第17話

☆☆☆


昨晩のうちに時間をかけて選んだ青色のワンピース。

それに白いバッグ。


ちょっと子供っぽすぎるかと思ったけれど、白いカーディガンを羽織るとちょうどよくなった。

そこに差し色のオレンジ色のニュールを履いたところで玄関チャイムが鳴った。


時刻は10時になる5分前だ。

大和なら少し前には来るだろうと思って早めに準備をしておいてよかった。


千明は返事をしながら玄関を開けた。

「やぁ、おはよう」


白いTシャツに深い青色のジーンズ。

胸元には嫌味にならない程度にネックレスが光っている。


そのラフで自然体な格好に頭がクラクラしてきてしまいそうだ。

「今日は特別に可愛いな」

大和が口元を抑えて顔を赤らめながら千明を下から上まで眺める。



千明は恥ずかしさにうつむいて「菊池さんだって、普段と雰囲気違う……」と、呟く。

今日はデートなのだからお互いに普段と違うのはわかっていたことだけれど、いざ相手を目の前にすると照れてしまう。


「じゃ、行こうか」

「はい」


大和に促されてふたりは車へと向かったのだった。



☆☆☆


遊園地までの道はスムーズに流れていた。

自分たちは休日だけれど、世間的には平日でみんな仕事へ行っているからだ。

「こういうときに平日の休みでラッキーだったなって思うよな」


運転しながら大和が呟く。

「そうですね。だけど遊園地とかだと休日しかやっていないイベントがあるんじゃないですか?」


「それもそうか。そういうのが見たいときには休日休みがいいけど、でも人手が多くてあまり見れなさそうだよなぁ」

休日休みと平日休みのどちらがいいかという話を続けているうちにあっという間に遊園地の駐車場に到着していた。


もう11時近くになっているけれど、駐車場は半分ほどしか埋まっていない。

ふたりして入園すると遊園地の有名キャラクターたちが駆け寄ってきてくれた。


「わぁ、可愛い!」

クマのウサギの2体の着ぐるみがふたりの周りをぴょんぴょん跳ねて歓迎してくれる。

ウサギの手にはピンク色の風船が持たれていて、千明に差し出してきた。


「私にくれるの? ありがとう」

笑顔で風船を受け取ると、着ぐるみたちは手を振りながらどこかへ行ってしまった。


「風船くれたぞ。こういうのって子供にしかしないのかと思ってた」

「普段はそうなのかもしれないですね。でも今日はお客さんが少ないから特別なのかも」


千明は空の上でゆらゆら揺れている風船を見つめてそう答えたのだった。


☆☆☆


どのアトラクションも待ち時間10分以内に入ることができて、ふたりは存分に遊園地を楽しんでいた。

「あぁ、さすがに疲れますね」

園内になるレストランで軽食をとっているとき、千明がそう呟いた。


「まだ半分も乗ってないのに?」

大和がジンジャーエールを飲みながら訊ねる。


「遊園地自体が伊佐市ぶりだからです。子供の頃以来来てませんから」

目の前のパンケーキを突きながら説明すると、大和が以外そうな表情を見せた。


「友達や彼氏とは来なかったのか?」

「友達はインドア派の子が多かったんです。彼氏は……聞かないでください」

顔をしかめる千明に大和はまばたきを繰り返す。


「恋愛経験浅いんです。高校卒業以来、彼氏がいません」

ジッと見つめられるので仕方なく白状すると、大和が目を大きく見開いた。

「本当に?」


「こんなときに嘘ついてどうするんですか」

「でも、それじゃああのキスは……」

そう言われて思い出し、顔がカッと熱くなるのを感じる。


千明はすぐにうつむいてパンケーキを見つめた。

「け、経験がなかったわけじゃないです」



「そ、そうか」

なんとなくぎこちなくなってふたりしてうつむいてしまった。


キスされたことに関して強がって子供じゃないなんて言ったけれど、ほとんど恋愛経験がないことがバレてしまった。

それが恥ずかしくてなかなか顔を上げることができない。


「あ、あのこれ」

会話の間を持たせるように大和が取り出したのは長方形のプレゼントの箱だった。


「え?」

「一応、付き合いはじめ記念ってことで」


差し出されたプレゼントを反射的に受け取ってから「でも、こんなの悪いです」と、顔を上げる。

大和の顔も耳まで赤く染まっているのがわかった。


「こんな俺のことを受け入れてくれた人は初めてなんだ。だから、受け取ってほしい」

このプレゼントには大和の気持ちが沢山詰まっている。


そう感じた千明は頷いてプレゼントのリボンに指をかけた。

するするとリボンを外して箱を開けてみると、銀色のネックレスが見えた。

胸元にはハートのダイヤがついてる。



「綺麗!」

「つけてやる」

大和がネックレスを手にして立ち上がり、千明の後方へと回り込んだ。

そのまま両手を首元に回してネックレスを付けてくれる。


こんなに近くに大和の体温を感じることなんてないから、千明の心臓はドキドキした。

「やっぱり、よく似合う」

席に戻った大和が満足そうに頷いている。


「あ……りがとうござます」

こういう風に異性からなにかをプレゼントしてもらった経験もほとんどない千明は、つい早口になってしまう。

「そろそろその敬語やめない?」


「え?」

突然の申し出に戸惑いの表情を浮かべる千明。

「だって俺たち付き合ってるんだし、敬語はちょっとなぁって思ってたんだ」


「で、でも。上司と部下ですし」

「恋人にはそんなの関係ないだろ?」

それはそうだろう。


だけどいきなり変更させるのはやっぱり難しい。

なによりも恥ずかしくて顔もろくに見れなくなってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る