第26話 HG 1/144 シャア専用ザク
けっきょく、天野さんに避けられたまま、プラモデルのコンテストである「BB01プラモコンテストin東京」の当日を迎えた。
各々がプラモデルをケースに入れて会場に向かう。
天野さん、伊織、部長、そして僕。
全四人で僕たちは会場の案内所をくぐる。
参加人数約五千人、学校数四百二十六名。
「他の参加者のプラモデルもみたいね」
「だな」
伊織がそう呟くと、部長も同意する。
「さて。我々はC-13-1にプラモデルを飾る」
「分かりました」
「行こうか」
展示会場に向かい、設営を始める。
机の上にそれぞれのプラモデルを並べる。
「部長のはシャアザクですか?」
「そうだ。志向にして最高のガンプラだ」
うんうんと深くうなずく部長。
「赤いのいいよね」
伊織までもがうなずく。
「まあ、かっこいいけど……」
僕は困ったように頬を掻く。
他にもかっこいいガンプラはあるだろうに。
シャア専用ザク。
シャア=アズナブルの乗ったモビルスーツ。通常の量産型ザクにアンテナ、赤い塗装で差別化を図った機体。
通常のザクの三倍の速さで活躍するかっこいいやつだ。
「まあ、僕も一緒に見ていたけどね」
ちなみに喧嘩した天野さんと伊織の模型は見ていない。
若干の不安はあるものの、二人ともセンスはある。
僕も手を抜いてはいない。
最高のプラモデルを作ったつもりだ。
ただアレはまだ完成していない。
この場には持ってきたけど見せる機会はないかもしれない。
出来上がったなら最高なのに。
休憩時間にでも組もうか。
「僕のガンプラはこれだよ」
ガンプラを取り出すと机に置く。
「万代、それはないんじゃない?」
「なぜですか?」
「その独創性は認めるけど、あまりにも突飛だ」
「私もどうかと思う」
「伊織……」
「だってガンダムらしさがないよ」
伊織は渋面を浮かべる。
「そうかもしれない」
「原作に忠実なのが万代くんの取り柄なの」
天野さんまで顔を強ばらせる。
そんなにひどいのかな。
「さて。審査員は会場を回る。ここから三日間が山場だ。部費を増やすためにも頑張ろう!」
「て。展示するだけじゃない」
乾いた笑いを浮かべる伊織。
「わたし、行くね」
「プラモデルドールプロジェクトだっけ?」
部長が尋ねてうなずく天野さん。
「そっか。アイドルだったね」
伊織も納得したようだ。
「あとで見に行くよ」
部長がそう言い、天野さんはその場から離れる。
「気になる?」
「え?」
伊織は真っ直ぐな瞳を向けてくる。
「そう、だね……」
天野さんが避けているのも、伊織は分かっているのだろう。
広い会場の中央に段があり、アイドルが立ち振る舞える台がある。
あそこで歌って踊るのだろう。
関係ない。
そう言い聞かせて、手元のガンプラに眼を落とす。
作りかけのミーティアストライカーをさわる。
「それ新作だな」
部長が覗き込んでくる。
「はい。でも円形って難しくて」
「ふむ。この厚みをだすのは大変だな。角をカットして最後はヤスリか?」
「そうです。それしか方法がないみたいで」
「レジンは使わないのか? 一つのユニットだけですむだろう?」
「軽くしたいんです。重心が後ろに来ると倒れるでしょう?」
「言いたいことはわかるが、アクションベースじゃダメなのか?」
「迷いましたが、どのみちレジンは時間がかかるので」
「同じようなものじゃないか」
「まあ、最終的には僕のこだわりです」
「そう言われたら、がんばれとしか言えないな」
柔和な笑みを浮かべる部長。
「はい。頑張ります」
「しかし、塗装は間に合わないか」
「はい。次のネットコンテストで、と思っています」
「だな。あたしも新作考えないとな」
部長はおとがいに手をあてて考え始める。
「あの……ネットコンテストって、なんですか?」
伊織が怖ず怖ずと手を上げる。
「ああ。有識者で集まって、SNSとかでプラモデルの写真をみせ合うんだ」
「そしてテーマに合っている人が選ばれる。賞金やトロフィーはないけど、部活としては記録に残す」
「なるほど。閲覧数が高いほど広告収入がある。部費に回せるのですね」
あくまでも部長に話しかける伊織。
「そうだな。……君らなにかあった?」
「「別に……」」
重なった声に気まずさを感じ、二人とも顔を背ける。
「ふーん」
メガネの奥が光る部長。
何かあったというのは、バレているだろうね。
でも話したくない。
「まあいいや。さ、開会式が始まるよ」
部長がそう促し、会場中央に視線が集まる。
先ほどの台の上にこのコンテストの代表者が登壇する。
「今回、このBB01プラモコンテストin東京を開催できたこと、誠に嬉しい限りです」
プラモデルの強豪校たちがマジマジと代表者へ視線を向ける。
「みなさんも他校のプラモデルを見て研究し、切磋琢磨してほしい」
レイジ、カナリア、菅野、沢井、吉谷、狂丘。
どの人も優れたモデラーで、輝かしい栄光を納めている。
彼らと同じ土俵に立っている。
全身が震えるのを感じた。
怖いからじゃない。
武者震いだ。
僕の作品が一番強いんだ。
「長くなりましたがわたくしの方からは以上で締めくくらせてもらいます」
「続いて名人ヤマグチさんからです」
ヤマグチさん。
僕たちのガンプラを見てくれていた。
その記憶がふわっと思い起こされた。
そっか。名人が“恋”について話したのは、こうなることを予見していたからだ。
恋で活動が乱れると分かっていたんだ。
さすが名人。
「君たちのプラモデル、しかと見させてもらいます」
名人の話が終わり、代わりに登壇したのはプラモデルドールプロジェクトの面々。
「ヒューヒュー」
「がんばれー」
応援の声があがる。
しかし――。
「なんだ、あれ」
「おれは知らないぞ」
まだまだ知名度が低いらしい。
注目している人はまばらだ。
重低音が腹に響く。
イントロが始まった。
天野さんたちは歌い踊る。
プラモデルを組み立てる動作、歌詞。
彼女たちもまた、プラモデルを好きでいる。そう思いたい。
だってこんなにも美しい歌声なのだから。
心に染み入る、それでいて元気が出る歌だ。
最高のパフォーマンスで一曲歌いきる。
ファンが増えたらしい。
声援があがる。
天野さんたちはステージ衣装のまま、手をふる。
「わたしたち」
「「「「プラモデルドールプロジェクトのコネクトプラスです!」」」」
「わたしたちは生まれたてのプラモデルアンバサダーのアイドルです」
「プラチューブやってます! 見てね!」
「新作のプラモデルを公式から受け取って、開封レビューをしたりしています」
「あとMVもあるので見てね!」
メンバーが次々に情報を話す。
みんなすごいな。
ちゃんと話せている。
「じゃあ。二曲目、いっくよ~!」
ズンズン。
イントロが流れ始める。
天野さんたちが踊り出す。
だがAメロの最後に事件は起きた。
足をもつれさせた天野さんが転倒したのだ。
その苦痛に歪む顔をみて、
「天野さん! がんばれー!」
咄嗟に声がでていた。
顔色が変わった。
仲間たちが歌いながら天野さんに手を伸ばす。
その手をとり再び立ち上がる。
サビを歌い始める天野さん。
透き通るような美しい歌声。
僕は声の限り応援した。
天野さんに届いたか、どうかはわからない。
僕のことを嫌っているかもしれない。
でも、僕はまだあきらめていない。
もう一度僕も立ち上がりたい。
人を大事にしたい。
自分だけの世界じゃない。
もっと広い世界をみたい。
人の可能性を信じたい。
だってどうしようもなく人間なのだから。
ガンダムの影響かな。
屈託のない笑みがこぼれる。
きっと天野さんと話ができる。
もう迷わない。
決めたんだ。
僕はコミュニケーションをとるって。
プラモデルの話だけじゃない。
彼女の知らないことを知りたい。
天野さんの好きな食べ物も、嫌いな食べ物も知らない。
将来の夢も聞きたい。
僕はまだ立ち直れる。
それを教えてくれたのは他でもない天野さんだ。
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