第21話 HG 1/144 グフカスタム

《天野夕花 視点》


 わたしが子どもの頃、それなりに裕福な家庭で育ったと思う。

 36歳の母・槇奈まきな、41歳の父・真名斗まなと、そして3歳の弟・輝星きあ。7歳のわたしと同じ年だったワンちゃんのペロ。

 毎日が幸せだった。

 プリンを食べた食べないで輝星と争い、母と一緒に編み物をし、父と一緒にガンダムを見る。

 そんな生活を送っていた気がする。

 それでも笑いが絶えないのはやっぱり家族なんだな、と思う。

 パパはプラモデルが好きで毎週土曜日になると作業部屋にこもっていた。

 パパの作ったプラモデルが飾っているのを見てワクワクした。

 いつか自分も作りたい。

 そう思うようになっていた。


 そんなある日、ダンス教室から帰ってきた。

「ただいまー」

 おかしい。

 いつもならママの返事があるはずなのに。

「ママ?」

 わたしは疑問に思いながら、リビングを開ける。

 そこには血まみれのママの姿があった。

 倒れているママに駆け寄る。

 まだ息はしている。

「夕花お帰り」

「あああ……」

 パニックになっているわたしの頬つねる。

「救急車と警察を」

「は、はい!」

 わたしは慌ててスマホをとりだす。

 救急車って何番?

 警察にも電話しなきゃ。

 110番に電話するとたどたどしい言葉で事情を説明する。

 何度も「落ち着いてください」と言われたことを鮮明に覚えている。


 弟は見つからなかった。

 棺に花を添えると、わたしは離れる。

 パパは酒に溺れるようになった。

 そのあたりからパパは仕事でミスをするようになり、転職した。

 パパについていくしかなかったわたしは、引っ越しをするしかなかった。

 パパはプラモデルを作らなくなった。

 ママの優しい笑みが、持ってくる紅茶が思いおこされたのかもしれない。

 一度だけママの真似をして、プラモデルを作るパパに紅茶を持っていったが、ひどく醜悪な顔をし、泣き出した。

 もうプラモデルは捨てた。

 水中型ガンダムもボーイングも戦艦大和も。

 パパの思い出は消えた。

 わたしが傷つけた。

 一人公園でパパの帰りを待つ日々。

 パパはわたしに鍵を渡してはくれなかった。

 強盗による、拉致と殺人。

 有花が鍵をかけ忘れたらどうする!

 口癖だった。

 もう守る者も家にはいないのに。

「お前。いつも公園にいるな」

「だれ?」

 わたしより、少し知的に見えた彼。

 ボサボサ頭のかわいげのないわたしを、からかいもせずに話しかけてくる。

「おれ? おれは万代民也。うちこい。いいもの見せてやる」

 どうせ行くあてもなかった。

 自暴自棄だったわたしに危険性など皆無だった。

 でも万代くんはどこか優しげに見えた。

 マンションだ。

 想像の何倍も狭い。

「こんなところで暮らしているの?」

「の、か。いいな、その喋り方」

「え、そう? ……そうなの?」

「やっぱりかわいいな」

 そう言って万代くんはわたしの前髪を払う。

「身なり整えろ。きっとアイドルになれる」

「そ、そんなことよりも! ここに来た意味は?」

「うん。これだよ」

 ショーケースに入ったプラモデルを見せる万代くん。

「ガンダム?」

「そう。ガンダム」

 万代くんはにかっと笑うと歯に青のりがついていた。

 その姿に耐えきれずに吹き出すわたし。

「な、なんだよ!」

「万代くん、面白いよ。最高」

 なんで笑っているのか困惑する万代くん。

 プラモデルを見て懐かしさが込み上げてきた。

 でもこれはわたしが作っちゃいけないんだ。

 パパの機嫌を損ねる。

「どうしたんだ?」

「キザぽくってかわいくない」

「え!」

「ほら笑って。そっちの方がかわいいよ」

「わけわかんねー」

「柔らかい口調の方がモテるよ」

「詳しく教えてくれ」

「うん。万代くんはかおがかわいいから……」

 しばらく万代くんの顔を褒める時間が続いた。でもとても楽しい時間だった。

「俺……僕は好きな人がいるんだ」

 ドキッとした自分ではないと知りつつも、つい期待してしまう。

「うん」

「そいつは、その子はいつもクールでかっこいいんだ」

「そうなんだ」

 残念、わたしではないみたい。

 じわじわと胸の奥に広がる冷たい感情。

「あいつに勝ちたくて、男ぽく振る舞っていたんだ」

「うん?」

「それがかっこ悪いんだな」

「まあ、うん?」

「なんで疑問系なん……なのさ?」

「その子のこと、好き……なんだよ、ね?」

「ああ。もちろんだ、さ」

 言い慣れていない言葉のせいで余計に頭に入ってこない。

「だってかっこいい方がいいだろ?」

 さも当たり前のように言う万代くん。

「……人による、かな……」

「……みたいだね」

「ただいま!」

「あ、母ちゃんだ」

「あれ、お友達?」

「あ、うん。さっき公園でべそかいていたから連れてきたんだ」

「あらあら、ご両親は?」

 ふるふると力なく首を振るわたし。

「……そう。えらいね。頑張った!」

 万代くんのママはそう言ってわたしを抱き寄せてくれた。

「母ちゃんの料理、食べていけ……たべない?」

「あら。民也、柔らかくなっていいね」

「前はかっこ良くなった、って褒めたのに……」

「あら、そうだったかしら?」

 クスクスと笑う万代くんのママ。

「どっちなのさ!」

 怒りを露にする万代くん。

「万代くんも怒るんだ!」

 わたしは彼の姿を見てホッとした。

「どうして泣いているのだ?」

「え」

 言われて気がついた。

 わたしは今泣いている。

「なんで……あれ? なんで」

 泣いていることに驚く自分。

 色々なことに気持ちが追い付かない。

「泣いていいんだ。だから人は泣けるんだよ」

 わたしはむせび泣いた。

 しばらくすると、万代ママが料理を始める。

 あれ? お父さんは? と思ったが自分の立場を振り返る。

「父さん、インドネシアだって」

「何しているのよ、ホント……」

「あ、違うんだ……」

「何を考えたんだ。父さん、プラモデルを広めるとか、言っているんだ」

「バカよね」

 万代ママはまた笑う。

 家にお父さんがいないのに、笑っていられるなんて、不思議だ。

「すごい」

「なんにもすごくないわよ。まったく」

 ぷりぷりと怒る万代ママもかわいらしい。

「わたしもかわいくなりたい」

「あら。あなたは充分可愛いわよ?」

「それでも、もっとかわいくなりたい」

「ワガママだぞ」

「いいわよ、協力してあげる」

「母さん!」

「いいのよ。女の子はそういう時があるの」

「母さんは女の子って年じゃないだろ……」

「あん?」

 ひゅっと心がしまる思いをした。

「すみません!」

 そそくさと部屋に逃げ込む万代くん。

「ふふ。まずはお風呂に入りなさい」

「え。でも……」

「遠慮なんてしないの!」

「はい」

 言い様のない圧を感じた。

 泥だらけの衣服を脱ぐと久々に湯船に浸かる。

 今までの疲れが溶けるようだった。

 お風呂からあがると、洗濯機が回っていた。

 わたしの服がない。

 ママに買ってもらったお気に入りだったのに。

「あら。もうあがってきてたのね。さ、令美の服だけど」

 わたしにはぴったりな衣服を用意してくれた。

「あなたは魔法使いさん?」

 今日は不思議な日だ。

 魔法だと言われても嘘だと思わない。

「あら、かわいい子ね」

「万代くん……は?」

「ちょっとお部屋、覗いてみようか?」

「うん」

 万代くんのお部屋に入ると、そこにはプラモデルに打ち込む姿があった。

 まるで昔のパパみたい。

「できた。完成ギブバース!」

「おー」

 わたしは万代くんの作ったプラモデルに拍手する。

「……これ。グフカスタムって言うんだ」

 青色のロボットを見せてくる万代くん。

「キミの名前は?」

「高柳」

「いい名前だね。また遊ぼ!」

「うん……。うん!!」

 帰りにわたしの服を受けとった。

 パパが再婚し、また別の学校に行くことになったのは、このあとすぐだった。

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