第29話

ただ、シャワーは別々に入るものだと思っていたからびっくりしたのだ。

今更隠すようなものはなにもないし、承諾した。


「あの女優の演技が本当に最高でさぁ」

脱衣所で服を脱ぎながらも大和がさっき見た映画の感想を伝えてくる。


だけど千明はそれどころじゃなかった。

狭い脱衣所の中、明るい電気で体は照らされている。


そんな中で服を脱ぐのが急に恥ずかしくなったのだ。

「どうかした?」

すでに上半身裸になった大和が首をかしげてくる。


「い、いいから、先に脱いで入って!」

千明は後ろを向いてそう言ったのだった。


☆☆☆


白濁した湯船に入ってしまえばもうほとんど羞恥は消えていた。

心地よいお湯に体を包み込まれて1日の疲労が溶けて消えていく。

それにしても、大の大人ふたりが入っても余裕で足が伸ばせる湯船の広さには、また驚かされた。


「こんないいマンションに一人暮らしって、もったいなくない?」

「それって、俺と一緒に暮らしたいって言ってる?」

ニヤリとして質問返しされたので、顔にお湯をかけてやった。


「でもまぁ、ゆくゆくは誰かと一緒に、とは思ってるよ」

大和の言葉に千明は自分で質問したものの恥ずかしくなって曖昧な返事しかできなかった。


ゆくゆくは誰かと。

その誰かとは、今の所自分でいいのかな?

なんて考えたりする。


そうしているうちにすっかり体は温まって少しのぼせてきてしまった。

「先に出るから、見ないでね」


「どうして」

大和がニヤついた笑みを浮かべている。


「どうしても!」

千明はまた大和の顔にお湯をかけたのだった。


☆☆☆


大和が用意してくれたのは白いTシャツと短パンだった。

シャツだけで千明の太ももまですっぽりと包み込まれてしまう。


短パンはウエスト部分が紐になっていてめいいっぱい絞ってみたけれど、さすがにゆるゆるだった。

その格好でソファに座っていると、すぐに大和が出てきた。

ブルーのパジャマ姿だ。


普段見ることのない姿を見ているだけで、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。

「髪を乾かさないとな」


脱衣所から持ってきたドライヤーを貸してくれるのかと思いきや、大和は千明の後ろに座ってドライヤーを握りしめた。

「じっとしてて」

そう言われてドライヤーの風が髪に当てられる。

大和の手が千明の髪の毛をワシャワシャとかき回す。


時折首筋にあたる指がくすぐったくて、千明は何度も身を捩って笑った。

「これじゃまるで私が子供みたい」

「似たようなもんだろ」


「なんですって!?」

お風呂の中と動揺にキャアキャアじゃれ合っている間に髪はすっかり乾いていた。


千明が手ぐしで髪を整えていると、大和がドライヤーを元の場所へ戻して戻ってきた。

「大和さんは? 髪は乾かさないの?」



「今の時間でほとんど乾いた」

少し癖のある自分の髪を指先でつついてそう答えた。


髪が短いと時短になって得だ。

そう思っていると大和が千明の隣に座って肩に手を回してきた。


大きくて熱いてが千明の肩を抱いてドキリとする。

だけどこうなるために、今日はここに来たんだ。


千明は照れて真っ赤になってしまいそうなのをどうにか我慢して大和を見つめた。

「このままベッドまで運んでも?」


耳元で聞かれて千明は頷く。

大和はヒョイッと千明の体を抱きかかえると寝室へと続くドアを開けたのだった。


☆☆☆


鳥のさえずりが聞こえてきて千明は目を覚ました。

一瞬頭に重たさを感じて、昨日久しぶりにワインを飲んだことを思い出した。

その次になにがあったのかも。


すべてを思い出してベッドの横を見ると大和が寝息を立てていた。

昨日の夜は前回のときに比べても遠慮がなかったというか、大和が言っていたような野性的な雰囲気があった。


だけどケガをするとか、傷つくなんてことはなくて、自分がとても大切に扱われていることを身にしみて理解できた時間だった。

大和の寝顔をじーっと見つめていると、長いまつげが揺れて目が開いた。


「なに見てんだよ」

寝顔を見られて恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった。


「まつ毛長いよね。いいなぁ」

千明は自分の微々たるまつ毛を思い出してため息をつく。

少ない上に短くて、メークするときに苦労するのだ。


「十分長いだろ」

大和が振り向いて千明の額に不意打ちキスをする。


千明が真っ赤になったのを見て大和は悪ガキのように声を上げて笑った。



それからふたりで朝食を作って仕事へ向かう準備をした。

着替えを持ってきていないから昨日と同じ服だけれど、仕方ない。


鋭い梨江が詰め寄ってくる姿が浮かんでくるようだった。

「保育士には戻らないのか?」

大和が運転する車の中で不意にそう質問されて千明は驚いた。


「え?」

「話を聞く限り、やっぱり保育士の仕事も向いてるんじゃないかと思って。それに頑張って資格も取ったんだろ? 使わなきゃもったいない」


そんなことはわかってる。

千明だってこれまでに何度か再雇用してもらえそうなところはないかと、探したりもしてきた。

だけどその度に親からのクレームを思い出してしまって、足踏みをしてしまうのだ。


「今の仕事でも、子供たちと関わることができるから」

それはそれで幸せな時間を過ごすことができている。

強がりでもなんでもない、本心からそう思っている。


子供と一緒にいられる仕事は、なにも保育士だけじゃないと気がついたのだ。

「それならいいんだけど」

それでも大和はどこか煮え切らない様子で、そう呟いたのだった。

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