第24話 PG 1/60 ユニコーンガンダム試作二号機 バンシィ・ノルン
二人で僕の家に帰り、すぐにプラモデルの準備をする。
「さあ、行くよ」
「はい」
ガンダムエアリアル。
それのオリジナルカラー。
プラモデルアンバサダーとして、アイドルモデラーとして、彼女はその一歩を踏み出す。
でも、
「むむむ」
苦戦のご様子。
「こここうしたら?」
「あ! さすが万代くん」
明るい顔になった天野さん。
プラモデルも喜んでいるみたい。
良かった良かった。
少しずつガンプラが組上がっていく。
それを見るのも意外と楽しい。
「ああ。ここ、もっとこうして」
「うーん」
「いやいや手先があぶなかっしい」
「……」
「ここは、こうしたら?」
「ああ。もううるさい!」
天野さんの声が響く。
ガタッと立ち上がると詰め寄ってくる。
「わたしのガンプラなの! わたしの思い通りにさせて!!」
「あま、の……さん」
「どうして信じてくれないの。どうしてわたしのこと、見守っていてくれないの。今日の万代くん、おかしいよ!」
違う。
僕は彼女を全力でサポートすると決めたのだ。
だから。
「万代くんはどうしてわたしを見てくれないの!!」
「見ている。見ているよ! だってこんなにも――!」
「なに?」
こんな勢いに任せて言うべきことじゃない。
好きって。
「なによ。なにが言いたいの! わかんないよ! 万代くんが何を考えているのかって!!」
「そんなこと、言われても……」
怒りを露わにしている天野さん。
その根底が分からず、困惑する。
僕はなにを考えていたのだろう。
わからない。
「本当は、わたしのことなんとも想っていないんでしょう?」
「そんなことないよ!」
「じゃあ、なんで何も言ってくれないの!? あのときのアレは嘘だったの!?」
「あのときの、アレ?」
「ちゃんと言葉にしてくれなきゃ、分からないよ」
悲しげに呟く天野さん。
「なんで部長さんとあんなに仲よさそうにしているの。なんで伊織ちゃんと仲良くしているの!!」
「どう、いう……」
僕はずっと天野さんが好きだと気がついたばかりなのに。
「ぼ、僕はずっとキミだけを見て――」
「嘘ばっかり! だったらなぜわたしを愛してくれないの!」
「好きだよ。愛しているよ!」
つい勢いで答える僕。
「嘘だ!」
そう言って立ち去る天野さん。
「待ってよ。天野さん」
僕は慌てて追いかけようとする。
「何やっているのよ。お兄ちゃん」
令美が頭痛でもするのか、こめかみを抑えながら僕を引き留める。
「お兄ちゃん、自分のこと分かっている?」
「それは、どういう意味だよ」
「うちの部屋に来て」
令美が僕の袖を引っ張り持って行かれる。
「お兄ちゃん、ガンプラの作り方教えて」
「え。ええ。今は天野さんの……」
「置いていかないで!!」
「令美?」
「うち、寂しいよ……」
僕のお腹に吸い付いてくる令美。
「うち、お兄ちゃんと別の出会いをしたかった」
「どういう意味?」
「うちが他の家の子なら恋愛対象になった?」
「令美、こんなときに変な冗談はやめろよ」
「本当にそう思う?」
身体に回された手が震えている。
相撲の押し出しで負けるわけにはいかない。
僕はその場で耐え、令美を押す。
「令美は好きだ」
ぎゅっと抱き締める力が強くなる。
すくい投げする気か?
「でも、令美への好きは家族としてだ」
回された手が弱まる。
「これからも家族でありたい」
完全に解放される僕。
「そんなの……。そんなのひどいよ! お兄ちゃんが意識させたんだよ!! 全部ぜんぶ! お兄ちゃんのせいだから!!」
僕は令美から離れると、傘を持って季節外れの入道雲の下を走る。
天野さんがどこに向かったか、なんてわからない。
でも探さないと。
雨が降り始める。
「おめーは誰を探してんだ?」
「レイジ……?」
なぜ彼がここにいる。
いやそんなことよりも。
「キミには関係ないよ」
「彼女がなぜ泣いたのかもわからないくせに」
「なんだと」
「その反応、図星か」
参ったと言いたげな顔をするレイジ。
「……かまをかけたのか」
「おめーはなぜ傷ついたかも分かっていねーくせに」
「……そう言うキミは」
「分かるさ。あんな顔を。見たらな!」
胸ぐらをつかまれる。
「俺様の姫だったのによぉ!」
「そんなの知ったことか」
「テメーには言わせねー!」
握る力が強くなる。
「テメーは自己満足で助けてやがる。俺様はそんなテメーが嫌いだ。俺様ならあいつを幸せにできる」
「僕だって!」
つかまれた手を引き剥がす。
「僕だって、誰かを幸せにできる」
「根拠もないくせに!」
「ないよ。でも歩み寄りたい。そばにいたい」
それだけだ。
それが僕にできることだから。
「プラモデル作っているだけの紛い物が」
「キミこそ!」
「俺様はすべて一番だった。プラモデル界でも一番になるだけだ」
「なに?」
「俺様のすべてを見せてやる。こい」
「僕は天野さんを探さないといけない」
「安心しろ。自宅に帰った。テメーの心配は必要ない」
冷たくバッサリと切り捨てられる。
「……分かった」
「は。ただのタマナシじゃねーみたいだな」
「……口の悪い」
あの少女に柔らかい口調にするように言われたんだ。
きっと天野さんだって。
記憶の中の少女と天野さんが重なってみえる。
まさかね。
苦笑をこらえながら、レイジについていく。
電車で二十分。
「いや遠いな」
「くくく。テメーは雑魚だな」
「なにを」
苛立ち声をあらげる。
「テメーは今回のコンテストで完全に潰してやんよ」
「できるわけがない」
仮にもプロのモデラーだ。
こんなところで終わる僕じゃない。
そしてプラモデルでは自信がある。
「俺様の家だ」
目の前には百坪の大邸宅があった。
門構えは重厚で伝統がある。
その門を開くレイジ。
「こいよ」
「あ、うん」
家に入るなりメイドさん数人が挨拶をしてくる。
どんな家庭環境だ。
「こっちだ」
レイジが数ある部屋の中から一ヵ所を開く。
そこにはたくさんのトロフィーとメダル、そして盾がある。
「ここは?」
「俺様の輝かしい栄光の部屋だよ」
レスリング金メダル
ボートレース一等賞
カクヨムコンテスト10入賞
宇宙開発技師一級
「なんて奴だ……」
「は。だからテメーには負けねー。俺様は俺様の手で幸せを勝ち取る」
僕なんかよりもずっと優れている。
天野さんは彼を選ぶかもしれない。
ズキズキと胸が痛む。
「テメーにはこれを見せるぜ」
中央にあるショーケース。そのかけられた布を剥ぎ取る。
「こ、これは……!」
PG1/60ユニコーンガンダム試作二号機バンシィ・ノルン。
金と黒の色合いが重厚かつ派手さをもたらしている。
ガンダムユニコーンに出てくる機体。
緻密なデザインに加え、レイジの表面処理と塗装で最強にみえる。
「テメーにこれが作れるか?」
ふるふると小さく首をふる。
無理だ。
ここまでの完成度を僕は作れない。
天野さんにふさわしいのは彼かもしれない。
だってプラモデルから伝わってくる。
彼の本気さを。強さを。
最強のモデラーかもしれない。
基本に忠実で、それなのに最高の出来映えを見せている。
「くくく。貴様は弱い。諦めろ」
「そ、そんな……」
心の中にモヤモヤとしたものがたまっていくのを感じた。
侵食されていく。
僕の唯一の取り柄も、彼の前ではただの児戯に等しい。
尊厳を蹴り崩された。
もう、僕にはなにもできないのか。
天野さんをレイジにとられるのか?
最高のプラモデルを作るんじゃなかったのか?
自問自答しても答えなんて見つからない。
プラモはなにも答えてくれはしない。
僕はどうしていいのかわからない。
くじけた心に「諦めろ」の文字が浮かぶ。
僕はモデラーでいいのだろうか?
誰も幸せになんてできない。
やっぱり自己満足なのかもしれない。
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