第22話 MG 1/144 インフィニットジャスティスガンダム

「さて。ここにBB01プラモコンテストin東京の概要が書かれた紙がある!」

「部長、もったいぶらなくていいよ」

 呆れたようにため息を吐く僕。

「ちぇ。参加条件を読むよ」

 大きさは900mm×3,600mmに収まるサイズ。

 学生のみ。

 部活動に参加しているもの。あるいはそれに準ずるもの。

 プラモデルの種類は問わない。

 改造、または塗装がしてあること。

 審査内容は非公開。

 優秀賞に選ばれた作品はプラモデル協会に贈呈すること。

「なんで贈呈?」

「プラモデルを贈呈することで観光客を呼び込みたいみたいね」

「丁寧に保管する意味もあるらしい」

 部長と伊織が疑問に答えた。

「作品がふえると手狭になるからね」

 僕も納得いった。

「それで? 今回のコンテストのテーマは?」

「かっこいいもの」

 部長はそう言うと審査項目を僕たちに見せる。

 そこにはでかでかと『かっこいいこと』と記載されていた。

「かつこいいこと、だと……」

 僕は頭の中で何かが弾けた。

 イメージが沸き立つ。

「その顔、何か浮かんだようね」

 部長がメガネを光らせる。

「そうですね」

 クツクツと笑う僕。

「なんだか二人とも息ぴったり……」

「だね。強敵だ」

 天野さんと伊織は苦笑いを浮かべる。

「そう言う部長は浮かんでいるの?」

「ええ。もちろんよ、万代くん」

「ただの素組みはなしですよ?」

「分かっているわよ」

 笑い合う僕たち。

「やっぱり強敵なの」

「そうね。まさかのライバルだね」

 なんだか訳のわからないことを言っているけど。

「天野さんと伊織は決まっているの?」

「うん。わたしは前に話した色で作るの」

「私はインフィニットジャスティスガンダムでいく」

 相変わらず赤いのが好きらしい。

「ほう? いつからガンダムはアナザーになったのだ? アナザーがガンダムではない! ガンダムはファーストこそ志向なのだ!」

「知らねーよ」

 伊織が鋭い眼光を放つ。

「ひっ」

 縮み上がる部長。

 なんだ。この関係。

 まるで父さんを見ているようだ。

「民也、頑張ろう」

「うん。もちろんだよ」

 心に浮かんだガンダムを形にする。

 それがガンプラモデラーの真髄。

 かっこいいガンダムを見せてやる。

「さ。大会まで一ヶ月ないよ」

「「「え!?」」」

 僕、伊織、天野さんは同時に驚く。

 ガンプラの改造や塗装には時間がかかる。

 今まで作っていたのを出すしかないということ。

「と、塗装なら間に合う、よね?」

 天野さんが必死な顔で僕を見つめてくる。

「うーん、丁寧には無理かも?」

 焦りを見せる僕。

 二度塗り、三度塗りを考えると何週間もかかる。

「断言はできない。でもやる価値はあると思う」

「民也?」

「二度塗りならまだ間に合うよ」

「でも重ね塗りしないと作品としては……」

「僕の初めて塗ったプラモデル、覚えている?」

 ふるふると首を振る伊織。

「ひどかった。ザクだったけど、ムラがあってとても見せられたものじゃない」

「そうなんだ」

「でも、今でも大切に閉まってある」

 懐かしむように頬を緩める伊織。

「だから、いい思い出になるよ」

 僕は天野さんに向き直る。

「作ろ! ガンプラ!」

「うん!」

 深くうなずく天野さん。

「いいな……」

「伊織?」

「あ、ううん。なんでもない」

「伊織もだよ。ガンプラ作るのは」

「……そうだね。昔からそうだった」

 換気のダクトが動く。

「ああ。作る!」

 伊織がキラキラと目尻を光らせる。

「ごめん。また後で」

 伊織は部室を出ようとする。

「伊織さん、データで概要送るから」

 部長がメガネをあげる。

「ホント、最初の話はなんだったのさ」

 笑みまで輝いて見えた。

 扉が閉まってもまだ脳裏に焼き付いている。

「万代くん……」

 寂しそうに呟く天野さんの声は届かなかった。

「さ、僕たちはどんなガンプラにするか、考えよ」

「強がりおバカさん」

 部長がいきなり侮辱してきた。

「なにさ!」

「だからお前はアホなのだ!」

「もう」

 僕は呆れたような声を出す。

「いいじゃない。馬鹿でも泥臭くてもかっこいいもの」

「……あり、がとう?」

 褒められた、んだよね……?

 ちらっと部長を見やる。

 首を横に振る。

 けなされたのか……。

「あ、ごめん。あの、万代くんが馬鹿とかじゃなくて! その自分が馬鹿というか……」

「その理屈で言うと天野さんがかっこいいのか?」

「それも違くて……あれ?」

 なにが言いたかったんだ。

 部長も僕も笑うしかなかった。


「それで? 伊織さんとはどうなの?」

「いや、前にフラれているので」

「……それ本当?」

 真面目な顔で何が言いたいんだ? この美プラは?

「お前の覚え違い……はないのか……」

 僕のことを知ったらしい部長は首を捻る。

 捻挫しないといいけど……。

「でも、あの態度……」

「態度?」

「いや、あたしの勘違いだな。万代は恋愛向いてないし!」

「はぁあああ!?」

 自分でも驚くほど声が出た。

「いや、ごめんって!」

「怒った! 部長のプラモデルは見ない!」

「そんな殺生せっしょうな!」

「そこまでじゃないでしょ? 勝手に色を足すし」

「思いつくままに作りたいのだよ~!」

「じゃあ僕は要りませんね!」

「ぷっ! ふふ」

 クスクスと笑う天野さん。

 立っていた気が去っていく。

「あーあ。もうどうでも良くなった」

 僕は手短にある椅子に腰かける。

「部長のも見るよ」

「本当!? 愛してる!」

「安い愛ですね……」

「やっぱり強敵なの」

 プラモデルの話か。

「まあ部長の所以ゆえんだよね」

「え?」

「え?」

 二人の間に妙な時間がくる。

「細かいことは気にしない!」

 部長が間に入る。

「ささ。こっちでたっぷりガンダムについて語り合いましょう?」

「けっきょく、ファースト最高って言いたいだけでしょう?」

「バレた?」

「全然話聞かないんだから……」

「じ、じゃあわたしと語ろう?」

 目を瞬く。

「うん。いいよ」


「それでカミーユは言ったんだよ! 『人の心を大事にしない世界を作ってなんになるんだ!』って!」

「そうなんだ!」

 かれこれ二時間話しているけど、疲れを見せない天野さん。

 まだ話していいんだ!

「ちょい待ち」

「部長!」

 僕は止めてきた当人に文句を言う。

「そうなんだ!」

「……天野さん?」

「そうなんだ!」

「こ、」

「「壊れた!?」」

「天野さん?」

「ガクッ」

 眠りに入ったらしい。

 コクコクと船をこいでいる。

「すぴー。すぴー」

「完全に寝ているね……」

 僕は困ったように頬をかく。

「あたしは知らないよ。万代、後は任せた」

「は? え!?」

 僕は驚いて思考が止まる。

 そそくさと立ち去る部長。

 カギを置いて行っている。

「いやどんな神経さ」

 アイドル一人置いて行くなんて。

 しかもその介抱を男子に任せるなんて。

 男女二人きりって。

「天野さん」

 声をかけてみるが、反応がない。

 でも、可愛い顔している。

 本当にアイドルだもの。

 当たり前か。

 肌も染みがなくきめ細やかだし。

「……」

 誰もいないよね?

 そっと顔を近づける。

 可愛い。

 きっと僕は落ちているのだと想う。


 頬に唇が触れる。


 恋している。


 その実感が心を満たしていく。

「ううん」

 起きたらしい。

 僕はとっさに距離をとる。

 セクハラだ。

 しかも訴えられるレベルの。

「起きた?」

 白々しい。

「うん。おはよ!」

 寝起きにしてはやけにテンションが高いな。

 まさか起きていたんじゃないか?

「さ。帰ろう?」

「あ、うん」

 この様子だとそれはないか。

「耳赤いよ? どうしたの?」

「え! あ、ちょっとね!!」

 慌てた様子の天野さんに気を奪われた。

「じゃあ、帰ろ?」

「うん」

 訴えられなかった!

 良かった。

 ホッと一安心する僕。

 この気持ちはもう少し留めておこう。

 明日もまだあるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る