第23話 HG 1/144 ルブリスソーン

 翌日の放課後。

 伊織の設計図にほほうと唸っていた頃。

「俺様が来た」

「呼んでないからね?」

 僕の後ろに立つレイジ。

「はん? 貴様、迷いを断ったな」

「それは……」

「で。貴様のガンプラは?」

「ここにはないよ」

 部室を見わたしてもあるはずがない。

 だって家で作っているのだから。

 最高のガンプラを作るために調整中なのだ。

 だが新作が間に合う気がしない。

 構想はある。プラ板からの切り出しも終わり、接着剤が乾くのを待つばかり。

 だいぶ形にはなっている。

 ただ円柱が多くて苦戦している。

 ミーティアユニットは完成できるのか?

 まにあわないなら、アクセルストライカーを出すしかない。

 アクセルストライカーは塗装もしなくちゃいけない。

 どこまでも時間が足りない。

 最高のイメージが沸いてきても、作りあげなければ意味はない。

「へー、いい顔しているじゃないか!

貴様」

「そりゃどうも」

「そう言うレイジはどうなのさ?」

「がははは! 俺様もこのルブリスソーンに負けない完成度だせ!」

 部室の棚にあるルブリスソーンを手にするレイジ。

「あんた、私のソーンに気軽に触れないでくれる?」

 伊織は冷たい視線を投げ掛ける。

「は、貴様のか! 面白い。お前もコンテストに参加するのだろう? なら俺様の敵に決まっているじゃねーか!」

「貴様じゃない。伊織だ」

「くくく。面白い面白いぞ!」

 伊織の目付きが鋭くなる。

「あんたには負けないから」

「くくく。いいぞ! かかってこい!」

 不敵な笑みを浮かべるレイジ。

「プラモデルは、争いの道具じゃないよ」

 僕は静かに告げる。

「そうなの。わたしも最初は比べていたの。でも違う。これは自分との戦いだって」

 しばらくの沈黙。

「くくくははは! 面白い! なら自分と戦うだけだ! いいことを言う。さすがフィアンセ」

「いや違うよ?」

 レイジの虚言に冷静な突っ込みをいれる天野さん。

「はん、俺様が一番だ。それに代わりない」

 豪快に笑い飛ばすレイジ。

 どこまでも自分勝手なやつ。

「今回のコンテストは『かっこよさ』だ。貴様にそれができるのか?」

「できるさ。僕たちΔ+デルタプラス高校プラモデル部は絶対にかっこいいを作ってみせる!」

「その覚悟、俺様は忘れねーぞ!」

「言ってろ」

「けっ。喧嘩売るならもっとマシな言い方しろ」

 レイジはどこまでも好戦的で度胸がある。

 そして何よりも優れたモデラーである。

 彼を越えるには、本体のカラーも考えなくちゃいけない。

 僕はあのガンプラを完成させる。

 なにがなんでも!

「レイジくんは帰りな」

「は。貴様の指図は受けねーよ」

 いつまで居座る気だ。

 怪訝な顔を向けるとレイジは気にした様子もなく、天野さんに話しかける。

「好きなガンダムシリーズは?」

「えっと。ユニコーンかな?」

「くくく。いい趣味だ! ますます気に入った!」

「盛り上がっているところ悪いけど、なにしに来たのかね?」

 やっと部長が声をあげた。

「別に俺様の勝手だろ」

「本当に勝手ね。入校手続きはしたのかしら?」

「ねーな。んなもんなくてもダチ会うのに理由がいるか?」

 部長がすーと目を細める。

「ダチって誰?」

「決まっている。バンダイだ」

「え? 友だちなの?」

 僕は驚いてプラモデルから顔をあげる。

「なにを言ってやがる。東北のマッドサイエンティストの異名を持つお前が」

「知らないよ、そんな武器……いや異名」

「俺様は東京の獅子王の異名だ。てめーの方が文字数が多いんだよ!」

 なぜかぶちギレている。

 こいつ、たぶんめんどくさいタイプだ。

「まあ、異名なんて他人がつけるものよね」

 部長が楽しそうに笑っている。

 笑う場面だろうか?

 部長のメンタル強い。

「おう。確かに他人だな」

 なんだか納得しているし。

「そのうちあたしも異名持ちになるのかー」

「貴様は宮城のBLって異名がついているぜ?」

「不名誉なんだけど!?」

 部長の趣味、そこまで露見していたんだ。

 だからSEEDと鉄血は見ているのだものね。

「くくく。だが異名持ちは強い。俺様をたぎらせるぜ!」

「ク。あたしだって最強のファーストガノタを名乗ってやるんだから!」

「ガンプラは……争うものじゃないよ」

 僕は困ったようにため息を吐く。

「ちげーよ。ガンダムは争ってこそガンダムだ!」

「そんな世界、誰も望まない!」

「ならどっちが正しいか勝負っすか!」

「だから勝負なんて……」

「てめーが腰抜けつーのはよく分かった」

 口の端を吊り上げ、レイジが顔を歪める。

「モテないだろ、貴様」

「それは!」

 否定できない。

 今まで誰も僕を見てくれなかった。

「モテるならたぎる男になれよ」

「……分かった。勝負しよう」

「は! それでこそ男だ」

 はめられた。

 相手の口車にまんまと乗ってしまった。

 まあいい。

「それで、勝負方法は?」

「コンテストのランキングだ。てめーが負ければ夕花は俺様がいただくぜ?」

「本人の了承はないよ」

「なら、力づくで奪うまでよぉ!」

「そんなこと、させない!」

「くくく。てめーの弱点が分かったぜ。童貞野郎」

「なに?」

 静かに怒り、レイジの顔を睨む。

「は。てめーのガンプラ魂潰してやるぜ」

「なんで僕にこだわる?」

「知らねーのか? お前がランキング三位で俺様が四位だからだよ!」

 ランキング?

 なんのことだ。

 部長がプラモデルの雑誌を広げる。

 そこには『今注目のモデラー』という記事がある。

 それのことか。

「負けねーぞ」

 それを言い残すと、部室を出ていく。

「わたし、賭けの対象なの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「なんにせよ。勝てよ万代」

「部長」

「大丈夫だ、民也。わたしがいる」

「待って。伊織ちゃん聞き流せないよ!」

「あ、バレた?」

「わたしが力づくで奪われてもいいわけ!?」

 必死な顔になる天野さん。

「良くないね。少し考えさせて」

 僕は頭をフル回転させる。

「うん。追加装備だ」

「すでに戦う意思あり、だな」

「そ、そんな……」

 天野さんはガクッとその場に崩れ落ちる。

「大丈夫。絶対勝つよ」

 僕は手を伸ばす。

「本当に本当?」

「うん。もちろんだ」

 僕は捕まれた手を離さないようにする。

「わたしをさらって」

「~~」

 感情を掻き乱される。

 なにこの感情。

「いいよ。さらう。さらってみせる」

 キザなセリフだっただろうか?

「ありがと!」

 華やいだ笑顔をみせる天野さん。

「あんたら、青春しているねー」

 ケラケラと笑う部長。

「「…………」」

 なんだか気恥ずかしくなってきた。

 天野さんも耳を真っ赤にしている。

 恥ずかしいのだろうか?

「さ。青春野郎ども下校時間だよ」

 部長はそう言い、外に追い出す。

「このあと……ひま?」

 天野さんが顔を傾けて尋ねてくる。

 なんだか緊張する。

「うん。暇だよ」

「じゃあ一緒に……」

 一緒に?

 ごくりと生唾を飲み込む。

「ガンプラしよ?」

 ガンプラって動詞だっけ?

 まあいいや。

 期待した僕が馬鹿だった。

 天野さんは純粋な子なのだから。

「あーあ。早く大人になりたいな」

「どうしたの? 急に?」

「なんでもないよ、鈍感くん」

 その言葉にムスッとなる僕。

「ごめんごめん。さ。夜もふけてきたし、ガンプラの時間だね」

「ガンプラって夜なの?」

「冗談冗談」

 クスクスと笑みを浮かべる天野さん。

 なんだか楽しそう。

 見ててよ、僕のガンプラを。

 すべての頂点に立つ最高のガンプラを。

 僕の心を表す作品で、みなを釘付けにするんだから。

 無限大の想像力と、独創性でコンテストに挑む!

 溢れる勇気とパワーを味方につけて。


 覚悟がいる。今を超えて、プラモデル界の頂点に立つ覚悟が。

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