第8話 HG 1/144 ガンダムヘビーアームズ
パスタの美味しいお店は二店舗ある。
駅ナカにある方に行くと、店員さんが丁寧に案内してくれる。
「並ばずにすんだね!」
「そうだね。神様の粋な計らいかな」
「神のみぞ知るということかな?」
僕は思わず微笑む。
つられて天野さんも微笑む。
「どれにしようかなー」
パスタにも色々な種類がある。
定番のミートソースに、子どもにも人気のクリームソース、ピリッと辛いペペロンチーノ、マイルドな味わいのカルボナーラ。
他にも魚介の風味広がるエビとアサリの海鮮パスタ、ブーム到来の冷製パスタ。
これだけあれば悩むのも無理はない。
が僕はすでに決めている。
「ふぇ。決まんないよ」
目を回している天野さん。
苦笑を浮かべて僕は尋ねる。
「今の気分は?」
「うーん。かわいいの」
「可愛い!?」
パスタに可愛さがあるというのか!?
僕はその言葉に衝撃を受ける。
「うーん。海鮮パスタにする。万代くんは?」
「僕はミートソースだね」
定番が美味しいお店はなんでも美味しい。
というのが、僕の理論だ。
「ふふ。かわいい」
「何が可愛いのか、さっぱりだ」
注文を済ませると話題は自然に学校の話になる。
「そしたら
「アリアスかな?」
「アリアス?」
こてっと小首を傾げる天野さん。
「ガンダム
「うん。まずは宇宙世紀からだって」
「ガンダム00もいいよ!」
「万代くんは好き嫌いないの?」
そう言われると僕にはあるのかな?
「どうだろうね。ガノタとしてはこだわり少ないけど」
「いいね。部長はすごいじゃない」
ガノタというのはガンダムオタクのことである。
部長は原作至上主義者で一番最初の「機動戦士ガンダム」しか愛せない、あるいは「宇宙世紀シリーズ」しか愛せないのだ。
「まあ、部長は極端だから」
苦笑を浮かべて頬を掻く。
「わたしはアナザーセンチュリーも好きなの~」
アナザーセンチュリーとは宇宙世紀以外の作品を指し示すシリーズのことである。
「ガンダムSEEDもいいの!」
「放送当時は色々と言われていたらしいけどね」
苦い顔を浮かべると、乾いた笑いをする天野さん。
そこに注文した冷製パスタとミートソースパスタが届く。
「わぁあ! 美味しそう!」
パアッと明るい顔になる天野さん。
食事一つでこんなに喜べるのすごいな。
「うん。おいしい」
ドクドクと心臓がうるさい。
なんでこうも心がざわつくのだろう。
僕の気持ちを掻き乱していく。
こんなのガンプラ以外にあるなんて……。
悶々とした感じを抱きながらミートソースを口に含む。
うん。うまい。
やっぱり定番が一番だ。
「ほっぺについているの」
身をのりだし紙ナプキンで僕の頬をふく。
「あ、天野さん?」
「うん? どうしたの?」
「いやなんでもない」
僕が意識しすぎているんだね。ごめん。
心の中で謝っておく。
「そう?」
気にした様子もなくパスタをくるくると巻く天野さん。
僕も目の前の敵に集中する。
でも、でもな!
気にするよね。
うん、顔を直視できない。
「どうしたの? 万代くん」
「なんでもないよ。ただちょっとね」
「変な万代くん」
明るい顔で言うと美味しそうに食べている。
こんな子とデートできたら、楽しいだろうなー。
うん。でーと?
「顔赤いよ?」
「な、なんでもない!」
意識してはダメだよね。
だって天野さんは相談があって来たのだから。
煩悩よ、立ち去れ。
「ちょっとトイレ」
「うよ。いってら~」
ふるふると小さく手を振る天野さん。
トイレに入ると、HGヘビーアームズのミサイルの数を数える。
……28、29、30。
うん。落ち着いてきた。
顔と手を洗い少し髪を整える。
そろそろ相談してくるだろうし、ちゃんとしないと!
それにしても。
「相談ってなんだろう?」
僕が席に戻る。
「お帰り」
「~~」
新婚だったら言われてみたい言葉、第四位!
「うん」
「そういえば……」
お! やっと相談だね。
分かっている。分かっている。
オーケーオーケー。
「ガンダムで好きなキャラってだれ?」
「んん!?」
相談ちゃうんかい!?
「わたしはブライトさんだな~」
「さては閃光のハサウェイを読んでいないな」
あれを読んだら伝説になっているはずだ。
「なにかあるの……?」
「なんでもないよ。僕は」
そういえば誰が一番だろう?
みんな好きなんだよね。
「ジンネマン、かな?」
「しぶい! でも分かるなー」
あの悲しみは忘れない。
背負っているものが大きすぎるから。
「泣いちゃうよね」
「そうだね。でも優しさって分かる」
「うんうん」
こんな風に女の子とガンダムの話で盛り上がるの、久しぶりな気がする。
伊織はあんまりアニメみないし。
でもプラモデルは好きみたいだよね。
ああ見えて技術もセンスもあるから、一緒にプロを目指していたはずなんだけど。
「いつの間にか一人になっちゃった」
小さくぼやくと、天野さんがこてっと小首を傾げる。
「万代くん?」
「え。いや、なんでもない。さ、食べよ」
引っかかりを覚えたのか、天野さんは少し浮かない顔をしている。
やっぱりさっきのぼやきを聞いていたよね。
でもまだ話したくはないかな。
伊織も気を遣っているみたいだったし。
「このあと、どこ行く?」
ワクワクした様子でこちらを見てくる天野さん。
「ええと。相談はいいのかな?」
「そう、だん?」
何を言っているの、と言いたげな天野さん。
「いや、今日会う理由であげていたじゃない」
ぽかーんとした顔をしている。
え。僕が間違えていたっけ?
なんだかすれ違いがある気がする。
「あー。ええっと。プラモデルの話、かな……?」
少し戸惑いを感じる声で頷く天野さん。
いやどうしてそうなった。
まるで初めて聞いたような顔をしているじゃないか。
うーんと僕も首をひねる。
「ええっと。そう! プラモデル選び手伝ってよ、ね?」
「……分かった。行こう」
それなら穴場を教えなくちゃいけないよね。
「そうだ。もし良かったら、そのあと一緒に作らない?」
「えっ! いいの!?」
「うん。一人でも楽しいけど、会話しながらもいいよね」
「うんうん。分かる。メンバーとも一緒に作るの」
「そう言えばガンプラの新作をお披露目していたね」
「見てくれたの!? ありがとう!」
僕と天野さんはおおいに盛り上がった。
☆★☆
「あ。民也……?」
伊織はその二人と出会ってしまった。
今日は暇で部活に来ると聞いていたのに、無駄足だった。
その帰りに楽しそうに話している民也と天野ちゃんを見かけたのだった。
伊織はさーっと血の気が引いていく思いをした。
ずっと胸の奥にしまっていた感情がうめき出す。
なんで私を選んでくれないのよ。
伊織はずっと民也に憧れていた。
一緒にいて楽しいし、かわいげがある。
それに加えてプラモデルに打ち込む姿は単純に尊敬できる。
好きなことに打ち込む人というのは他の人よりも好印象に映る。
だから好きになった。
好きになって後悔した。
でもきっとこの恋は落ちたのだろう。
自分で決めたこと、とはちょっと違うのかもしれない。
ただ民也はすごく魅力的に映った。
真っ直ぐで真摯だし、何より素直だ。
純粋すぎるのが玉に
ただプラモデル馬鹿ではある。
馬鹿正直ではある。
そんな彼だもの。
他の子も気になるよね。
好きになるよね。
天野さんは民也に認めて欲しくてプラモデルアイドルを始めたんだし。
それが分かる私も私か。
苦笑を浮かべて二人を見届ける。
私はこんなに臆病なんだな。
ツーッと頬を伝う涙がひとしずく。
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