第11話

すでになにかに感づいているのか、その表情は暗かった。

だけど千明は途中でやめることはしなかった。

覚悟を決めてここまで来たのに、途中でやめればもう二度と告白なんてできない。

そんな気がしていた。


「私……私、やっぱり菊池さんのことが好きです!」

夜の中に溶け込んでいく声。

その声は近くにいる大和には聞こえてきた。


鼓膜を震わせる心もとない、弱い声。

だけど決意を感じさせる声でもあった。

千明はギュゥと目を閉じて次に訪れる恐怖や痛みを受け止めようとしている。


その姿が儚くてか弱くて、思わず両手で抱きしめてしまいたくなった。

だけど大和はギュッと両手を拳にしてそれを耐える。

「きっと、やめておいた方がいい」


その言葉に千明はそっと目を開けた。

月明かりの下で、今にも泣き出してしまいそうな大和の顔が見えた。

その表情を見た瞬間「え?」と、声を漏らす。


どうしてあなたがそんなに泣きそうな顔をしているの?

だって今日振られる覚悟をしてきたのは私の方なのに。



混乱して言葉が出てこなくなる。

黙り込んで静かな空間がふたりに降り注いできた。

なにか言わなきゃ。


そう思うのに、焦れば焦るほどなにを言えばいいのかわからなくなった。

『やめておいた方がいい』

それってどういうこと?


それが告白の答え?

聞きたいのに、喉に詰まったみたいに出てこない言葉たち。

途端に周囲が暗くなったように感じられて空を見上げると、薄雲が月と星と覆い隠していくところだった。


「本当に足元が悪くなる。早く行こう」

大和は千明を促すと、もうなにも話さずに歩き出したのだった。


☆☆☆


アパートに戻ってきてからも千明は呆然と椅子に座り込んでしまった。

勇気を出して告白したものの、その返事はなんとも言えないものだった。

いや、『やめておいた方がいい』ということは、遠回しに振られたことになるのかもしれない。


千明は下唇を噛み締めた。

「それならそうと、わかりやすく言ってよ」

ごまかされた気持ちになって悔しさが湧き出てくる。


あれじゃまるで千明のために交際を断ったと言わんばかりだ。

「そんなのずるいよ……!」

ジワリと熱いものが目の奥に広がっていく。


それを止めることができなくて、すぐに涙として頬を流れてきた。

千明はテーブルに突っ伏して声を殺して泣き始めたのだった。



翌日の仕事はさすがに休むことになった。

梨江や晋也に伝えると《よく頑張ったね》とだけ返事が来た。

鏡の前で自分の顔を見てみるとまぶたが腫れてひどい有様だ。


なんだか一気に10歳くらい老けた印象を受ける。

「失恋ってこんなに老けるイベントなんだっけ」

そう呟いて自虐的な笑みを浮かべる。


久しぶりのキス、久しぶりに片思い、久しぶりの告白、久しぶりの失恋。

この一月ほどでこれだけのことを経験したのだから、多少老けても仕方ないことかと思い直した。


後はパーっと遊んで愚痴って忘れるだけだ。

独り身の梨江と晋也なら、朝まで付き合ってくれるだろう。


顔を洗って少しサッパリしてからリビングへ戻ると、お腹がグーっと音を鳴らした。

そういえば昨日の昼からなにも食べていない。

スマホで時間を確認するとすでに11時が過ぎている。


いくら失恋して食欲がないと言っても、さすがにお腹が空いている。

なにか作ろうかと立ち上がりかけたけれど、すぐにまた同じ場所に座った。

今日くらいは自炊せずに自分をとことん甘やかしてもいいんじゃないか?



そう思って近くのピザ屋さんの電話番号を表示した。

ピザなんて、年末に友人と一緒に注文して食べた時以来だ。

Mサイズのシーフードピザ500ミリのコーラを注文してスマホを置いた。


届くのは丁度12時くらいになるそうだ。

その間好きな韓国ドラマをかけてダラダラと過ごすことにする。

パジャマのまま床に寝転んでお菓子をつまみながらドラマを見る。


とても人には見せられない姿だ。

だけど今日だけは特別。

なにせ私は傷心なんだから、この時間は誰にも邪魔させない。


ドラマの中で部下と上司がデートしている場面を見ていたとき、ピザが届いた。

チーズのいい香りが食欲を刺激する。

《晋也:ちゃんと食べてるかー?》


今は昼休憩の時間だから、そんなメッセージが入っていた。

千明はピザの写真だけを送信しておいた。

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