第20話 MG 1/100 トールギス
翌日の放課後、僕はプラモ部に顔を出す。
「よっ! ちょうどいいところにきた」
部長がテンション高めに駆け寄ってくる。
「なに?」
僕は疑問符を浮かべる。
「名人ヤマグチがくるんだよ!」
「え!? あの名人が!?」
「誰さん?」
先に来ていた天野さんが不思議そうに首を傾げる。
「知らないんだね」
後ろからきた伊織が冷たい視線を送る。
「モデラーの最上級、最高峰のモデラー……!」
僕は静かに言う。
「モデラー界のキングオブキング! 伝説の殿堂入り」
鬼気迫る顔を見せると、そのすごさがわかったのか、天野さんも真剣な顔になる。
「すごい人なんだね!」
「そうだね。その言葉すら陳腐なほどに」
伊織も期待したような顔になる。
僕だって名人には聞いてみたいことある。
なぜモデラーになったのか。
なぜそこまでプラモデルを愛せるのか。
なぜそこまで表現の幅が広いのか。
僕のどこが悪いのか。
なぜ僕はスランプになってしまったのか。
あとあと!
「万代くん、落ち着いて!」
目の前に天野さんの顔がある。
そっと触れそうになる距離感。
「俺に触れるな」
つい刹那・F・セイエイのセリフを言う僕。
「……」
悲しげに眉根を寄せる天野さん。
「ち、違うんだ。天野さんを見ていると落ち着かない」
「それって……」
天野さんが何かを言おうとし、
「きたよ」
そこに部長の流行る気持ちが届く。
「ああ。名人」
伊織が崇高なるお方を崇める。
「失礼します」
先生と一緒に入ってきた腰の低い男性がいた。
最初はただのおじさんだと感じた。
でもその顔は、
「名人ヤマグチさん! よくきてくださいました」
部長が怪しい敬語で出迎える。
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう」
どこまでも丁寧なお方だ。
「こちらが部長です」
「そのようですね」
しわがれた声。
思ったよりも歳をとっているのかもしれない。
部長としばらく会話をし、こちらに視線を投げかける名人。
「あ、あの! 自分は
「ほう……。キミが」
名人の目が鋭く光る。
その眼光にざわつく思いを抱く。
「キミはなぜプラモデルを始めたのかね?」
「え……」
消え入りそうな声が漏れる。
始めた理由?
そんなものない。
産まれた頃からプラモデルがそばにあって……。
思考が散っていく。あるいは霧散していく。
「まだ若いのう、少年よ、プラモデルを抱け!」
「それはどういう意味ですか?」
「お主のプラモデルはすごい。恐らくは全盛期のわしを越えるだけの実力がある。だがまだ迷いがある」
名人の言葉に震える。
知りたい。
けど知りたくない。
そんな矛盾を抱えつつ、名人の瞳を覗きこむ。
「お主のガンプラを見せておくれ」
「最近作ったのはクスィだね。民也」
伊織は棚からクスィを手にする。
「ふむ。お主は丁寧な作り込みだ。だが甘い。それとも恋か?」
「「「恋!?」」」
僕と伊織、それに天野さんが驚きの声を上げる。
その言葉にハンマーで殴られたような衝撃を覚える。
「僕の恋人はプラモデルだ」
そう宣言すると、名人は目を丸くする。
しだいに頬が緩む。
「そりゃ面白い」
名人は余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
なにが面白いのか、分からず困惑する。
「して、そっちのお嬢ちゃんはプラモアイドルの?」
「はい!
「ほう、いい目をしているな」
「わたしの作ったプラモです!」
そう言ってオリジナルカラーのガンプラを見せる天野さん。
「うむ。プラモを始めていくつになる?」
「ええっと。一ヶ月とちょっと」
「まだ荒いがセンスを感じる。もっとうまくなれるぞ」
パアアアと明るい笑みが零れる天野さん。
「ありがとうございます!」
「君のも見せてくれないか? ボーイッシュガール」
「
棚にあるガンプラを見せる。
「ほう。プロのモデラーかね?」
「いえ。まだアマチュアです」
「なんと! ぜひスカウトしたい!」
「そ、そう言われましても……」
チラチラと僕を見て救難信号を送ってくる。
それを見ていた名人は考えこむ。
「わしのガンプラをみたいかい?」
「いいんですか!?」
僕は目を輝かせて前のめりになる。
他の面々も期待した様子である。
「ああ。いいぞ」
名人は積みプラを見て尋ねる。
「ここからもらってもいいかね?」
「はい」
元気よく返事したのは部長だ。
MGトールギスを手にする。
無言で蓋を開ける。
ニッパーを取り出すと、嬉しそうな顔で作り始める。
僕より遅い。
遅いけど丁寧だ。
たまにデザインナイフやヤスリでゲート跡を綺麗に取り除く。
どこか見ていて落ち着く感じがある。
何だろう。この癒しのオーラは。
できあがったガンプラは平々凡々に見える。
特段すごいわけじゃない。
でもかっこいい。
シンプルイズベストという言葉がこれ程似合うガンプラもそうそうないだろう。
「ガンプラは素直だ。人の心を映すと言っても良い」
「そうですね」
僕は名人に親近感が湧く。
「君もそう思うかね?」
「はい。出来映えで人となりが分かります」
「そこまでは言わんがな」
がらがらと笑う名人。
本気で言ったのに冗談と思われたらしい。
「まあ、好きかどうかは分かるじゃろうて」
「そうですね」
好きじゃなきゃ完成まで持っていけないんだ。
それはそうだろう。
「プラモデルは遊びだ。どこまで遊びでいいんだよ」
名人が伝えたいことが分からず困惑する。
「素晴らしい考えだね、ね? 民也」
「え! あ、うん」
「ほほは。若いっていいのう」
名人は微笑む。
しばらく会話をしたが普通の成人男性のような話だった。
名人が帰ったあと、僕は未だにドキドキしている。
なんだか緊張したけど、すごくフレンドリーな人だった。
自分のそばにいるような人だった。
どこまでもフラットな感覚。
まるで家族のような……。
あれが名人の実力なら、僕はなんて自分勝手なのだろう。
心で負けたんだ。
「万代くん?」
「いや、なんでもないよ」
険しい顔をしていたらしい。
天野さんを不安にさせてしまった。
罪悪感を抱く。
「民也……」
伊織も何か感じたのか複雑な顔をしている。
「なんでもないよ。さあ、帰ろう」
本当のところ言うと、僕はまだまだと感じた。
井の中の蛙だと。
レイジや名人に触れて自分の力のなさを思いしった。
「でも名人の意外と普通だったね」
天野さんが恐れ知らずなことを言う。
苦笑で返す僕。
「いや、すごいよ」
「そう?」
わからないといった様子の天野さん。
本当にすごい人なのに。
天野さんからしてみれば、ただのおじさんだったか。
「天野ちゃんにはわからなかった?」
伊織が肩をすくめて、尋ねる。
「うん。だって万代くんの方が美しいの」
その言葉に失笑してしまう僕。
「そんなの買いかぶりすぎだよ!」
僕はそんなにすごい人間じゃない。
どこにでもいる平凡な人さ。
「まあ、一理あるね」
「伊織まで、僕をからかうのか……」
困惑気味に発せられた言葉は、二人の耳に届く。
「からかっているわけじゃないの」
「民也の悪いクセが出たね」
二人は僕をどう思っているのだろう?
若干認識のずれがある気がする。
「それで? 民也はコンテストの用意はできているのかい?」
「え。まあ……うん」
「歯切れの悪い答えだね。なにかあったの?」
天野さんが心配そうに覗きこんでくる。
「大丈夫」
「そうかい。じゃあお先に失礼するよ」
「伊織」
走り去ってしまいそうな彼女を呼び止める。
「伊織の模型も楽しみにしているからね!」
「……ええ。ありがとう」
一瞬曇ったがすぐに笑う伊織。
「伊織ちゃんは……」
「どうしたよ? 天野さん」
「……ううん。なんでもない」
ふるふると小さく首をふる天野さん。
その顔に暗い闇が見える。
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