第24話
ただの炭酸飲料だけれど、1日の疲れが一気に吹き飛んでいくようだった。
しゅわしゅわとした炭酸ののどごしがたまらない。
「こんなところ大和さんには見せられない」
おつまみのするめを噛みながら苦笑いする。
テレビ画面ではさっそくホラー映画が流れ出していた。
「菊池さんは泊まりにこないの?」
部屋の中を見回して梨江が聞く。
この部屋に大和の痕跡はひとつもない。
「うん。来たことないかな」
「そっか。あ、これは?」
梨江が狼図鑑に目を付けて手元に手繰り寄せる。
「それは狼図鑑」
「見ればわかるよ。なんで狼?」
「ちょっと、興味があって」
分厚い表紙をパラパラとめくって「ふぅん」と興味なさそうに呟く。
「それで、今日はなにか話したいことがあったんじゃないの?」
何気なくテレビに視線をやりながら質問する。
画面の中では女の子が幽霊を目撃したところだった。
キャアキャアと耳障りな悲鳴が聞こえてくる。
「まぁ、ね」
梨江にしては煮え切らない返事だ。
見ると梨江はスルメを唇に挟んだ状態で図鑑を見つめている。
「狼、興味あるの?」
「いや、別にないよ」
そう言ってパタンと図鑑を閉じてしまった。
興味があれば狼について話しができると思っていたので、ちょっとだけ残念だ。
ここ数日はずっと同じ図鑑ばかり読んでいるから少しずつ狼についての知識もついてきていた。
それが役立つかどうかは、わからないけれど。
「恋って難しいよね」
突然始まった色恋沙汰の話題に千明は思わず吹き出してしまいそうになった。
残酷なホラー映画を見ながらする話題じゃない気もするけれど、今は黙っておくことにした。
「急になに? やっぱり恋してるとか?」
冗談半分で質問すると、梨江は真顔で頷いた。
「え、本当に恋してるの?」
驚いて聞き返す。
「してるよ。今日はそれを話しにきたの」
「そうだったんだ」
梨江のことだから好きな人ができた時点で周りに言いふらしてしまいそうなのに、全然気が付かなかった。
それだけ慎重に隠していたということかもしれない。
千明はノンアルコールを一口飲んで千明へ向き直る。
「相手って誰? 私の知ってる人?」
「うん」
「もしかして……」
職場でしか関係を築いてきていなかったから、すぐに当てはまる人物が脳裏に浮かんでくる。
いつもおちゃらけた様子の晋也だ。
「その、もしかしてだよぉ」
梨江は苦しげな声でうめいてクッションに顔をうずめた。
「で、でも晋也とは一緒に映画見たりしてるんだよね? 仲いいじゃん」
「だから問題なんだよぅ」
梨江はクッションから顔をあげず、くぐもった声で反論してきた。
なにが問題なのかわからなくて首をかしげる。
「最初は距離が縮まって嬉しかったけどさぁ、今では完全にただの友達って感じ!」
そう言われてハッとする。
確かに梨江と晋也の間にあるのは甘い男女の関係からはかけ離れた空気だ。
その上一緒に映画を見ても特別なにも起こらないままきているということは、恋愛に発展する可能性は極めて低そうだ。
「私達さぁ。もう少し積極的になってもいいのかもね」
梨江が気を取り直すように顔を上げて呟く。
「積極的?」
「そうだよ。菊池さんとの関係は順調かもしれないけど、少なくても私は告白もできてない。こんなんじゃダメだよね!?」
徐々に声が大きくなっていく梨江に思わず頷いた。
行動しなければなにも変わらないのは、確かなことだった。
「よし、私頑張る!」
なにかが吹っ切れた様子で勢いよく立ち上がる梨江。
話を聞いてもらっただけで、前向きになれたのかもしれない。
「うん。頑張って!」
千明もつられて立ち上がる。
梨江と晋也が付き合い始めたらきっと職場はにぎやかになる。
ふたりが並んで歩いているところを想像すると、とてもお似合いだと思えた。
「話聞いてくれてありがとう。じゃ、私帰るね」
「え、帰るの?」
質問している間に大股で玄関へ向かう梨江。
千明はその後を慌てて追いかけた。
吹っ切れたのならいいけれど、随分と極端だなぁと苦笑いを浮かべる。
「じゃ、また明日!」
「うん。またね」
玄関のドアが閉められた瞬間、リビングから女性の悲鳴が聞こえてきた。
ホラー映画のブルーレイ、返すの忘れてた!
内容は全然頭に入ってきていないし、そもそも恐いのは苦手だ。
キャアキャア叫び声が聞こえるリビングに一人で戻っていくのも恐ろしい。
「梨江! ちょっと待って!」
千明はサンダルをつっかけて逃げるようにして梨江を追いかけたのだった。
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