第17話 HG 1/144 シェンロンガンダム
「今日、令美ちゃんは?」
「担当編集と打ち合わせ」
「ふーん。会いたかったの」
少し残念そうにしている。
「プラモデル教えてね!」
天野さんは無邪気な笑みを見せる。
この笑顔に負けないようにせねば。
「さっそく見せてよ。ガンプラ」
僕の部屋に来ると天野さんにうながす。
「万代くんはガンプラ一筋なんだね」
困ったように汗を掻く天野さん。
「覚悟したつもりなんだけどなー。可愛いの履いたし」
「……なんの話?」
当惑を隠せない僕。
どうしたらいいのだろう?
「まあ、いいよ」
バックからガンプラを取り出す天野さん。
「これ。ウェザリングしたいの!」
「……わかった」
ウェザリング。
日本語なら汚し。
プラモデルにはないけど、リアルならある塗装剥げや、土汚れ、焦げた跡などなどを表現するもの。
「天野さんは初心者だから、簡単にウェザリングできるウェザリングマスターを使うよ」
しゃべりながら部屋に案内する。
「これがウェザリングマスター」
「化粧品みたい」
「そうこれはまさに化粧品。パレットにブラシをつけて、そのブラシをプラモデルにはたく」
パレットにブラシを擦り付け、サンドロックの足にはたいて見せる。
するとサンドロックの足に土埃のような色がつく。
「なるほど」
「でも注意が必要だよ。トップコートを吹かないと定着しないんだ」
「そうなの?」
「少なくともすぐに触れるととれるからね。墨入れや塗装が終わったあとにするべきだね」
「うーん。練習できればいいのだけど……」
「じゃあシェンロンガンダムで練習してみようか?」
僕は組み立ててあったガンプラを作業スペースに置く。
「好きに汚していいよ」
「いいの?」
「天野さんを信じているからね」
「うん。ありがと」
ウェザリングマスターを使ってシェンロンガンダムを汚していく天野さん。
「やりすぎるとチープになるから、気をつけて」
「うん」
「そうそう。いい調子」
指先の感覚に神経を通して動かす天野さん。
すごく繊細でセンスもいい。
これなら1ヶ月後のコンテストでも恥じない姿を見せられるだろう。
「初心者とは思えない、素晴らしいウェザリングだよ」
「あ、ありがと」
照れ臭そうに顔を背ける天野さん。
「本当バランスいいね」
若干汚しすぎだけど、いいできばえだ。
「そんなに褒めても何もでないよ!」
「初めて汚した感想は?」
「え。すっごく気持ち良かった」
「うん。嬉しいよ」
マジマジと見つめてくる天野さん。
「なに?」
「いやなんでも……」
「?」
天野さんは何が言いたかったのだろう?
それよりも。
「トップコート吹こうか?」
「あ、うん」
今も心ここにあらずといった様子だったね。
どうしたのだろう?
「トップコートだね?」
「そう。このスプレーだよ」
僕は下にある引き出しを開けると、缶スプレーを取り出す。
「光沢と半光沢とがあるけど、どうする?」
「どう違うの?」
「光沢は光を反射して煌めく。でも半光沢は煌めかない」
「それなら煌めく方がいいんじゃない?」
「いや、リアル塗装をしたいのなら、半光沢の方がいいよ。金属感やリアル感が出るから」
「そうなんだ。半光沢で」
「光沢はキャンディ塗装のときとかね」
「キャンディ……?」
「後で教えるね」
僕はそう切り替えす。
「うん。ありがと」
弾けるような笑顔を見せる天野さん。
良かった。
いつまでもその笑顔を見せて欲しい。
やっぱり女の子は笑顔が一番だよね。
「吹いたよ?」
「乾くまで3日かな?」
「そんなにかかるの?」
「うん。プラモデルは時間がかかるんだ」
「そうなの。あ! だったら持ち帰るのは?」
「大丈夫。僕がしっかり管理するよ」
「……ありがと! これ撮影していい?」
「? いいけど?」
「プラモアイドルだからね。表に出さないと!」
ああ。そういうことか。
ファンに本気だと理解してもらうために頑張っているんだね。
「頑張ってウェザリングしたよ~。講師はあのプラモAIさん!」
「僕のことは出さなくていいよ」
「えー! プラモAIさんのお陰でここまでこれたのに~?」
「僕は頑張っているから手伝っただけだよ」
苦笑を浮かべて返す。
「分かった、後でこの動画切るね」
「うん。そうしてくれると助かる」
相手はアイドルなんだし、男の影はないのがいいよね。
マネージャーや、石田さんにも言われたし。
本当は会うの止めたらいいのかもしれないけど。
でも天野さんから来ているしな……。断れないでしょ。
僕はそんなにメンタル強くないよ。
ガンダム00の沙慈クロスロードが第10話で「意思が弱いのね……」と言われる気持ちがよく分かるよ。
僕も意思が弱いんだろうね。
参ったね。こりゃ……。
「僕、強くなりたいな」
「強く?」
しまった。
天野さんの目の前で言ってしまった。
「そう、誰になにを言われても傷つかないような……」
「それって寂しくない?」
「……」
意外な回答に面食らう僕。
「だって誰の意見も聞かないんでしょ?」
ああ。そうか。
天野さんは人が好きなんだ。
だからコミュニケーションをとりたいんだ。
僕はその嫌なことから逃げている。
だから、表には出ない。
SNSの発信すら怖い。
プラモデルの写真をアップするなら出来るけど、僕という邪魔な存在は消したい。
でも天野さんは違う。最初から自分の存在を認めさせようとしている。
まるでガンダム00の主人公『刹那・F・セイエイ』のように。
自分の心に素直で、純粋で。どこまでも、ひたむきに。
そんな人が実在するんだ。
僕は彼女に惹かれつつある。
それは認めよう。
でもだからと言って何か変わるわけでもない。
僕は僕で、天野さんは天野さんだから。
動画をとり続ける天野さん。
それが終わると、華やいだ笑みを見せる天野さん。
ああ。やっぱり素敵な人だね。
「じゃあ、コンテストの対策考えよう?」
「え。どうやって?」
「ん? 考えてないの?」
天野さんは不思議そうに小首を傾げる。
「だって僕は作りたいものを作るから」
「万代く~ん!」
「どういう感情?」
褒めるような、怒っているような、納得しているようにも見える顔をしている。
本当どんな気持ちなのさ。
「だって。わたしなんか次元の彼方に追いやられた感じじゃない」
「ますますわからん」
わからないことがあるというのは、争いの種にもなるらしいが、僕はもっと知りたいと思った。
それが人の可能性という奴だろうか?
知りたいと、分かり合いたいと願うのは。
「わたしにGN粒子が使えれば!」
「人間はそんな便利にできていないよ。逆立ちしても神にはなれないのだから」
「でも神を産み出したのは、あるいは見いだしたのは、人間だよ?」
「宗教論は不毛だから止めよう?」
ぷくーと膨れる天野さん。
「最初に神を持ち出したの、万代くんなのに~」
「ごめん。ガンダムのセリフだよ」
「あ、そうなんだ……」
「カイ・シデンだね」
「やっぱり万代くんは万代くんだね」
微笑む天野さん。
「そうだね。僕は僕だよ」
「それでいいのかもね」
「天野さんだって天野さんだもの」
「そっか!」
何かを理解した僕たちは笑いあった。
「そうだ! 来週末のライブ来てよ。はい、チケット」
「え? でも……」
「恩を受け取りぱなっしじゃない。少しは返させて!」
ちょっとガンダムSEEDのカガリぽい。
「分かった」
僕はほっこりとした笑みで返す。
「分かればよろしい!」
そう言ってチケットを渡してくる天野さん。
その手には三枚ある。
「多いよ!?」
「令美ちゃんと伊織ちゃんも誘って」
ああ。そういうことか。
「うん。誘うよ」
帰ろうとする天野さんに、
「ライブ頑張って。僕も絶対見に行くから」
「うん、ありがと!」
玄関まで見送ると、天野さんは手を振ってから帰宅するのだった。
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