第34話

ふと疑問を感じてそう質問した。

大和がどうしてこの仕事についたのか、そういう話は今までしてこなかったことに気がついたのだ。


大和は椅子をクルリと一回転させて、懐かしそうに目を細めた。

「この公園はどのくらい昔からあると思う?」


「さぁ……。でも私が子供の頃にはもうあったから、30年とかかな?」

記憶をたどってみると、何度かここで遊んだ経験があることを思い出す。


その頃とは施設の内容とか、経営者は変わっていそうだけれど、芝生や公園内の建物が変わったようには感じられない。

「今年で50周年なんだよ」


「そんなに?」

思いの他長くこの観光地があることに驚く。


「最初は市が経営してたんだけど、その後今の社長が経営者になったんだ。それまではのんびりした雰囲気の公園だったけれど、一変して色々な施設が増えた。その頃にこのアイスクリーム体験の施設もできたんだ」


「そうだったんだ」

確かに、市から個人の経営になったのな、そこから力を入れていそうだった。

この公園内では動物と触れ合ったり、乗馬したりという体験もできる。



そういうちょっとしたお金を取る遊びについては、今の社長になってから加わった事業だそうだ。

これだけ遊べても入園料だけは無料を貫いているので、お客さんたちも立ち寄りやすいんだろう。


「それで、俺の話しに戻るけど」

大和が目を細める。


「子供の頃、ここにはあ宿泊施設もあったんだ。覚えてる?」

千明は頷いた。

確か、公園の中央あたりに三棟ほどのロッジがある。


そこは今お土産物屋とか軽食を取るための喫茶店になっているけれど、千明が子供の頃は泊まれるようになっていた。

「夏休み中、そこに泊まったことがあるんだ。すごく楽しかったのを覚えてる」


「それが、ここで働くキッカケ?」

「そうだな。楽しかったってことが1番だけど、それだけじゃない。その時隣のロッジに宿泊していた家族の子供と俺は、ちょっとしたことで喧嘩になったんだ」


「喧嘩に?」

そう聞くと大和はくすくすと笑った。

当時を思い出しておかしくなったんだろう。



「そう。同い年くらいの男の子だったからすぐに意気投合して一緒に遊ぶようになった。だけど、夜になって花火をしようってことになったとき、どっちがどの花火をしたかで、言い合いになったんだ」


子供のことだから、相手よりも自分の方がいい花火を持ちたい。

沢山遊びたいと思うのは当然のことだった。


だけどその喧嘩は徐々にヒートアップしてきて、気がつけば大和は牙を向いていた。

「熱くなると頭の中が真っ白になって、なにもわからなくなった。子供だったから、自分の力を制御できなかったんだ」


「それで、どうなったの?」

ゴクリと唾を飲み込んで先を促す。


子供時代の大和が狼の姿になったところを想像して、緊張感が走った。


「あのときは丁度互いの両親が近くにいなくて、一緒にいてくれたのはここの職員さんだった。喧嘩を始めた俺たちを見て止めに入ってくれたのも、その男性職員さんだった。でも、勢いがついて自分を止められなくなってた俺は、その手に噛み付いたんだ」


その瞬間、大和は顔をしかめた。



「それって……」

千明もそれだけ言って言葉につまってしまった。


人間じゃない、狼の牙で噛み付けばどうなるか、想像しなくてもわかる。

「幸い、ケガは大したことなかった。だけど血は出てたんだ。それで、驚いた顔をしてた」


大和がゆるゆるとため息を吐き出す。

千明は気が付かない間に自分の体を自分の両手で抱きしめていた。


「大変なことをしてしまったと思ったよ。狼として人間に噛み付いたんだから。相手の男の子も怯えてた。だけど職員さんは平気な顔をして笑ってくれたんだ。大丈夫だからねって、俺の頭をなでてくれた」


親たちはその後に戻ってきたそうだ。

子供の分まで飲み物を調達していたそうで、その間の出来事だったそうだ。


「親たちが戻ってきたらきっと怒られる。そう思ったんだけど、職員さんはなにも言わずに自分の仕事に戻っていったんだ。だから、俺が咎められることはなかった」


「そんなことがあったんだ」

「あぁ。それからずっと、俺はいつかここで仕事をするんだって思ってた。千明と同じで夢を叶えたんだ」


その言葉に胸がチクリと傷んだ。

大和は口先だけではなく、夢を叶える大変さをちゃんと理解した上で、千明に話かけてくれていたのだ。

それなのに、自分は自分の夢に対して全力で向き合っては来なかったかもしれない。



反省する気持ちが湧いてくる。

「子供の頃の大切な思い出は、大人になってからも忘れない。そうだろ?」


「そう……だと思う」

千明が保育士になりたいと思ったのは、単純に子供が好きだったからだ。


だけどそれ以前に自分が保育園に通っていた頃、楽しい思い出ばかりがあったからかもしれない。

毎日大好きな先生と遊んでもらえた記憶が溢れ出してくる。


「私、子供のことが好き。だけどきっと保育士の先生のことも大好きだったんだと思う」

今まで忘れていた記憶。


幼い頃はしゃいでいた自分の姿を今鮮明に思い出すことができる。

園庭の遊具で友達と遊んだこと。


走ってこければ、先生がすぐに駆けつけてくれたこと。

大好きなキャラクターの絆創膏を張ってくれたこと。

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