第18話 HG 1/144 ガンダムルブリス ウル

 僕はカメイアリーナ仙台の会場に来ていた。

 ネットで調べた感じ五千人の小さなライブ会場だが、三十分前に入った。

 でもグッズが多くあり、それで長蛇の列が並んでいた。

 その主なグッズはメンバーカラーに合わせたガンプラだ。

 来るのが遅すぎて僕が並んだ頃には完売だった。

 しかし、ちゃんとアイドルやっているんだな。

 天野さんだけじゃなく石田さん、他にも二人見える。紗菜さな美夏みかだったか。

 僕たちは前の方にある関係者スペースに向かう。

「楽屋に挨拶するべきかな?」

 僕は勝手がわからずに伊織に尋ねる。

「どうなんだろうね?」

「うちは行ったらいいと思う」

 令美の言葉を聞いて僕たちは楽屋に歩きだす。

 関係者の証明であるチケットを見せると、すんなり楽屋裏に通された。

 廊下は狭く、荷物が散乱している。

 きっと倉庫に入りきらなかった物を置いているのだろう。

 控え室にたどり着くとノックをする。

 アイドルって高嶺の花なイメージがある。

 緊張しているだろうな。

「どうぞ」

 声を聞きドアを開ける。

 そこには天野さんと石田さん、紗菜と美夏さんがいる

「わぁあ。来てくれて嬉しいの!!」

「相変わらずのテンションだね、天野ちゃん」

 伊織が金色のイヤリングを揺らす。

「伊織ちゃんには負けないから」

「……そっか」

 視線が下がる伊織。

「うちがいるの、忘れないで欲しいな」

「令美ちゃんも、来てくれてありがとう」

「別に。お兄ちゃんと一緒にいたかったから」

 プイッと顔を背ける令美。

「まあまあ。天野さん頑張って」

 僕は精一杯の声援を送る。

「あら、あなたたちが噂のモデラーさん?」

 甲高い声をあげ寄ってくる紗菜さん。

 背が高くすらりと伸びた手足は綺麗だ。

 お姉さんと言った様子で、細い目が特徴的だ。

「ふーん。かわいい顔しているじゃない」

 舌鼓をうつ紗菜さん。

 直感で危険な感じがする。

「安心して。食べたりしないわよ」

「は、はい」

「まだ一緒にいるだな。まったく厄介な奴だよ」

 石田さんが渋面を浮かべてこっちを睨む。

「さっさと、くたばれ」

「芽依ちゃん。そんなのダメ! アイドルなんだから」

「あたしは顔のいい女と仕事ができればいいんだ」

 石田さんが言うと背後から美夏さんが抱きつく。

「何するんだよ!」

「……落ち着いた?」

 どこまでもフラットな言葉で小さく呟く美夏さん。

 無口キャラで知られているが、その歌唱力は飛び抜けている。

「……くっつくと、幸せホルモンオキシトシンが分泌される」

 理論家らしい。

「知らないっば。そんなの」

 石田さんはまだ不機嫌だ。

「見せてもらいたいな。きみのガンプラ師匠の力を」

「……いいよ。運良くここにはガンプラがある」

 ガンダムルブリスウルだ。

「これを作るよ」

「ふふ、楽しみだわ」

 全神経を手先に集中させる。

「ご開帳~!」

 開けると緑のランナーとグレーのランナーが目立つ。

「なかなか多いかも」

 天野さんが不安そうにする。

「大丈夫」

 僕は宇宙創造から妄想を始める。

 火の玉と化した地球。

 雨が繰り返しふり、冷却されていく。

 マグマが固まり、地面が出来上がっていく。

 流れる雨粒が、引力にしたがい地面を潤す。

 大地にやがて海ができていく。

 海にアミノ酸が産まれ、やごて生物が誕生する。

 生物の死骸が堆積し、やがて石油になる。

 その石油からヒトという生物はプラスチックを生み出す。

 そう生物がいなければ、プラモデルは作れない。地球というゆりかごが産み出した最高のお土産。

 地球なくしては、モデラーは産まれないのだ。

 全身のミトコンドリアが活性化する。

「すごい。ガンプラがすごい勢いで出来ていく」

 天野さんが感慨する。

「あら。素敵ね」

「……ふん」

「民也は負けないよ」

「さすがお兄ちゃん」

 周囲の声は聞こえているが、それ以上に目の前に視野が向く。

「さあ、完成ギブバースだ」

 パチパチと拍手がなる。

 パフォーマンスが終わると僕は照れ臭くなる。

「このガンプラあげます」

 僕はそう言い美夏に渡すとそそくさと、観覧席に向かう。

「なんだ。ありゃ」

「照れているのよ。かわいいじゃない」

 石田さんと紗菜さんの声が遠退いていく。


 観覧席にみんなが座り数分。

 雰囲気のある会場はどよめく。

 今か今かと待ち望んだライブがいよいよ始まる。

 だんだんだだん。

 重低音が腹に響く。

「さなちゃーん!」

 誰かが叫ぶ。

 熱気が高まり、会場が一体となる。

 歌が始まるとお客さんは傾聴する。

 Aメロが天野さん、石田さん、紗菜さん、美夏さんと広がっていく。

 四人のハーモニーが心揺さぶる。

 ダンスもキレがあり、洗練されている。

 途中途中でプラモデルを組み立てる動作は、さすがプラモデルアンバサダーだ。

 プラモデルのアイドルだけある。

 最高のテンションでお客さんはペンライトをふる。

 光の波が空間を支配し、アイドルたちを輝かせる。

 石田さんがワンテンポ遅れている。

 それに合わせるよう動く天野さん。

 僕はハラハラしながら、見ていた。

 でも他のお客さんは信じているようだった。

 Bメロが終わりラストスパート。

 なんとか盛り返した石田さん。

 その目には涙が浮かんでいる。

 歌が終わるとボロボロと泣き出す石田さん。

「めいたん~~! 好き――!!」

「ゆうか――!! 愛しているよ――――!!」

 その言葉を聞きゾワゾワする気持ちが沸いてくる。

 まるで自分のガンプラを取り上げられたかのような気分だ。

 存外嫌な気分になった。

 天野さんを愛しているのは――。

 そんなはずない、という感覚が腹の奥底に染み渡り、胃を重くする。

 この感じがなんなのか、僕にもわからない。

 続けて二曲目が披露される。

 もう石田さんの涙は零れない。

 全力でやり通す四人の圧倒的なパワーに見いられ、僕は絶句する。

 なんだろう。さっきから心の奥がズキズキとうずく。

「皆さん、来てくれてありがとう!」

「次に送るのは『プラスチック・ドールズ!!』」

「いっくよ――――!」

 アップテンポの曲が始まる。

 今までとはうって変わって、ハイテンポな曲調にあわせて激しいダンスと歌が披露される。

 釘付けになった僕たちはその曲に見いられ、一緒にペンライトをふる。

 初めてのライブはとても楽しかった。

 ライブを終えて、僕たちは帰りの電車に乗る。

 天野さんを含めたプラモドールたちは少し時間が必要らしく、伊織、令美、僕は先に帰る。

「すごかったね。お兄ちゃん」

「うん。そうだね」

「あれが天野ちゃんの本気なんだ」

 伊織も感慨深そうにうなづく。

 熱気冷めやらぬといった様子。

 ぼーっと彼女たちに魅せられた僕たち。

「天野ちゃん、石田さんを助けていたね」

 伊織はやれやれと言いたげに眉根を寄せる。

「そうだね。かっこよかった」

 僕が言うと目を伏せる伊織。

「うちもアイドルになりたい!」

「え! いや、令美には漫画家があるよね?」

「どっちもやるの~!」

 どこの二刀流だよ。

 漫画家とアイドルを同時にやるの、聞いたことないぞ。

「むぅ~」

 不服そうにうなる令美。

 僕は困ったように頬を掻く。

「まあ令美ちゃんは特別だから」

「本当? うち、特別?」

「そうだね。令美は特別だよ」

 僕はそう言いきる。

 だって実妹だから。

 唯一の兄妹だから。

「なら、アイドルやらない」

 すぐに意見を変えたことに驚く僕。

 さすが伊織だ。

 人を変えてしまうのだから。

「じゃあ、お兄ちゃん。今日もプラモデル教えてね?」

 僕は「いいよ」と言おうとした。

 だが、

「ちょっと待って」

 伊織が口を挟む。

「……ずるい」

 僕のそでをつまむ伊織。

 その行動に驚く。

 少し嬉しい。

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