第32話 MG 1/100 キュリオス
「はい。あーん」
僕はプリンを掬い、天野さんの口元に運ぶ。
「あーん」
天野さんも嬉しそうに頬張る。
「ん♡ おいしい♡」
「糖分過多じゃないですかね? これ」
令美は引きつった笑みを浮かべている。
「まさか二人が付き合うとは……」
石田さんが苦い顔をする。
「それにしても人目もはばからずに」
伊織は頭痛がするのか、こめかみに指をあてる。
「あーん♡」
「あーん♡」
頭に手をあてる伊織。
「こいつら、本気で恋人なんだな」
石田さんも顔色を変える。
「ああ。もう、私がけしかけたけどさ……」
伊織が困ったようにしゃべる。
「さて。このBB01プラモコンテストin東京も閉幕の時間。まずは彼からのお言葉を頂きましょう!」
名人ヤマグチが声を上げる。
「今回のコンテストは最高のものでした。また、みんなの作品のレベルが高く、すごかったです」
ヤマグチは顔を緩める。
「私のことを名人と言いますが、名人候補はたくさんいました。ただ残念なことに事故もあったみたいで」
会場がしんみりする。
「でも、それでも諦めない。その心に感動しました。今日の評価を糧にして、次を、来年を楽しんでください。好きがあなたの心を、人を動かすのです」
ヤマグチが言い終えると、会長にバトンタッチする。
会長も色々と話す。
「今回のランキングは全てではありません。五人の審査員による厳選なる審査でしたが、彼らも万能ではありません」
会長が言い終えると、会場がざわつく。
やっとコンテストのランキングが発表されるからだ。
ランキング三百位から始まり、次々と公表されていく。
その一挙手一投足が監視されている。
その百二位にレイジの百二式が公表される。
「がってむ!」
レイジは奇声を上げて、抗議している。
僕と天野さんのはまだ公開されていない。
どうなる!? どうなる!?
いよいよ五十位目。
その四十九位に、
「四十九位は天野夕花さんと万代民也さんの夕花専用ストライクガンダム+アクセルストライカーでした!」
「四十九位かー」
「もっと上を狙えたかもなの」
天野さんは初心者なのにかなり頑張ったのだろう。
僕は、というとかなり下だったね。
あと四十人は抜かないと。
最高のガンプラを作るならそれくらいしないとね。
苦笑を浮かべて天野さんを見やる。
「ゆっくりすすもう」
「うん、そうなの」
「熟年夫婦みたいなこと言っているけど」
伊織が頭を抱える。
「さて。次は二十八位の伊織
おお、と会場がどよめく。
伊織のサザビーは見た目こそ、HGのサザビーと変わりないけど、中身が違う。
ハッチは開放式になっており、駆動する。
様々な仕掛けや内部構造を作り込んだ栄えあるプラモデルになっていると言えよう。
「そして栄えある第一位は~!!」
モニターに映った。
「
クリアカラーのキュリオスをクリアレッドでトランザム状態を再現した一品。
その各部にモールドを彫り込み、表面の情報量を増やしている。
ただのキュリオスではない。
作り込みも、塗装も、最高の出来映えだ。
富乃さんが登壇し、話を始める。
「わたくしなんてまだまだ未熟ものだと思っていましたが、この光栄な賞を頂けたことで、みんなに認められたと感じます。今後も名人になるため、精一杯作っていきたいと思います」
しっかりとした良い人そうな方だ。
「すごいな……。あれだけの作り込み」
「あんなの、民也のより全然じゃん。事故さえなければ……」
伊織は悔しそうに呟く。
「なんで、伊織がそう言う?」
「だって! 民也は悔しくないの?」
「悔しいよ。天野さんの方がうまいのだもの」
「え」
「気がついていなかった? アクセルストライカーよりもストライクの方が人気あるんだよ」
僕は務めて平静を装う。
「僕のオリジナルには価値がないってこと」
「そんなこと!」
僕は改めて思う。
才能はない。
だから、努力でその才能を埋めるしかない。
差分は僕の努力で補う。
そうすれば、来年はもっと上を目指せる。
「天野さん。来年はバトルだよ」
「うん。それまでいっぱい教えてね、師匠」
「ああ。もちろんだよ」
僕は天野さんの手をとる。
「特別賞として美夏さんの戦艦大和が受賞しました!」
「美夏!?」
「おう。これは意外な展開……」
僕たちはひるむ。
プラモドールプロジェクトの新規アイドル・コネクトプラスのメンバーである美夏が特別賞を受賞した。
彼女は本物のモデラーだ。
世界はその賞賛を讃えた。
「僕は、決めたよ。来年は彼女に勝つ」
「ふふーん。いい顔しているじゃない」
「伊織もだろ?」
「まあね♪」
にたと笑みを浮かべる伊織。
「あれれ。美夏ちゃんはすごいとは思っていたけど……」
天野さんは困ったように頬を掻く。
「あの作り込みはヤバいな。砲身も、碇もすごい……」
「ガンプラ以外もいいの」
天野さんは嬉しそうに目を細める。
「美夏ちゃん、本当に頑張っていたから、評価されて嬉しい」
「そうなんだ。でも頑張ったのは天野さんも、でしょ?」
「うん。頑張った。褒めて」
「偉い偉い」
天野さんの頭を軽く撫でる。
すると目を細めて、求めてくる。
何を求めてきているのかは、その顔で分かった。
そっと口づけをする。
「うん。ありがと」
しおらしい顔を見せる天野さん。
そんな顔をされたら、こっちまで本気にしちゃうぞ。
「もう、私諦めたわけじゃないからね」
伊織がビシッと指を突き立てる。
「ふーん。面白いことになっているじゃない」
部長が不適な笑みを浮かべる。
「むぅ。お兄ちゃんのバカ」
「令美。いたのか?」
「ずっといるよ! お兄ちゃんの晴れの日だもの」
「僕は四十九位だったけどね」
苦笑をもらす僕。
「だけど、お兄ちゃんは頑張った。他の人の意見も伺って。そんなのお兄ちゃんだけだよ」
「……そっか。そうかもしれないね」
僕は天野さん、伊織、部長。そして令美のプラモデルの製作に関わっている。
それが実を結んだのか、高評価を頂いている。
それでもまだ至らないのは、僕の価値観が甘いからだ。
だから、もっと精進したい。
好きになりたい。
好きでいたい。
好きでありたい。
好きにしたい。
だから――まだニッパーを手にする。
これもいつかお披露目したい。
ミーティアストライカー。
最高の出来映えにするため、来年のため、今から手が動く。
ニッパーを、デザインナイフを動かす。
好きだから。
それ以外の理由なんていらない。
僕は僕の好きを爆発させる。
少年よ、好きであれ。
好きでいてくれ。
キミにもあるはずだ。好きになれるものが。
それを誰にも否定させやしない。
誰でも好きであってほしい。
いつまでも、どこまでも好きであってほしい。
そんな願いを込めてまた新しいガンプラを作る。
僕はそれだけだ。
それくらいしかできない。
好きなことをやっていて、こんなにも楽しいんだぞ。と、伝える。
みんなの好きを教えて欲しいから。
好きであって欲しいから。
好きなものを嫌いになんてなれない。
嫌いになる必要なんてない。
嫌いなのは変えていきたいけど、好きなものは変えなくていい。
もっと好きを増やせば、僕たちはどこまでもいける。
あのてっぺんにだって届く。
そう。あれはどこにも逃げやしない。
最高のガンプラを作るため、最高の人生にするため。
好きは止められない。
止めちゃいけない。
最後の最後まで好きと言おう。
来年も、再来年も。
ずっと好きでいよう。
好きで行こう。
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