもコンテストなら改造とか必要じゃない?」
コンテストであるがゆえに素組みは誰でも出来る。
「大丈夫。筋彫りと塗装でなんとかなる」
モールド、つまり飾りをつけてしまえばオリジナルの作品ができあがる。
「うん、やってみる」
顔つきが変わった。
よし。
「なら徹底的に教え込むからね」
「師匠。わたし、頑張ります!」
「そうと決まれば、道具も買おう」
道具はここでは売っていない。
再び駅前にいくと大型家電量販店に向かう。
「こんなに道具があるんだ!」
「初心者なら、スプレー塗装がいいかな」
「吹き付けるのじゃダメなの?」
「エアブラシは塗装の幅を広げるけど、手入れが大変なんだ。でもやりたいなら手伝うよ」
プラモデルは自由だ。
それゆえ、
「エアブラシやってみたい」
こんなにやる気になっているんだ。
止める理由はない。
「分かった。でも換気とマスクは忘れないでね」
「うん」
店内にあるエアブラシとコンプレサー、塗装ブース、塗料、マスキングテープを見る。
「あと筋彫りに必要なスジボリと、あとヤスリと……」
「うへ~。まだあるんだ」
天野さんは曖昧な笑みを浮かべてそばにかけよってくる。
「本格的に始めるならこのくらいはないと」
「モデラーってすごいんだね」
「そんなことないよ」
すごいわけではない。
ただ。
「ただプラモデルが好きなだけだよ。みんなそうだ。好きなように作る、それだけ」
嫉妬とか、お金儲けとか、そんなの全然関係ない。
ただ好きなものを好きなように作るだけ。
それでいいと思う。
可能性も、想像力も無限大だから。
「そっか。じゃあわたしも好きなように作るの」
「それがいいと思うよ」
「じゃあ紫色も買っちゃお!」
なんだか不安になる言葉が聞こえてきたけど……。
大丈夫だよね?
その後も僕と天野さんは買い物に熱中した。
「いっぱい買ったね」
「そうだね。消耗品もあるから、定期的に飼わないと」
「そうなの?」
「作っていれば分かるよ」
設備の整った僕の部屋に通す。
「ここが万代くんのお部屋なんだ~」
天野さんは目を輝かせている。
作業ブースと積みプラブースに別れている。
ちなみに積みプラとは積みあげているプラモデルのことだ。罪プラとも言い、眠ったままのプラモデルへの罪である。
「すごい」
ショーケースに収まったガンプラを見て感嘆の吐息をもらす天野さん。
「わたしもこのくらいうまくなれるかな?」
「なれるよ」
僕はそう思う。
努力は裏切らないと信じている。
世界一格好いいプラモデルを作るのだ。
「万代くんはカッコいいね」
「なんで?」
「えー、なんでも」
気になる言い方をするな。
「そろそろ作らない?」
「うん。そうだね」
νガンダムを作業ブースの机に乗せる。
「ご開帳!!」
箱を開けると色プラや白、グレーのランナーが顔を覗かせる。
「この段階で塗装する人もいるけど、どうする?」
「そうなんだ!」
「まずは塗ってみようか」
パーツがランナーについた状態で塗装するとランナー跡はどうしても、塗装できない。
でも今は塗装に慣れるところから始める。
「いいの?」
「まあ、今はやり方を覚えよう」
「はい!」
元気な声をあげる天野さん。
「これ使って」
僕はエアブラシやコンプレッサーを指差す。
「ありがと」
「でもまあ、まずは塗料の作成からかな」
空の容器を出し、塗料を並べる。
スティックやスポイトも用意する。
「自分で調合するならCMYKを意識して」
「CMYK ?」
「CMYKはシアン、マゼンタ、イエロー、キープレートで三色を組み合わせると暗くなるんだ」
色彩の話はちょっと美術の授業みたい。
「天野さんの好きな色に塗ってみようか」
「うん。わたしの色……」
塗料を手にする天野さん。
スティックで色を混ぜていく。
空の容器にその色を満たす。
「その色は?」
「わたしの大好きな色。パパとの想い出」
想い出。
懐かしむように、労るように、謝罪するように、塗料を混ぜる天野さん。
まるで誰かを探しているみたい。
今キミの瞳には何が映っているのだろう。
「できた」
失敗した塗料を押し退けて、その塗料はできあがった。
「いい色だね」
「うん。これを中心に、他の色も作るんだ」
「その色なら赤色が似合うんじゃない?」
「そうかも」
どこかで見た配色になるけど、王道というやつだな。
「でもあえて、この色かな」
天野さんが僕の想像を越えていく。
越えていく。
まるで才能の塊じゃないか。
落ち着いた色でシンプルにまとめあげている。
「それがキミのガンプラか」
「そう、わたしのガンプラ。わたしだけのガンプラ」
「じゃあ、後は明日、学校で」
「え!」
時計の針を見ると午後六時を回っている。
「やば、レッスンが!」
「何時?」
「五時半! あっ、着信が十件も」
「まずは電話しよ」
落ち着いた声で天野さんを見守る。
「うん」
電話をかける天野さん。
何度かやりとりを終えて、平謝りしている。
電話を終えると、天野さんは塗料を鞄にしまう。
「ガンプラ忘れているよ」
「ごめん。ありがとう」
νガンダムをしまうと、バタバタと階段をかけ降りる。
「ここで待っていていい?」
「迎えがくるってこと?」
「うん。GPS で場所知られているの」
「そこまで……」
アイドルって大変なんだな。
「僕はかまわないよ」
「ありがと」
言葉に詰まる僕。
ところで相談だったのだろうか?
「「あの……!」」
「どうぞどうぞ」
「いや天野さんから」
「ええっと。また、
ピンポーン。
「あ! 来たの!」
「え! 続きは!?」
「じゃあまたね! 愛してるぅ!」
すごく軽い愛を語り、玄関から飛び出す天野さん。
「いや、どういうことさ」
「失礼」
玄関から来たのは貞子のような人だった。
「わっ! ビックリした……」
「失礼。わたくし天野のマネージャーでして」
「とんだご無礼を」
「いえいえ。それよりも天野とは今後一切関わらないように!」
「!? どうして……」
自分でも驚くほどかすれた声が出る。
「失礼」
「あっ! いた! うちのマネージャーが変なこと言わなかった?」
「まあ」
「気にしなくていいからね! 絶対だからね!!」
マネージャーの背中を押しながらプリプリ怒る天野さん。
「うん」
一応、返事はしたけど……気にするよね。
そうだよね。
天野さん、アイドルだもの。
男の家に行ったらスキャンダルだ。
僕はそんなことを思いながら、リビングに向かう。
妹の不機嫌な顔を一瞥しサイダーを飲む。
ん? なんで不機嫌?
妹の
さあこの後なんと言ったでしょう?
「お兄ちゃんのケダモノ――――っ!!」
「どうしたんだ! 令美」
帰ってきた父が血相を変えてリビングに来る。
「お父さん、靴!」
「ああ。そうだな、いや母さん!」
「言いたいことは分かっているから」
ぐずぐずと泣きじゃくる令美。
どうしてこうなった。
僕は友達と遊んだだけなのに……。
父さんは完全に慌てているし。
母さんが冷静だから……足が震えている、だと……!?
僕はあと何回、天野さんと遊べるんだ。プラモデルは答えてくれない……。
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