狼上司と秘密の関係

西羽咲 花月

第1話

10月の真っ青な空の下、子供たちの嬌声が聞こえてくる。



「はい、じゃあ十分に玉を転がすことができたかなぁ?」



大塚千明の言葉に小学生の子供たちが一斉に「できたぁ!」と、声を上げる。

千明はその光景に自分の頬が自然とほころぶのを感じた。


ここは勝町イキイキ公園。

無料で入場できるあめ公園と名付けられているけれど、いわゆる観光施設だった。

公園内では動物とのふれあい体験ができたり、レストランもある。


千明はここの従業員の1人で、入社2年目だった。



「みんな玉を持って施設内に戻りましょう」


「はぁい!」



赤や青や黄色の玉を持った子どもたちが親に連れられて体験施設の教室内へと戻っていく。

今やっているのはアイスクリーム作り体験だった。

玉の中にはアイスクリームに必要な材料が入れられていて、坂になっている芝生で転がすことで固まるようにできている。



「先生! どうして玉は冷たいんですか?」



玉は中央からパカリと割れるようになっていて、中は2層構造になっている。

内側の空間にアイスの材料を入れて、外側の空間にアイスを冷やし、固める材料を入れる。



主に、氷と塩だ。

それを転がすことで材料は混ざり合い、冷えて固まってくれるのだ。

だけど小学生低学年の子にそれを説明するのは難しい。


千明はアイスができあがるまでの工程を印刷した紙をみんなに配った。

今日の参加者は県内から来た地区の子供会メンバーだ。


親たちが大きなスプーンで玉の中のアイスをすくって、コーンに乗せて子どもたちに食べさせ始めている。

千明はそれを微笑ましい気持ちで見ていた。


そして思う。

いつかは自分も子供をつれてこんな風に遊びき来たいと。

千明は元々子供好きで、保育士の免許を持っている。


けれど保育士としての仕事は肌に合わず、1年足らずでやめてしまった。

せっかく子供たちを見て癒やされていたのに嫌なことを思い出してしまいそうになり、頭をふる。

気を取り直して流し台へ視線を向けると、同僚の2人がせっせと洗い物をしてくれていた。


千明も慌ててそれに加わる。



「ごめん、ぼーっとしてた」



隣で大きなボールを洗っている小林梨江に声をかけて流し台へ向かう。

学校の理科室にあるような、長くて大きなシンクだ。


ここならどれだけ大きな洗い物ができたって平気で洗うことができる。

小柄な子供ならすっぽりはまってお風呂になってしまうだろう。



「そんなに慌てて手伝わなくても大丈夫だよ」



梨江が苦笑を漏らして言った。



千明が子供好きなことを知っているから、気をきかせてくれているのだろう。

梨江は千明よりも3歳年上で今年30歳になる。


まだまだ若々しくて、今日みたいに子供のお客様が多い時には1人で駆け回っている。

梨江の右隣にいるのは石川晋也。


梨江よりも5つ年上の35歳だ。

スラリと手足が長い長身で、高い場所にあるものを取ってもらうときには必ず晋也に声をかけている。


あまり表情を表に出さないから何を考えているのかわからないのだけれど、梨江はミステリアスなところがかっこいいと言っている。

子供会が体験を終えて施設を後にしたのがちょうどお昼時だった。


一旦体験施設を閉めて同じ建物内にある休憩室兼、事務所へ向かう。



「お疲れ~」



一足先に休憩室にいた上司が気さくに声をかけてくる。

菊池大和、30歳だ。


大和はパソコンへ向かってなにか作業をしていたようで、千明たちが入ってくると両手を伸ばして大きくアクビをした。



「ダメだなパソコン画面見てたらどうしても眠くなる」



アクビのせいで目に涙が浮かんでいる。



それを見た千明は可愛いなと感じた。

上司だし、3歳も年上だけれど気さくな性格をしているせいか大和と一緒にいても緊張することがない。


それでもこの体験施設の責任者であり、公園内では幹部クラスに当たる。

ただの平社員の千明とは立場が大きく異なった。



「なにをしてたんですか?」



コンビニのお弁当を取り出しながら晋也が聞いた。



「来月のシフト作り」


「そういうの、最近ではアプリでやるもんじゃないんですか?」



そう言ったのは梨江だ。

梨江はダイエットとかでお昼は栄養ドリンクやサプリメントだけを摂取している。



「そうなんだけど、ほら、うちはそういうの許可とるのが難しいから」



大和が指先で眉間をもみほぐしながら愚痴る。

幹部クラスよりも更に上の人たちが昔のやり方を押し通しているところがあると聞いたことがある。



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