第31話 HG 1/44 ペーネロペー
「で。ネネさんだっけ? なんで私たちの島にいるのさ」
伊織がため息を吐く。
「え。だってここ格好いいプラモデルが展示されているっすから」
「私のサザビーのこと?」
「いいや。ストライク。荒削りだけど、最高っす」
「あんたもあいつの肩を持つんだね」
伊織は苦笑を浮かべている。
「僕は伊織のサザビーも好きだよ」
頬を掻くと伊織は頬を膨らませて赤くしている。
なにこれ。可愛い。
「どうせ、天野ちゃんが好きでしょ?」
「うん。ごめん。僕、伊織のことは好きだけど、……好きじゃない。今は」
「民也……」
「ごめんね」
僕は教室の端でプラモデルを作っているだけで良かった。
それだけで幸せだった。
でも世間はそれを許さない。
ただ居るだけで人と関わってしまう。
幼馴染みも、恋も、みんな変わっていく。
変わっていくことを強要されていく。
一人で生きていくわけにはいかない。
それが産まれてきたルールだ。楔だ。
産まれながらにして、人の契約の箱がある。
血肉を与えられたものにある鎖だ。
僕は生きているだけで誰かを傷つける。
傷つけてしまう。
ひどい話だとも思う。
人は産まれながらにして罪人だろうね。
他の動植物の命まで奪っているし。
環境破壊も行っている。
世界は黙っていても傷つく。
傷つけ合っている。
こんな世界に生きている意味ってあるのか、とは思う。
傷つけ合うだけの命なら産まれてこなければ良かったとさえ思う。
でも、
でも……。
僕たちは生きている。
「あんたなんで泣いているわけ?」
伊織はしかめっ面を浮かべて、僕を見る。
「え」
目の縁に雫が浮かんでいる。
僕はハンカチで拭うと、伊織を見つめる。
「泣かないんだね」
「あんたが泣いたからね。民也」
伊織は変わらず笑みを浮かべている。
「民也は優しくて、強いよ。自分で思っている以上に」
「どういう……」
「さ。行きなよ。天野ちゃんのところへ」
「う、うん」
「伝えたいことがあるんでしょ?」
「うん。そっか……。ナラティブが言いたいこと、ってこういうことか……」
実感すると、僕はじんわりと胸の奥が暖かくなる。
伊織はにこやかに手を振る。
が、きっと心の内は傷ついているのだろう。
ステージ中央で踊っている天野さんのところへ駆け出す。
人混みができていて、みんな集まっている。
天野夕花というアイドルはひどく人気があるのだろうか。
いや、他のメンバーもいる。
みんな自分の好きな人を選んでいる。
石田さんに
みんな最高のパフォーマンスで歌い踊っているように見える。
彼女たちはこのステージでも輝いてみえる。
そして最後に自分たちの作ったプラモデルを中央ステージに飾る。
「あれは……ペーネロペー……」
天野さんが飾っているのはペーネロペー。
それも
きっと失敗作であろう。
でも、彼女はそのことすら恥じない。
「あまのちゃーん!」
「紗菜!! 愛しているぅぅ!?」
「わたし、初心者だけど頑張って作りました! かっこいいですよね!!」
マイクに向かってしゃべる天野さんは可愛い。
「あたしはクスィ。夕花ちゃんと合わせてみました!」
今度は石田さんだ。
クスィガンダムとペーネロペーは閃光のハサウェイに登場するモビルスーツだ。
劇中でもかなりの活躍を見せていた。
「……
美夏が大型の箱をあける。
そこには戦艦大和があった。
「「「おおっ!」」」
全砲門を改造した大和。
これは素人ではない。
きっと優れたモデラーなのだろう。
「うちはこれ。30MM」
ああ。最近できたプラモデル。
30MMは3mm軸が多く使われており、改造のしがいがある。
だが、紗菜はそのままで挑んでいるようだ。
あまりモデラーとしては深くないな。
まあ、石田さんの件もあるからね。
アイドルとしての意欲はあるけど、モデラーとしての意欲はない。
そんな人もいるのだろう。
プラモデルに触れてみて、どんな感想を持っているのだろうか。
天野さんを始めとするコネクトプラスは手を振る。
そろそろ退場の時間らしい。
僕はその手に振り返す。
その一瞬だけ、天野さんと目が合う。
一瞬だったと思う。でも永遠に近い時間を感じた。
僕は控え室に向かう。
近くにある簡素な作りの箱庭だ。
しきりを数枚立てただけの簡易的な部屋。
そこにケータリングや衣装、メイク部屋、更衣室がある。
僕はその部屋の前でマネージャーに止められる。
「きみ。まだ天野さんと仲良くしていたのですか?」
冷たい声が僕の心を冷やしていく。
「ええと……」
僕は返答に困る。
恋人ではない。
むしろそっちの方が困るのだろう。
「その子。通して」
そう言ったのは石田さんだ。
「石田さん?」
「話したいことがあるのでしょう? 今すぐに」
「う、うん」
「異性との交友は禁止しています」
マネージャーは冷たく言い放つ。
「彼はプラモデルの師匠だよ。ばーか」
石田さんはアッカンベーすると、僕の手を引く。
「プラモデル作るようになって分かった。あんたやっぱり才能に溢れているんだって」
手をつかむ力が強くなる。
「気に食わないけど、でもあんたは使える。プラモデルの師匠になれる。うちらのプラモも見てほしい。そしてもっともっとモデラーの心をわしづかみにしたい」
こちらをちらりと見る石田さん。
「うちらを、最高のアイドルにして欲しい」
そして、と続ける石田さん。
「もっともっと、たくさんの女の子を侍らせたい」
「欲望ダダ漏れじゃないか」
「いいでしょう? うちは百合なんだから」
「やけに素直だね」
「もう隠すのに疲れたんだよ」
関係者以外立ち入り禁止を乗り越えて、僕は天野さんのいる控え室に通される。
と、そこには着替え中の紗菜、美夏、そして天野さんがいた。
「ととと。ごめん!」
「ごめんなさい」
石田さんと僕は慌てて謝り、部屋の外に出る。
「なんで控え室で着替えているんだよ!」
鼻血を噴き出しながら声を荒げる石田さん。
「だってあっちの部屋はシンナーの匂いすごいんだもの」
「誰だ! 接着剤使ったのは!」
「リモネン系を使えばよかったのに」
「なんの話?」
どうやらリモネン系接着剤のことを知らないらしい。
しばらくして着替え終わった紗菜が声をかけてくる。
でも僕は瞬間記憶能力を持っている。
だから先ほどの着替えが脳裏に焼き付いてしまっている。
「ど、どうも」
「いつかの師匠やわ~」
紗菜は嬉しそうに僕の手をとる。
「ええと。はい」
以前に会っていたけど、先ほどから下着姿がちらつく。
「……用事はなに?」
美夏が小さく呟く。
「ええと。天野さんと話したいんだ」
「ならうちら、離れるわや~」
紗菜が気を利かせて離れていく。
石田さんの首根っこを捕まえて。
美夏はゆったりとした動きで去っていく。
「……それで、何かな? 万代くん」
「うん。あのね……」
好きです。
そういいたい。
言いたかった。
でも言葉として出てこない。
凍り付いた声帯が少しずつ震えていく。
この感覚は一人では分からなかったこと。
僕が一人じゃない証。
一人でいいと思っていたのに、いつの間にかみんなと一緒にいるのが楽しくなった。
そして今、僕は一人ではないと照明したくなった。
最高のパートナーを見つけた気分だ。
伊織も、令美も、ふった。
彼女たちの気持ちをないがしろにした。
それでも僕は天野さんを選んだ。
選んだ――正しくはないのかもしれない。
僕には誰かを選ぶ権利なんてないのかもしれない。
それでも決めなくちゃいけない。
一人しかダメなのだから。
一人を愛する方が最高に格好いいとも思う。
でも人生の歯車はうまくかみ合わなくて。
だから今、僕は彼女に告げる。
都合よく歯車がかみ合った彼女を。
僕は彼女に告白する。
愛の告白だ。
そしてこれで最後の告白にする。
過去はもう振り返らない。
プラモデルも、天野さんも諦めたりしない。
どっちも手放さない。
もう迷わないと決めたから。
これから先、どんな苦難が待っていようとも好きなものを好きと言い続けるために。
そのために努力する。
もう手放さない。
僕が僕の意思で選ぶ。
喩え社会人になろうとも。
喩え結婚しようとも。
喩え子どもができても。
それでも好きなものを好きって言いたい。
ここにいるみんながプラモデルを好きでいる。
好きになろうとしている。
僕たちはプラモデルでつながっている。
ガンプラだけじゃない。
戦艦、車、バイク、船、飛行機、戦闘機。
様々な形で応援をしている。
僕たちはまだモデラーだ。
辞められない。止められない。
だから言う。
この気持ちは本物の愛なのだから。
「僕、天野さんが……好きです」
ぶわっと目を潤ませる天野さん。
口を手で覆う。
「付き合ってください」
「……はい。喜んで」
天野さんはそう言うと、手を伸ばす。
僕はその手をとり、握手をする。
「よろしくお願いします」
天野さんは蕩けそうな笑みを浮かべる。
僕は安堵する。
やった。
ようやく一つの願いが叶った。
僕たちは恋人になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます