第25話 HG 1/144 ベギルベウ
「は。貴様はやっぱり腑抜けだな」
「……」
言い返す言葉も見つからない。
僕はこんなにも弱い人間なんだ。
誰か喜ばせたことも、誰かを助けたこともない。
ただ単に作りたいものを作って、満足して。
そんな僕に天野さんを語る資格なんてないんだ。
無理だ。
まともにクラスメイトの顔もみられない、こんな僕に。
レイジなら周りの人間を引っ張っていける。それだけの強さがある。
僕にはない強さだ。
まるで歯が立たない。
僕は弱い人間だから。
自分のことばかりだ。
「テメーは雑魚だな。張り合いがないぜ」
吐き捨てるようにレイジはつぶやく。
「テメーはその場でいじいじ腐っていればいいさ」
言葉を失う。
こんなにバカにされたのは初めてだ。
そして自分の不甲斐なさを痛感したのも。
僕はずっとプラモデルと向き合ってきた。
それでいいと、それがいいと思っていた。
それだけで自然と周りが集まってくる。
自分から他人に働きかけようなんて考えていなかった。
弱さをみせたくなかった。
だからみんな離れていく。
一人残らず離れていく。
悲しいはずなのに涙はでない。
代わりに胸の奥でがらんどうになった何かが残る。
寂寥感だろうか。
自分の浅ましさにくるまれて、転がっている。立ち上がりかたも忘れた人がそこにいる。
僕はどうしたいのだろう。
「こんな腑抜けと戦おうとしていた、俺様も滑稽だな」
レイジは別れ間際にそう告げる。
腑抜け。
今の自分には似合いの言葉だ。
口の端をつり上げる。
レイジは額に脂汗を浮かべている。
その顔は、笑っていた。
「は! まだ抵抗する気力があってか!」
その瞳に闘争心を燃えたぎらせるレイジ。
僕はふらっと自宅に足を向ける。
あてなんてない。
家では泣いている妹がいる。
僕に愛を向けてくれた人が。
もうあの四人で机を囲むことはないのだろう。
その実感が全身の産毛を逆立てる。
あれは幸せな時間ではなかった。
みんな僕という人間と仲良くしようとしていただけだ。
天野さんも令美も。
ふと思う。
なら伊織は?
震える手で伊織の電話番号をタップする。
「伊織?」
数回のコールで出た。
『電話なんて珍しいね。どうした?』
「僕は。もう……」
プラモデルを作らない。そう言いかけて止まる。
そうすれば友だちができるのだろうか?
他人と会話できるのだろうか?
プラモデルしか見てこなかった自分が?
冷たいものが胸のあたりに指し広がる。
じわじわと四肢を冷ましていく。
『今向かうから待って』
慌てた伊織は電話を切る。
雨の切れ間から伊織が現れる。
傘はそっと僕を守ってくれる。
「うちで話を聞くよ」
伊織は柔和な笑みを浮かべて僕の肩を抱く。
家に帰りたくない理由を彼女は知っている気がした。
「さ、お風呂沸かすから、服脱いで」
「うん」
僕は玄関で脱ぎ始める。
「ひゃい。ここじゃなくて洗面所だって!」
伊織は顔を真っ赤にして洗面所に誘導する。
言われるがまま、僕は湯船に浸かる。
僕は敗北したのだ。
「民也」
お風呂にいるのに伊織が入ってきた。
「ちょちょちょ待って」
「なによ、昔は一緒に入っていたじゃない」
「幼稚園の頃だろ!」
「覚えているじゃない……」
「あ!」
言葉に詰まる。
「私の身体じゃダメ?」
いや、なんでそんなことを聞く。
僕は伊織が――。
違う。もう決めたよね。
「伊織はタンエーガンダムみたいに美しいよ」
「例えがガンダムすぎるのよ……」
「ガンダムでなにが悪い!」
「悪かった。いや私が悪い?」
「もうあがるからね」
「……そっか」
僕はお風呂からあがると伊織のジャージに身を包む。
なんか甘い匂いがする。
蕩けそうになるこの香りは……。
いかん。
少し落ち着け。
そうだ。スマホ。
スマホで最新のガンプラ動画を見よう。
ってスマホは前の衣類のままか。
早くしないと、洗濯されてしまう。
慌てて洗面所に入ると、全裸の伊織が僕の衣服に顔をうずめている。
「ああ。いいにお……」
何かを言いかけて僕と視線が合う。
「ち、違うから! 接着剤の匂いを確かめていただけ!」
「シンナー中毒じゃねーか!!」
僕は問答無用で伊織の部屋に向かう。
「ああん。待って!」
いつもの冷静な伊織は何処いった。
「接着剤はすべて捨てるからな!」
「待って!」
僕は幼稚園の時の記憶を頼りに部屋へ向かう。
「って全部、リモネン系じゃん!!」
リモネン系というのは、シンナー系と違い柑橘系の香りがする比較的新しい種類の接着剤だ。
僕も愛用している。
「もう。驚かせないでよ」
未だ全裸でいる伊織。
「あ、いや。違うの」
なにが違うのさ。
僕はちらりと棚にあるガンプラをみる。
ベギルベウ。
水星の魔女に登場していたモビルスーツだ。プロローグだけに登場した機体。
丁寧な作り込みにほうとため息がもれる。
「キモいよね。こんなの」
伊織はそう言いベギルベウを棚から段ボール箱に放り込む。
「いや、伊織のプラモデルは質が高い。僕には、」
「ふざけないで!」
伊織の声にびくりと震える。
「いつもそう。自分は高いところから。人を見下して」
「伊織?」
その肩に触れようとすると、弾かれる。
「あんたはいいよ。そうやって人を見下していれば。でも私は違う」
なんだ。なにを言いたい。
「あんたみたいな才能の塊と比べられて!」
「才能……?」
そんなこと考えたこともなかった。
僕が優れていると思ったから?
違う。
「あんたはプラモデルを楽しんでいたけど」
違う!
「私は違う!」
「違う!!」
僕の大声に驚く伊織。
「キミはガンプラが好きだろ?」
「あんたのせいで嫌いになったのよ!!」
「伊織」
僕の声はもう届かないのだろうか。
「民也には、関係ない」
静かにむせび泣く伊織。
「出ていって!」
「……分かった」
物語の主人公なら気のきいた言葉の一つも言えるのだろうけど。
ただのモデラーにはそう言うしかなかった。
入道雲が去ったあとの太陽の日差しがさしこむ中、僕は公園をみやる。
昔はここで伊織と令美と一緒に遊んだものだ。
頼りない鎖のブランコに手を触れる。
「万代」
声がした方に顔を向ける。
一瞬、天野さんと空見をしてしまう。
会えると信じていた相手と。
「どうした? お姉さんに相談なさい」
「部長……」
そこにはプラモデル部の部長の
弱った僕はあらいざらい部長に話していた。
「そっか。大変だったな」
「すべて自分が撒いた種です」
「そう言うな。万代も万代なりにがんばったのだろう?」
「それはそうです。傷つけたいと思ったわけじゃありません」
「なぜかな?」
「たぶん、僕は色恋に鈍感なんだと思います」
「諦めるなよ。キミの眼には力がある」
「部長」
「なんだ。のってこないのか?」
クツクツと笑い始める部長。
「ユニコーンの言葉ですね」
「わかっているなら、話は早い。くよくよしても事態の改善にはつながらない。わかっているだろ?」
「それは……そうだけど……」
でも人間だもの。
理屈通りにはいかない。
「誰しもが悩み苦しんでいる」
部長は悔しそうに顔を歪める。
「だがな。そんな中で愛をみつけるのは、最高だろう」
「自分の汚い欲望をぶつけているだろうに」
「それは考え方しだいだ。それでも好きでいられる。祈りは届くさ」
「部長」
「なんにせよ。決めるのは万代自身だ」
「……もう。決まっていますよ」
「なら歩くだけだ。歩き続けろ」
「僕はコミュニケーションをやめた人間てますよ?」
「みんなそうさ。誰だって初めからできていたわけじゃない」
そっか。みんな積み重ねがあって成長したんだ。
なら、僕も頑張らなくちゃいけないんだね。
やるよ。やってみせるよ。
僕は天野さんともう一度話がしたい。
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