第18話

モゴモゴと口ごもってしまって千明に対して「わかった、それならせめて名字で呼ぶのをやめないか?」と、大和が提案した。

敬語をやめて欲しいと言われたときから、呼び方に関しても指摘を受けることは気がついていた。


梨江たちも言っていたことだ。

「し、下の名前で呼ぶんですか?」

「できればそうしてほしい。俺も今日から千明って呼ぶよ」


そう言いながら大和も照れている。

やっぱり、呼び方を変えるというのは以外とハードルが高くて、恥ずかしいものなんだ。


「じゃ、じゃあ、大和……さん」

「本当は『さん』もいらないんだけど、今日のところはそれでいいかな」


大和が嬉しそうに笑っているので、千明はホッとして同じように微笑んだ。

千明はくすぐったい気持ちを感じながら胸元のネックレスを指で弄んだのだった。


☆☆☆


遊園地内のアトラクションをあらかた乗り終えた時、周りは夕暮れに包み込まれていた。

園内はオレンジ色に輝き、それを観覧車に乗ったふたりは見下ろしている。

「もう少し遅い時間だとイルミネーションが綺麗なんだけどな」


まだその時間には早い。

「そうですね。だけど夕焼けもすごく綺麗」

太陽が山間に沈んでいく景色はとても移しくて幻想的だ。


オレンジ色の光を周辺へ投げかけながらも、自分は姿を消していく。

その様子がなんとなく儚く感じられた。

「今日は楽しかった?」


「はい、とても」

朝、ウサギの着ぐるみにもらった風船はもうしぼみかけているけれど、千明の胸は膨らんでいた。

こんなに楽しい休日は久しぶりのことだった。


「今日はもう少し俺に付き合ってくれる?」

まだなにかあるんだろうか。

1日遊んで、プレゼントまでもらって、もう大満足の千明が首をかしげる。


「もちろん、付き合います」

千明はそう言ってゴンドラから夕日を見つめたのだった。


遊園地を出た後つれてこられたのは近くのホテルのレストランだった。

まさか今日ホテルのレストランに来るとは思っていなかったので少し慌てたけれど、服装はラフなもので大丈夫そうなので安心した。


窓際の席に案内されて座ると、大和が適当に注文を済ませてくれた。

「夕飯をこんなところで食べるなんて聞いてませんでした」

千明が少し恨めしそうな視線を送ると大和が頭をかいた。


「悪い。でもここはカジュアルな服でも大丈夫な場所だから安心して。それにほら、夜景が綺麗だろ?」

言われて窓の外を見ると、確かに今は夜景がキレイな時間帯になっている。


12階から見下ろす街は建物がどれも小さくて、可愛らしい宝石みたいに光っている。

道を走る車はネックレスみたい。

そう思って自然と首元のチェーンを触る。


「実は今日、部屋も取ってある」

食事が進んだところで不意にそう言われて千明は危うくフォークを落としてしまいそうになった。


「え?」

「深い意味はないんだ。ただ……俺は普通じゃないから、見ておいてほしいと思って」


普通じゃない。

きっと狼の血が混ざっていることを言っているんだ。


千明はゴクリとツバを飲み込んだ。

深い意味はないと言っても、部屋を取ってあるということは今日はここに一泊するということだ。


これで動揺しない方がおかしい。

千明は視線を泳がせて窓の外へやった。

「もちろん無理にとは言わないし、なにもするつもりはないんだ」


大和は早口に説明している。

恋人になるということは自然と体の関係になることも含まれている。

もちろん、そうじゃないカップルもいると思うけれど、少なくとも千明にはその覚悟があった。


けれど、まさかこんなに早く……。

「やっぱり、嫌か?」

そう質問されて大和へ視線を戻す。


大和はまた泣き出してしまいそうな顔をしている。

そんな、捨てられた子犬のような顔をされるとほっておくことができなくなってしまう。

ずるい。



と、千明は思う。

大和は自分の可愛さを理解してこんな顔をしているんじゃないかと、勘ぐってしまう。


「……嫌じゃないです」

千明は小さな声でそう答えたのだった。


☆☆☆


大和が取ってくれた部屋は最上階のウイートルームだった。

入った瞬間に広がる広い部屋に頭がクラクラしてしまう。

「すごい部屋ですね」


泊まったことのないような高級感のある部屋に戸惑って、足が止まってしまう。

そんな千明を追い越して大和は大きなソファに腰をおろした。

さすがに今日1日遊んで疲れたようで、背もたれを存分に使っている。


ソファの前にある大きめのテーブルにはウエルカムフルーツが籠に入れられていた。

「高かったんじゃないですか?」

千明は大和の隣に座って聞く。


食事が終わる頃には少しはリラックスしていたのに、この部屋を見てまた緊張してきてしまった。

「値段のことなんて気にしなくていい」

大和が笑う。


観光地の幹部クラスがどれくらいの給料をもらっているのかわからないけれど、千明が思っている何倍ももらっているのかもしれない。

それにしては飾った様子のない大和には好印象を抱く。


「今日は満月じゃない。だけど俺の本当の姿をちゃんと見て欲しいと思ってる」

居住まいを正してソファに浅く腰をかけ直す。

「はい」

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