第19話 HG 1/144 ガンダムサバーニャ決戦仕様

 天野さんのライブを見てから太陽が登ってきた頃合い。

「プラモデル作る!」

 令美はやる気満々でプラモデルを持ってくる。

「ガンダムサバーニャ決戦仕様だね。00ダブルオーは良キットが多いからね。いいと思う」

 実際、可動域も広いし、アニメの再限度も高い……が、

「ライフルの数少ない……。あとこのシールドくっついている!」

 むきーっと感情を露にする令美。

 そう。

 サバーニャの特徴的なシールドビットとライフルビットが完全再現はされていないのだ。

 再現するには複数買いをする必要がある。

 特に最大火力を撃ち込むシーンを再現したい人は大勢いるだろうに。

「むぅ~」

 令美が不服そうにランナーを見つめる。

 そんなに睨んでも変わらないのに。

「わかった。兄ちゃんがなんとかする」

「本当!?」

「うん。約束する」

 ライフルはレジンで複製、シールドはエッチングソーで分離するかな。接続は磁石で。

 ちょうど作れないでいたんだ。

 気晴らしになるだろう。

「お兄ちゃん?」

「うん?」

「ぼーっとしていたけど大丈夫?」

「うん。ちょっと考えごとしてた」

 天野さんの歌声が今も心のどこかにある。

「じゃあ組もうか」

「はい」

 僕の膝にちょこんとのる令美。

 手元を良くみながら、時に手伝い、時に見守る。

 三時間ほどかかりガンダムサバーニャ(決戦仕様)は出来上がる。

完成ギブバース!」

 令美は出来たサバーニャを見る。

「やっぱり、作中の再現したいなー」

「そう思って用意したよ」

 シリコン、粘土、剥離剤、レジン。

 エッチングソー、磁石、パテ。

「これどうするのよ?」

「まあ見てて」

 ブロックを取り出し、粘土をしきつめる。

 その上に複製したいパーツ……今回はライフルビットを乗せ少し押し込む。

 レジンの注ぎ口を作る。

 剥離剤を筆で塗って凝固剤を混ぜたシリコンを流しこむ。

 固まるまで待っている間に、エッチングソーで二つくっついたシールドビットを分離していく。

 二つに別れたシールドビットの中に磁石をいれ、パテで固定する。

 パテやプラ板を切り口に接着する。

 これまた乾燥するのを待つ。

「続きは明日だね」

「すごい。さすがお兄ちゃん」

「まあ、プラ板から作ってもいいのだけど」

「そっちにしないのはなぜ?」

 令美は興味を惹いたのか、こてりと首を傾げる。

「いろんな方法がある、って知って欲しかったから、かな……」


 翌日になり、サバーニャの改修が引き続き行われる。

 未だに自分のプラモデルには集中できずにいた。

 天野さんの顔がちらつく。

「今日はどうする?」

「まずはシリコンだね」

 固まったシリコンから粘土を取り除く。

 剥離剤をシリコンに塗り、上に凝固剤を混ぜたシリコンをかぶせる。

「よし。あとは待つだけだ」

「何をしているか、わからないよ」

「複製なんだ。シリコンを鋳型にして、レジンでライフルビットを作る」

「ほへ~」

 ボケッとした顔の令美。

「さ、次はシールドビットだよ」

 余分にでこぼこしている箇所をヤスリで削っていく。

「削れ削れ削れ~!」

 僕は歌いながら、削る。

 真似して令美も歌いながら削る。

 削るったら削る。

 最後に形を整える。

「できた」

「でもこれだと色が違う」

 プラ板やパテはそれぞれ色がある。

 プラ板なら白、あるいはグレー。

 パテはグレー、あるいは黄色。

 シールドビットは深緑の成形色をしている。

 このままでは追加したところが目立つ。

「だから色を塗る」

「でも全部塗るのは面倒だよ?」

「うん。部分塗装をする」

 僕は既存の塗料を混ぜ合わせ、深緑の色を作る。

 色は白色だけでも200種類あると聞く。

 深緑も同じように多い。

 その中から最も近い色を見つける。

「きた」

 色が決まると筆を出す。

「少しだけ塗るなら、筆塗りしようか?」

「やってみる」

 令美は恐る恐る筆を手に取る。

「自由にやってみて」

「うん」

 手に力がはいる。

 令美の腕が漫画を描くように塗っていく。

 なるほど。令美はいっぱしの漫画家だ。筆遣いは慣れているのだろう。

「塗れた!」

 そこにはシールドビットが存在した。


 ――乱れ撃つぜ!


 劇中のシーンが脳内で再生される。

「うん、うまくできたね」

「ありがとう」

「あとは乾かそうか。あと二度塗りした方がムラがでにくいよ」

「知っている」

 眠そうにあくびをする令美。

「そろそろ寝ようか?」

「うん、寝るぅ」

 僕の部屋を出ていく令美。

 さて……。

 目の前には作りかけのスクラッチがある。

 なんだかやる気が起きない。

 天野さんはどうしているのだろう?

 そんなことばかり考えてしまう。

 ああ。集中できない。

 どうしたのだろう。

 自分はまるで病気だ。

「うーん……」

 イメージが沸いてこない。

 プラモデルのイメージが。

 沸き立つ感情が、出てこない。

 まるで何か別のものに乗っ取られたような……。

「考えすぎか。ただのスランプ。スランプだよね」

 まさか心の病なわけないし。

 不思議な気持ちだけど、悪いわけじゃない。むしろ多幸感を抱く。

 プラモデルに手を伸ばす。

 が、指先が震える。


 作れない。


 僕がだした結論はそれだ。

 なぜかはわからないけど、作れない。

 その悲嘆が、絶望が、消失が、悲しい。

 辛い。

 五歳から作り始め、一度たりとも止まらなかった手が、ここにきて止まった。

 その事実が悔しい。

 僕はいったい同時代のだろう。


「会いにきたよ。民也」

「伊織……」

「どうしたの? 泣きそうな顔して」

「……いや何でもないよ」

「……ふーん」

 ジト目を向けてくる伊織。

「さ、プラモデルを教えてよ」

「うん。わかった」

「じゃあ、さっそく」

 ガンプラを持ってきた伊織。

「これをコンテストに向けて改造したい」

「……いいよ。ただし」

 ごくりと生唾を呑み込む伊織。

「伊織のイメージで作って」

「え――!」

 伊織は複雑な表情を浮かべていた。

 嬉しさと悲しさが入り交じったような顔。

 期待を裏切ったことへの罪悪感が浮き出て、僕は顔を背ける。

 きっと僕が誘導するのを期待していたのかもしれない。

 でもなんで嬉しさがあるのだろう?

「そっか、私ひとりで」

「ごめん。一人にさせて」

 ガンプラを作っていれば分かる。

 孤独な戦いだ。

 正解も不正解もない。

 ただあるのは自己満足と好きの気持ちだけ。

 原作を忠実に再現するもよし、新しいガンプラを生み出すもよし。

 スポーツのように制限や得点なんてない。

 どこで終わりにして、どこまで追及するかは、その人しだい。

「いいよ。見てて、私の最高のガンプラを」

「……うん。いいよ」

 僕は見守ることしかできない。

 それでもいいと言った彼女は本物のモデラーなのだ。

 僕の部屋に通すと伊織が苦笑する。

「何かあった?」

「いや、相変わらずのガンプラバカだね」

 伊織は僕の部屋に飾ってあるガンプラを見てそう言う。

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

「なにそれ」

 けらけらと笑う伊織。


 さっそくガンプラを作業スペースに置いて伊織がその蓋を開ける。

「ご開帳~!!」

 中のランナーとパーツを確認し、ニッパーを握る伊織。

 パチンと響くプラモデルの音。

 ランナーの鎖からときはなれたパーツは生き生きしているようにも思えた。

 パーツが組重なっていくと、そのパーツ一つ一つの意味が理解できていく。

 必要のないパーツなんてないのだ。

 これが伊織の世界。

 出来上がったガンプラを見つめる伊織。

「うん、できた」

「伊織~! ありがとう!」

「え。なんで感謝されているのさ?」

 僕の道を見つけるよ、ガンダム。

 戸惑いながら改造の案を出す伊織。

 それも面白い案だ。

「コンテスト用?」

「そう、コンテストに出す!」

 気合い充分な伊織。

 その目に再び炎が灯ったように感じた。

 伊織の世界はまだ広がっていく。

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