第16話
「昨日、あれからなにがったのか教えなさいよ」
と、梨江に問い詰められてしまった。
千明は念の為に大和に確認のメッセージを送った。
《付き合っていること、ふたりにも説明していいですか?》
そのメッセージを送った5分後には、大和も3人に合流していた。
「……と、いうことで付き合うことになったんだ」
ゴホンと咳払いをして大和が言う。
自分が狼男である部分を覗いて、ふたりの関係を簡単に説明したところだった。
梨江は目を輝かせて胸の前で両手をくんだ。
「なんですかそれ! 満月の夜の告白ってロマンチックすぎじゃないですかぁ!」
「ほんっと。俺ふたりがどうなることか心配したんですからねぇ!」
晋也はなぜか泣きそうな顔になって祝福してくれている。
千明と大和は照れて耳まで真っ赤だ。
「ふたりとも奥手そうだから、いざとなれば私が体を張ってくっつけようと思ってたくらいよ!」
梨江が千明の肩をバンバン叩く。
このまま大和との関係が平行線だったとき、梨江は一体なにをするつもりだったのだとう考えて怖くなった。
勇気を出して2度めの告白をしてよかったと心底思う。
「でも、仕事はこれまで通りだからな。贔屓とかしないからな」
仕切り直すように大和が言って休憩時間は終わったのだった。
☆☆☆
大和が言っていたとおり仕事に関しては今までとなにも変化はなかった。
ただときどき視線がぶつかって互いに照れ笑いを浮かべたり、休憩時間になるとこっそりふたりで会話したり。
そのどれもがくすぐったくて幸せで、千明は自分がどんどん大和に惹かれていっていることに気がついた。
「で? いつまで菊池さんって呼んでるの?」
朝の体験教室が終わって午後の準備に取り掛かったとき、不意に梨江が聞いてきた。
「え?」
千明は冷蔵庫か牛乳を取り出した格好で止まってしまう。
「だって、仕事場だけじゃなくてずっと菊池さんって呼んでるんでしょう? 彼氏なのに」
『彼氏』という単語に敏感に反応して危うく牛乳を落としてしまいそうになる。
「そ、それは私の自由でしょ」
牛乳をしっかり握りしめてカップに移しながら言う。
「そりゃそうだけどさぁ。なんかやっぱりじれったいんだよねぇふたりって」
「わかる! 中学生かよ! みたいな恋愛してない?」
梨江の言葉に賛成の声を上げたのは晋也だった。
「中学生だって最近はもっと進んでるよ」
「そうだったかぁ!」
ふたりして千明の恋愛に物申したいことがあるみたいだ。
それを無視して仕事を続けていると大和が準備室に入ってきた。
テーブルの上に置かれている材料をいちいち点検しに来たみたいだ。
「そんなに心配しなくても賞味期限が切れたりしてないですよ?」
晋也に言われて大和は頭をかく。
「わかってるんだけど、一応目視で確認しておいたほうがいいと思って」
1度クレームが入ってからかなり慎重になっている様子だ。
そのクレームだって結局は子供が嘘をついたことが原因だったのに、丁寧すぎるほど丁寧に仕事をしている。
「うん。大丈夫そうかな」
一通り目視で材料を確認してホッと息を吐き出す。
どうやら特に問題ないと判断したみたいだ。
「じゃ、後はよろしくね」
大和が千明の肩をポンッと叩いて部屋を出ていく。
その瞬間を梨江が見逃すはずがない。
目元をピクリと動かしてニヤついた笑みを浮かべたのだった。
☆☆☆
大和と付き合うことができたのは同僚のふたりのお陰だといってもいい。
きっと、千明ひとりでは告白する前から諦めていたと思う。
だけど好奇心むき出しの目を向けられながらやる仕事はやりづらかった。
《今日は疲れてたみたいだけど、平気だった?》
大和からそんなメッセージが来たのはアパートに戻ってきてからのことだった。
目に見えて疲弊していたみたいだ。
《大丈夫です。ちょっと疲れただけだし、明日は休みなので》
そう返事をしてから自分が敬語を使っていることを思い出した。
1年以上上司と部下という関係を続けてきたので、今更呼び捨てにしたり敬語を直したりするのは難しい。
体に染み付いてしまっている。
着替えをしていると更にメッセージが届いていた。
《明日だけど、時間ある?》
その文章に一瞬心臓がドクンッと高鳴る。
なんだか妙な期待をしてしまっている自分に気がついて苦笑を漏らした。
《はい、ありますよ》
《遊園地のチケットがあるんだけど、行かない?》
嬉しさを押し込めておくことができなくて、自然と顔がにやけてしまう。
遊園地デートを断る理由なんて少しもない。
千明はすぐに誘いを受け入れた。
《よかった。それじゃ、明日朝10時に迎えに行く》
《はい、待っています》
メッセージを送り、スマホをテーブルの上に置いてそのままクッションを抱きしめた。
「いやったぁ!」
明日はデートだ。
一体何年ぶりのデートだろう?
どうしろう、なにを着ていこう?
心がワクワクして落ち着かない。
千明は鼻歌を歌いながらクローゼットへと向かったのだった。
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